三十二 きやがったね
ベリンダとドウェインは、研究室の入り口扉を振り返る。
開け放たれたままの四角くくり抜かれたその向こう、薄暗い旧校舎の室内でも、そこに豪奢に着飾った少女が立っているのが分かった。
「……ローザリヤ嬢」
「…………」
ベリンダが呟いたのを、ローザリヤは冷ややかに見つめ返してくる。
プラチナブロンドの長い髪は、細かな塵の舞う古い建物の中にあっても、別格に美しく輝いて見えた。
毎日お付きのメイドがアイロンまでかけているのだろう清潔なブレザーは、この場においてはあまりにも場違いに見える。
肩にとまっているインコは、あっちこっちを忙しなく眺めるように首を動かしていた。
なんでここにローザリヤが?
訝しむベリンダに、横からドウェインが尋ねてくる。
「おい嬢ちゃん。ありゃ何物だ? 嬢ちゃんのお友達かなにかか?」
「まあな。名前はローザリヤ嬢っつって、お前んとこの生徒会長様の婚約者だよ」
「なにっ!? アイツが!?」
どうやら直接の面識こそ無いものの、ドウェインもその存在は知ってはいたようだった。
目を見張るドウェインをよそに、ベリンダは未だ戸の辺りで佇むローザリヤを見やる。
「んで? なんでローザリヤ嬢がこんなとこに居やがんだ? 貴族の御令嬢がお茶するには、ここはちぃとばかし汚らしいぜ」
「そちらこそ、何をしているんですの? 旧校舎は立ち入り禁止だったはずですわよ」
「オレらは生徒会役員の視察だよ。なあ?」
ベリンダがしれっと言うのに、ドウェインは「オイ!」と内心でツッコみたい気持ちだった。
確かに見つかったらそう言い訳してやるとは言ったが、堂々と免罪符みたいに振りかざすんじゃねえよ……。
「視察ですって?」
ローザリヤに視線を向けられ、ドウェインはしぶしぶ頷きを返した。
「ああ。ここは生徒会の決定で立ち入り禁止にしてあるけど、一応現況がどんなもんなのか確かめておこうと思ってな。といっても、これは生徒会の意向じゃなくて、俺の単独の行動だ」
「なぜそれに、ベリンダが付き添っているのかしら?」
「偶然校舎の前で会って暇そうにしてたから、連れてきたんだよ。もしかしたら人手がいるかもと思ってな」
ドウェインは自分でもビックリするくらいすらすらと言い訳の言葉を口にしながら、「あれ? この説明だと、俺が嬢ちゃんを誘ったことになっちゃうな? 『ドウェインがベリンダをデートに誘ったらしい』って噂になっちまったらどうしよう!」と発想が一足跳びな乙女みたいなことを考えていた。
仮にデートに誘ったと噂になったとして、その行き先がオンボロ旧校舎だということまで知れ渡ったら、どうするつもりなのだろう。
そんな馬鹿馬鹿しい想像に頬を染めるドウェインをよそに、ローザリヤはベリンダを見やってから口を開いた。
「貴女、その手にしているもの……」
「ん? ああ、これ」
ベリンダは視線に応じるように、右手に摘まんでいたもの……先ほど動かした机の後ろに落ちていた、薄いノートを掲げてみせる。
ローザリヤの肩にとまったインコは、クルクルと喉を鳴らしながら、明後日の方向を眺めていた。
そのノートは、ただでさえ古びたものであり、その上ずいぶん薄汚れた部屋の中に長年放置されていたものである。
保存状態は悪く、すっかり黒ずんでいて、表紙に書かれた文字も掠れて消えてしまっていた。
恐らくは中身も似たようなものだろうと推察されるが、これでもベリンダにとっては貴重な探索の成果である。
しかしローザリヤは険しい表情で首を横に振ると、ベリンダに向けて言った。
「貴女ね。ここがなんの部屋か、分かっていますの?」
「ああ。黒魔法研究室、だろ?」
「分かっているのなら、尚更問題ですわ」
「……? なにがだよ」
「黒魔法といえば、その危険性から禁術と指定されているものでしょう。行使することはおろか、研究することすらも厳しい制約が課されていることくらい、この国の人間であれば貴女も承知しているでしょう?」
「ああ、まあ……」
この国の人間ではないが、しかし黒魔法が禁術であるという知識はあるため、ベリンダは曖昧に頷いた。
「なのに、一学生にすぎない貴女が、黒魔法研究室を面白半分に探索するのは、危険にもほどがありますわ。黒魔法に関する魔導書の中には触れただけで効果の発動するようなものもありますのよ。なのにそんな軽率に、この部屋で発見した資料を手にするだなんて……貴女、ヘタしたらそれだけのことでも罪に問われかねないんですのよ?」
「えっ、まじ?」
想像以上に黒魔法に関わるということが大事であるらしいことを知り、ベリンダはすっとんきょうな声を漏らす。
するとドウェインもまた、ローザリヤに同調するように頷いて見せた。
「なんだ嬢ちゃん。知らねえでこの部屋漁ってたのか? だから俺も、危ねえからよせって言っただろ」
「『探せ』っていうフリかと思ってたわ」
「なんでそうなる!?」
「なんでって、たとえば『押すな』って言われたら、ふつう押すだろ?」
「押さねえよ!? 『押すな』って言われてんのに、なんで押すんだよ!?」
どうやらこっちの世界では、ダチョウ的なノリのアレは存在しないらしい、とベリンダは思った。
と、そんなベリンダとドウェインのやりとりを見て、ローザリヤはわざとらしく溜息をついてみせる。
「夫婦漫才もそのくらいにしておいて頂いてよろしいですかしら?」
「だだだ誰が夫婦だ!? そんなにお似合いかな俺たち!?」
嬉しそうにキレるドウェインだったが、女性陣は特に取り合わなかった。
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