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三十四 正体見たりだぜ

「ウオオオオオオオイ!? なーにやってんだ嬢ちゃん!?」


 ベリンダを追いかけるようにして廊下に出てきたドウェインが、信じがたい光景を目の当たりにすると同時に悲鳴をあげた。

 だが、悲鳴をあげたくなるのも当然だろう。

 なにせベリンダが、出し抜けにローザリヤの頭をハイキックでぶち抜いたのだ。


 突然の暴力沙汰に、ドウェインは顔を真っ青にして駆け寄っていく。


「どうしたんだよ嬢ちゃん!? コイツはお前の友達なんだろ!? なに、いきなりハイキックかましてやがんだよ!?」

「コイツはオレの友達(ダチ)なんかじゃねーよ」

「そ、そんなに普段から不満を抱えていやがったのか……!? だが、いきなり暴力に訴えずとも、せめて俺に相談してくれたら……!」

「バカ。そうじゃねえっての」


 何やら勘違いしているらしいドウェインに対し、ベリンダは首を横に振って言った。


「コイツはローザリヤ嬢じゃねえ。ニセモノだ」

「なに? どういうことだ?」


 意外な言葉に目を丸くするドウェインだが、しかし眼前では確かにローザリヤが倒れ込んでいるように見える。

 なおも戸惑うドウェインに対し、ベリンダは物わかりの悪い子供に対するような態度で説明を付け加えた。


高飛車(タカビー)なアイツは、オレから『ローザリヤ嬢』って呼ばれたら、必ず『様をつけろ』って返すんだよ。なのに、この部屋に来てからアイツは、何度かオレに『ローザリヤ嬢』って呼ばれても、何も言っちゃ来なかった」


 ドウェインは、言われて先ほどまでのローザリヤの言動を振り返る。

 ……確かに、生意気な態度をとるベリンダに対し、それを諫めるような言葉はなかったような気はするが。


「でも、たったそれだけのことだろ? お前があんまりに跳ねっ返りだから、いちいち訂正する気にならなかっただけじゃねえのか?」

「かもな。けど、少なくともローザリヤ嬢は、今朝まではオレに『様をつけろ』と口酸っぱく言ってやがったぜ」


 それこそ……スコットとのキス疑惑があって、明確にこちらに敵意を示している今朝のローザリヤでさえも。

 登校直後の校舎裏でたまたま遭遇したあの時も、普段通りの間柄とは言い難い状況でありながらも、ローザリヤは普段通りの言葉をベリンダに投げ返したのだった。


「それに違和感は他にもあった。ローザリヤ嬢の手袋だ」

「手袋?」


 言われたドウェインは、倒れ伏したローザリヤの手元を見下ろす。

 確かにその左右の手は、仕立ての良い白い手袋に包まれていた。

 その手元の内側が黒く汚れているのは、薄汚れたノートをベリンダから受け取ったためだろう。


「ローザリヤ嬢の手袋は、あの婚約者の優男……スコットから貰ったもんだって言っていた。決して汚さねーように気ぃ付けながら、毎日必ず身につけてるんだってさ」


 そのことを明かされたのは、スコットからのキス疑惑で詰め寄られた、昨日の魔法演武披露会直後のことだった。


 思い返してみれば、彼女は確かにその手袋を大事にしていたような気がする。


 アリソンのロケットペンダントを池に放り投げた時も、汚れるのを嫌ってわざわざ手袋を外していたほどだ。


 さらには魔法演武披露会に向かう前、教室で対峙したアリソンから手袋に包まれたその腕をとられた時も、ことさらに他人から触れられることに拒否感を抱いていた気がする。


「そんだけ大事にしている白い手袋を付けたまま、よりによってあんな薄汚れた研究室に打ち捨てられていた、オンボロノートをそのまんま受け取るわけねーよな?」


 その言葉を耳にして、ドウェインはハッと表情を険しくした。

 確かに目の前のローザリヤの身につけた手袋は、無造作に掴んだノートのせいで黒く汚れてしまっている。

 元が艶やかな白いシルクの手袋だ。少しでも黒ずんだ汚れがつけば、ひどく目立つに違いない。


 なのにそれを厭わず、手袋を自ら汚したこの女は……。


「……やれやれ。参ったな」


 不審感をあらわにしたドウェインの前で、ローザリヤが口を開いた。


 いや。

 その喉から発せられた声は、ローザリヤのものではなかった。

 甲高くキンと響く女の声ではなく、それはもっと低く落ち着いている男性の声である。


 身構えるベリンダとドウェインの前で、ローザリヤ……だった者は、ゆっくりと立ち上がった。

 しかしその姿は今までと違い、まるで水面越しに覗いているかのように不安定に揺れている。


「呼び名に、手袋か。まさかそんなことで看破されてしまうとはな」


 目を見張るふたりの前で、ローザリヤの像が乱れていき、形をとどめることができなくなっていく。


 ……やがて。

 そこに立つ人の姿が再び像を結んだとき、ローザリヤとはまったく別の人物の姿が、目の前に佇んでいたのだった。


 それを目の辺りにしたドウェインは、息苦しく呻くように言う。


「……でん、か……!」

「コイツは驚いたぜ。ローザリヤじゃあねえなあとは思っていたが……まさかお前だったとはなあ。スコット王太子殿下さんよお」


 ベリンダとドウェインの目前に姿を現したのは、軽く跳ねた濃紺の髪を揺らす、『アイマホ』の攻略対象、スコット王太子殿下、なのであった。

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