三十六 黒魔法使いの本性見たぜ
さて。
どうやらベリンダの看破したとおり、このスコットが黒魔術に精通し、ベリンダに対して害を成そうとしたということは事実であるようだ。
とはいえ、謎は残る。
そしてその疑問は、ベリンダの代わりにドウェインが口にしてくれた。
「だ、だとしてよ……! 殿下が黒魔法を使えたってぇーのは認めるにしても、それがどうして、嬢ちゃんに危害を加えるだとか、そんな話になってんだ……!?」
そう。
それはベリンダとしても、不思議なところではあったのだ。
ヤンスから聞いていたゲームの話では、黒魔法を操る悪役の立場にいるのは、ローザリヤのはずである。
そしてローザリヤが黒魔法で害を成す攻撃を仕掛ける相手も、ベリンダではなくアリソンへのものであったはずだ。
なのに、いざふたを開けてみれば、なぜかスコットがベリンダに黒魔法を使っている。
これは、一体どういうことだ?
思案するベリンダをよそに、語気を荒げたドウェインはスコットに食ってかかる。
「まさか、コイツの態度が不敬だからってことですかい!? だとしたら確かにコイツが悪いけど!」
「おいドウェイン! オレを庇ってくれるのかくれねーのか、どっちの立場なんだお前は!?」
「うるせえ! 嬢ちゃんがあまりにも無礼なのは、事実だろが! け、けど、何も黒魔法なんて危なっかしいモンまで使わんでもいいじゃねーですか!」
ドウェインは必死に訴えかけるが、しかしスコットの表情は依然として涼やかなままである。
そこに図星を指摘されたような気まずさは、感じられない。
とすると、スコットの目的は、ベリンダを黒魔法で害すること、そのものではない……?
だとしたら、なぜスコットは、黒馬法だなんて“危なっかしいモン”を引っ張り出してきてまで、ベリンダに攻撃を……。
「……もしかして」
ふと閃きを得たベリンダの喉の奥から、ひゅうっと乾いた吐息が漏れる。
彼女の脳裏には、それほどまでに不気味な推測が浮かび上がっていたからだ。
ベリンダは頭の中にぽっと浮かび上がったものを、丁寧に手繰り寄せるように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「黒魔法ってえのは、ドウェインの言ったとおり、危なっかしいモンに違いねえ。なにせその術の内容は、基本的に人間に危害を加えることを目的とした術式ばかり。使うのはもちろん、研究をするだけでも重罪とされる禁忌の術だってんだろ?」
その危なっかしい黒魔法を、ローザリヤが行使している。
ゲームをプレイしていたヤンスの記憶、そしてこの世界でのスコットの立ち回りから、ベリンダはそう誤認していた。
ではローザリヤが黒魔法を使っている、という情報は、この世界の人々にどういった影響を及ぼすことになるのだろうか?
……そもそもこの世界の基になっているのであろうゲーム、『愛は魔法の奇跡』では、攻略対象となる男子を巡った恋の鞘当ての結果、ローザリヤとアリソンが対立することになっていたはずである。
その敵役であるところのローザリヤが、物語のラストで処刑というかたちで退場することとなる最大の理由こそ、彼女が“黒魔法を使っていたから”だった。
それさえ無ければ、いくら悪役令嬢とはいえ、そこまでのかたちで失脚することなどあり得なかったであろう。
だが、もしも。
その、悪役令嬢のローザリヤが黒魔法の行使によって失脚するという出来事が、実は逆の発想から生まれたものだとしたら。
ローザリヤを、処刑というかたちで表舞台から追いやりたいと考えた場合。
彼女に黒魔法行使の疑いを被せた上で、それを堂々と暴き立てれば、そのようになるということではないだろうか。
つまり。スコットが黒魔法を使った、その真の目的は。
「黒魔法を用いた悪意ある攻撃を、ローザリヤ嬢がオレに仕掛けているように見せかけて。それによって、黒魔法行使の罪を被せたローザリヤ嬢を失墜させようと、してたんじゃあねえのか……?」
「はああ? ローザリヤってえのは、殿下の婚約者なんだろ!? なのに、なんでその殿下が、よりによってそんなこと……」
と、ドウェインは否定するように眉間に皺を寄せたが。
「フ」
スコットの艶やかな唇から、吐息が漏れる音が聞こえた。
「フフフ……ハハハハハ……キミはまったく。底知れない女の子だなあ」
心から楽しそうに笑うスコット。
唖然とするドウェインをよそに、目尻に涙すら浮かべながら笑い続けている。
やがて彼は、にたりと唇を弓なりに歪ませながら、ベリンダに向かって言った。
「俺はまだキミ相手には今朝の一度しか黒魔法を使っていないというのに、まさかそのたった一度のことで、オレの目論見を看破してしまうとはね。その洞察力、実に恐ろしい」
「ど、どういうことなんだよ嬢ちゃん!? 俺にはまったく、わけがわかんねえぞ!?」
とうとう耐えきれなくなったようで、ドウェインが喚き立てるようにベリンダに尋ねた。
「オレにとってもこれは推測でしかねーけどよ。たぶんこの殿下ヤローは、婚約者であるところのローザリヤを、あまり良くは思ってなかったんじゃねーのか。なにせあの高慢ちきでワガママ放題な性格だしな、うざってえって思う気持ちはオレにも分かるぜ」
「嬢ちゃん、本当にローザリヤって子の友達なんだよな……?」
友達っつーか、取り巻きBらしいけどな。
と、ベリンダは思ったが、言わないでおいた。
「けど、いくら性格が悪いローザリヤだからって、腐っても貴族の御令嬢。さしもの王太子殿下といえども、嫌になったからってそうそう簡単に縁を切ることはできなかったんだろうよ」
「それで……敢えて危険な黒魔法を用いて、ローザリヤに濡れ衣を着せた……ってことかよ!?」
ドウェインは信じられないといった様子で、スコットを見やる。
「ああ。ローザリヤの振りをしてオレ相手に黒魔法を使い、機を見て事を荒立てて、すべての罪をなすりつけて追いやるつもりだった。そんなところじゃねーのか。その攻撃の相手にオレを選んだのは、殿下ヤローが単にオレのことが気に食わなかっただけじゃねーかと思うけど」
と、推測を口にするベリンダに対し、スコットは一層深く口元に笑みを浮かべてみせた。
「大した推理力だ。……が、最後の最後で詰めが甘いね。あるいは、自分に関することには無頓着といったところかな?」
「あん?」
彼の言葉の意味を理解できずに、ベリンダは眉をひそめる。
「俺がローザリヤに罪を着せつつキミを襲った理由は、簡単なことさ。俺はキミのことが欲しいと思ったんだ。ローザリヤのような、つまらない女なんかよりも、ね」
「は?」
その狂気を孕んで妖しげに歪む表情でローザリヤを蔑むスコットを目の当たりにして、ベリンダはゾクリと背筋に冷たいものを感じた。
ごくりと生唾を飲み込むベリンダをよそに、スコットは肩を竦めて言葉を続ける。
「キミの言うとおり、ローザリヤはとんでもない悪女だよ。わがままで、自分のことを誇示するばかり。親が決めた政略的なものに過ぎないと分かりきっているくせに、自らが王太子の婚約者であることを嬉しそうに喧伝してまわって……。少なくとも、次期国王となる俺の隣に置くには、決してふさわしくない」
淡々と、自らの婚約者である女性を見下したように言いながら、スコットは首を横に振った。
「有力者同士の親が決めた政略結婚とはいえ、本人がそれを拒めば、婚約解消に至ったケースはある。だからとっくに彼女を見下げ果てていた俺は、折を見てローザリヤに婚約破棄を申し出るつもりではいたんだ。それで彼女が納得したら、それでよし。だがもし、納得せずに、みっともなくすがりついてくるようであれば……」
「さっきの通り、黒魔法の濡れ衣を着せて、強制的に退場させるつもりだった……と」
「その通り」
ベリンダの言葉に頷くスコット。
その表情に、自らの行動に疑問を抱いている様子は見られない。
「ローザリヤが新入生首席の女の子……アリソンといったかい? 彼女のペンダントを池に投げ捨てた時は、ちょうどいいタイミングだと思った。理由付けとして、これ以上のものは無かったからね。だが……俺はあの時、結局ローザリヤに婚約破棄を突き付けることはなかった」
「なんでだよ」
「おもしろい女の子を見つけたからね」
そう言いながら、スコットは目の前に立つ少女……ベリンダを指さした。
「ローザリヤの友人である、キミだ」
「はあ?」
「まさか俺に盾突く度胸のある女の子が、ローザリヤの友人にいたとは知らなかった。狭量で自分のことが大好きなあの女は、自分を持ち上げてくれるような取り巻きとばかり付き合っているのだと思っていたからね。だから、ほんの少し興味が湧いた。婚約破棄は一旦棚上げにして、ローザリヤを通じてキミとの繋がりを保っておきたくなったんだ」
本来であれば物語の最序盤……アリソンのロケットペンダントを池に落とされるシーンで婚約破棄が行われなかったのは、それが理由であった。
「ドウェインとの魔法武道の模擬戦を見せて貰って、ますます俺はキミへ強い興味を抱くようになった。キミは実に破天荒だ。俺の予測を上回る勢いで暴れては、こちらの期待以上の、とんでもないものを見せてくれる。俺はキミに強く惹かれ、キミが欲しくなってしまった。どうしようも無いほどに」
スコットはそう言いながら、うっとりと目を細めた。
頬すら赤く染めつつ、彼は目の前のベリンダに告げる。
「だからキミを黒魔法で襲った」
スコットは、その精緻に整った美しい顔立ちを崩すことはない。
だからこそ、ベリンダにはそれがひどく不気味に思えた。
スコットは、正気だ。
狂っているのが正気なのだ。
「黒魔法でローザリヤから襲われたベリンダは、きっと誰かに助けを求めるだろう。そこで俺が生徒会長として颯爽と登場し、事態を解決する。もちろんベリンダほどの破天荒な女性が、黙って俺に守られるだけでは終わらないだろう。ふたりで協力して、ローザリヤという強大な悪女に立ち向かう。その中で俺とベリンダは、少しずつ互いを信頼していくようになり、愛を育んでいくんだ。やがて追い詰められた悪辣なローザリヤが放つ、最後の黒魔法を、愛の奇跡で退ける。……そしてすべての悪の元凶であるローザリヤを追放した俺たちは、晴れて困難から解き放たれ、結ばれるのさ」
嬉しそうに語るスコットの言葉を聞きながら、ベリンダは嫌なことに気がついた。
たった今、彼の語った、スコットとベリンダの妄執ともいえる物語の展望。
その“ベリンダ”と語られた部分に“アリソン”を当てはめれば。
それは、きっと、乙女ゲーム『愛は魔法の奇跡』のシナリオと同じような展開になるのではないだろうか。
ゲームの中の世界で。
この男は、成し遂げてしまったのだ。
本来の婚約者であるはずのローザリヤに、すべての罪を被せ。
自らが見初めたヒロインの女の子との、甘く熱く激しい、まやかしの恋物語を。
「俺は目的のためならば、どんな手でも使う。たとえそれが禁術とされる黒魔法であろうとも。誰かを犠牲にすることになろうとも。それが、王太子としてこの国に生を受けた俺の、なりふり構うことなく目的を成し遂げねばならない立場の男のやり方なのさ」
「……はん。殿下ヤローめ。なかなか、いい性格してんじゃねえか」
「お褒めにあずかり、光栄だよ。ベリンダ」
「褒めてるわけねーだろ、バカ」
真正面から罵倒の言葉を投げつけられ、しかしスコットは嬉しそうにクツクツと笑った。
「それでいい。その反抗的な態度こそ、俺の隣に立つ女性にふさわしい」
「誰がお前なんぞの隣に立ってやるもんか。どこぞの世界じゃ、きっと別の甘い言葉を別の女に言ってるぜ、浮気男はよ」
涼やかに、あるいは憎々しげに。
互いに互いを睨み合うスコットとベリンダ。
が、その間に割り込むようにして、もうひとり、それまで成り行きを見守っていた音が飛び込んできた。
「ま、待ってくだせえ殿下!」
ドウェインである。
彼は目を丸くするベリンダを背後に守るように前に出ると、スコットに向けて挑戦するような視線を向けつつ言い放った。
「ベリンダは俺の女だ! ちょっかい出さねーでもらえますかね!?」
「……いや、お前の女でもねーが!?」
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