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三十一 旧校舎へカチコミだ!

「さ。ついたぜ嬢ちゃん。ここが旧校舎だ」


 思ったよりも旧校舎は本校舎からほど近い位置にあった。

 敷地内のより奥まった部分にある建物で、確かに本校舎と比べるとずいぶんと古めかしい造りである。

 大きさもややこじんまりとした感覚があり、校舎というよりも、むしろちょっと大きめなお屋敷程度のものであった。


 ドウェインが言ったとおり古びた建物で、確かに立ち入り禁止となっているようである。

 正面玄関と思しき辺りは開け放たれているが、その手前にたわんだロープが張られていた。


「見ての通り、ただのオンボロ校舎だぞ。嬢ちゃん、こんなとこに一体何の用……ってコラコラ! 何しようとしてんだ!」

「何って、入ろうとしてるんだけど」

「話聞いてなかったのか!? 立ち入り禁止なんだよ!」


 ベリンダはロープをまたいで、正面玄関から旧校舎に入ろうとしているようだった。

 よほど誰も寄りつかないためか、鍵などがわざわざかけられている様子も無い。

 魔法学校らしく結界でも張られていたら厄介だなと思ったが、どうやらそんなこともないようだった。


「悪いな。オレはどうしてもこの中に入んねーといけねーんだわ。ここは見逃してくれ」

「いや。そんなわけにはいかねーだろ。俺は一応生徒会役員なんだぞ。自分ところで決めたルールを破ろうとしてるヤツを、黙って見過ごすわけには……って、人の話を聞けよ! オイ!」


 止めようとするドウェインに構うことなく、ベリンダはズンズンと奥に立ち入ってしまう。

 その時、彼女の足下でパキンと硬く小さなものの割れるような音が響いた。

 どうやら靴の下で、小石か何かを踏んでしまったらしい。

 しばらく誰も入っていないせいで、小石や砂、枯れ葉などが建物の内部にまでも吹き込んでいるのが見て取れる。


 足下が荒れているのにも構うことなく進んでいく彼女の背中を見やりながら、ドウェインはハア……、と溜息をついた。


「分かったよ。そんなに中に入りてえってんなら、せめて俺も連れてけ。万一バレたら、生徒会役員の視察ってことにしてやるから」

「お。話が分かるヤツだね。助かるわ」

「せめてもうちょっと感謝してくれ……」

「おー。後で抱きついて、ありがサンキューとでも言ってやらー」

「んな適当な……なんて!?」


 首がもぎれん勢いでベリンダの方を見やったドウェインだったが、単なる冗談に過ぎなかったようで、彼女はさっさと旧校舎の中へと入っていってしまう。


「……抱きついて、……って、嬢ちゃんが俺に……!? ほ、本気にしていいのか……!?」

「おーい。何やってんだ。行くならとっとと行こうぜー」

「あ? あ、ああ! 悪い……!」


 声をかけられたドウェインは、慌てて彼女の背中を追いかける。

 隣に並んだベリンダにドキドキしながら視線を向けるが、とりあえずは抱きついてきてくれそうな気配は無かった。


 内心の動揺を振り払うように咳払いをしつつ、ドウェインは彼女に尋ねる。


「で? 旧校舎のどの部屋に用事があるんだよ?」

「それが分かんねーんだよな」

「なんだって?」


 旧校舎には、黒魔法を研究していた部屋がある。

 分かっているのは、それだけだ。

 その研究室が、この旧校舎のどこにあるのかは分からない。

 しかも黒魔法が禁術となったことにより研究資料は引き上げられているということで、部屋を覗いたとしてもすぐに分かるような状態でもないだろう。


「ひとまずは一部屋ずつ覗いていく感じかな。たぶん、普通の教室とかは違うと思うけど……」


 廊下から覗き込んだ1階の部屋は、そのすべてが一般教室であるらしい。

 経年劣化で窓が割れ、砂埃もひどい。

 木製の机や椅子は黒ずんでしまっており、中には無残に崩れてしまっているものまである始末だった。


 足下に気を付けながら、階段を登って2階へと向かう。


「研究フロア……」


 不意に、ポツリとドウェインが呟いた。


「なんて?」

「いや、そこに書いてあるだろ。汚れてて見づらいけど、たぶん2階の部屋の説明書きみたいだ」


 見れば、階段の踊り場の壁に、校舎の見取り図と思しきプレートが貼り付けてある。

 表面はべったりと埃まみれだが、鉄製で朽ちてはいない。

 ベリンダが手のひらで表面の埃をグイッと拭うと、ドウェインはぎょっと目を見開いた。


「なにやってんだお前!」

「何って、汚れてて見づらいってお前が言ったんだろ」

「言ったけど……せめてハンカチとかで拭けよ。うわ、手ぇ真っ黒じゃねえか……」

「そんなことより、2階にはなんの部屋があるか読んでみてくれ」

「なんで俺が……」


 ベリンダはこの世界の文字が読めないからなのだが、ドウェインがそんなことを知るよしも無い。

 早くも尻に敷かれつつあるなあ……などと気の早いことを思いつつ、ドウェインはプレートに目を通した。


「えーと、なになに……? 属性魔法研究室……、魔道具研究室……、マナ研究室……、使役魔法研究室……、魔石鑑定室……、魔法律資料室」

「それで全部か?」

「ああ……いや待て。まだ下に見取り図が続いてるな。こっちは3階の方か? くそっ……汚くて見づれえ」


 ドウェインの言葉を受けて、またしてもベリンダが、今度は反対側の手のひらで汚れを拭い取った。


「これでいいか?」

「言わなきゃよかったって良心が痛んでるよ」

「いいから早く読んでくれ」

「ええと……魔獣研究室……、魔人研究室……、魔道具解析室……、……黒魔法研究室」

「そいつだ。黒魔法研究室。どこにある?」

「ええと……3階の……ここだ」

「よし」


 ドウェインの指さした場所を確認すると、ベリンダは階段をズンズンと登っていく。


「なあ嬢ちゃん。せめて手ぇ拭かねえか? 俺のハンカチ貸してやるからさ」

「いらねえ。どうせこれからもっと汚れるしな」

「……は?」


 目的の部屋に辿り着いたベリンダは、迷うことなく引き戸を開けた。


 中はごく一般的な教室の半分程度だが、あまり狭さは感じない。

 なぜかと考えると、それが物が少なく閑散としているせいだとベリンダは気付いた。


 部屋の中央に大きなテーブルがあり、壁際にはスチールラックが並んでいる。

 窓際のカーテンは閉めきられ、その手前にも研究用と思しき机があった。

 だがそこに本来詰め込まれていたはずの資料の類いは、そこには一切無くなってしまっている。

 引き払われた、というのはどうやら事実で間違いないようだった。


 ベリンダの背後から覗き込んでいるドウェインも、がらんとした室内を見て「なーんもねえな~」と呟く。


「この部屋がどーしたってんだよ……って、お、おい嬢ちゃん!?」


 ベリンダはのそのそと室内に入り込むと、中にある机の引き出しを手当たり次第に開けていった。


「おい嬢ちゃん! この部屋が何を扱ってる部屋だか、もう忘れちまったのか!? 黒魔法研究室だぞ!? そんな乱暴に中を漁るんじゃねえよ! 危ねえからよしとけって!!」


 ドウェインが制止するのにも関わらず、ベリンダはまるで盗賊のように室内を探っていった。

 だがしかし、どこを探しても、中には何も残されていない。


 当然か。

 なにせ禁術に指定された資料なのだ。

 簡単に見つかるようなところに残しておく方がおかしい。


「コイツは空振りだったかもな……」


 一応は教育機関の研究室だったためか、もぬけの(から)とはいえ、什器や研究資料とは関係のない備品は多く残されている。

 他に当てが無い以上、ベリンダはそれらを片っ端から引っ繰り返すように探し始めた。


 しかしその時、積み上げてあった何かの模型のようなものに肘が引っかかってしまい、床に落っことしてしまう。


「……っと。やっべ」

「おいおい、気を付けろよ。メチャクチャ埃がたったじゃねえか……げほっげほっ」

「わりーわりー」


 落っことした模型をテーブルの上に戻しながら、彼女はふとある可能性に思い至った。


「……机の裏とかに、なんかを落としてたりとかしねえかな」


 そう閃きを得たベリンダは、窓際の壁に隣接するように置かれた机に歩み寄る。


 その時、彼女の背後からぬっと、太い腕が伸びてきた。

 ドウェインである。

 研究室の入り口に立っていた彼が、手伝うために入ってきたようだった。


「コイツを動かしたいんだろ? 嬢ちゃんの細腕じゃ厳しそうだから、俺がやる」

「いいのかよ? お手手が汚れちまうぜ?」


 先ほどのやりとりを揶揄するようなベリンダに、ドウェインは苦笑を返す。


「俺が汚れる分には、構いやしねえさ。それがお前のためなんなら、尚更な」

「? おー、助かるわ」


 その献身の真意をいまいち汲み取れて無さそうなベリンダに笑みを返すと、彼は机を引きずって手前に動かした。

 すると、その時。


 机を引きずる音に混じって、ばさり、と軽い音が響いた。


「今……」

「聞こえた、よな」


 ベリンダとドウェインは顔を見合わせ、頷き合う。

 どうやら聞き間違いではないらしい。


 手前側に引っ張り出されたことでわずかにできた隙間を、ベリンダが覗き込む。

 するとそこに、薄っぺらいノートのようなものが落ちているのを発見した。


「……どうやら、ようやく運気が向いてきたみたいだぜ」


 ベリンダはペロリと唇の端を舌で舐めると、そのノートに手を伸ばした。


 すると、その時だった。


「貴女たち、そこで何をしていますの?」

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