三十 また会ったなドウェイン
「確かヤンスのヤツ、学園の旧校舎……って言ってやがったよな?」
放課後を迎えて、ベリンダはひとり校舎の前で呟いた。
思い返すのは、今朝のことである。
ヤンスとの短い作戦会議の中で彼女は、旧校舎にかつて黒魔法を研究していた部屋がある、という話をしていた。
黒魔法が禁術とされた現在ではすでに引き払われたということだったようだが、何か対抗し得る手がかりが残されていないとも限らない。
もしも今朝のあの突然の体調不良が、本当に黒魔法によるものであったとしたならば。
ローザリヤは、早くも手段を選ばずベリンダを排除しようと動き始めているということになる。
そうであれば、たとえわずかな可能性であろうとも、黒魔法に関する資料を探しに行かない手はなかった。
本当はゲームの知識のあるヤンスも連れて行きたいところではあったが、今朝のこともあってローザリヤのペットの監視が厳しく、ベリンダの元へ来るのは難しいようである。
「しゃーねえ。そうと決まれば、まずはさっそく旧校舎へ……」
と、ベリンダが踏み出そうとした一歩は、しかし中空でピタリと止まってしまう。
「……旧校舎って、どこだよ?」
そうであった。
彼女はただでさえ、この学園に入学したばかり。
その上、旧校舎だなんていかにも現在は使われていなさそうな建物の場所など、知るはずも無いのであった。
「参ったな。誰かに聞くか?」
といっても、同じ立場の新入生たちに聞いても、恐らくは知らないだろう。
となると尋ねるとしたら先輩ということになるが、……そこで脳裏に、スコットのにこやかな笑みが浮かび上がった。
「……そもそもゲームでは、旧校舎でアイツとふたりっきりでイチャつくエピソードに過ぎなかったって言ってやがったよな」
スコットとふたりきりでイチャつくなんて、絶対にイヤだ。
むしろ周囲に人気が無いのをいいことに、こっちから手を出してしまいそうである(暴力的な意味で)。
「となると、どうしたもんかな……」
「ゴホンゴホン! あー……、おっ、おう! こんなとこで偶然じゃねえか! 何やってんだ?」
「いっそしらみつぶしにそれっぽい建物探してみっか? それで見つかるんならいいけどな」
「お……おい? 聞いてんのか? おーい。俺なんだけど」
「大体、この学園は広すぎるんだよな。未だにどこに何があるのか、よく分かってねえし……」
「おい! 聞こえてんだろ? 無視すんなよ! おい、嬢ちゃん!」
「ん……? あ、オレ?」
自分の肩を掴まれて、そこでようやくベリンダは顔を上げた。
さっきっから近くで大声で騒いでるヤツがいるなとは思っていたのだが、まさか自分に声をかけてきているとは思わなかった。
ベリンダが目を向けると、そこに見知った人物の顔を見つけて、軽く目を見張る。
「あんだよ。ドウェインじゃねえか」
「そうだよ。だからさっきっから声かけてんじゃねえか」
そう言って呆れたように肩を竦めたのは、赤い髪を逆立たせた男子である。
昨日の魔法武道の模擬戦でベリンダと拳を交えた、ドウェインだった。
どうやら授業終わりに校舎を出たところで、偶然ベリンダの姿を見かけたようである。
声をかける前にゴホンゴホンと咳払いし、ブレザーのネクタイをきちっと締め直し、と涙ぐましい努力を重ねていたのだが……まさか声をかけても気付かれないとは思わなかった。
「悪い悪い。考え事しててよ」
「そうかよ。……ったく。昨日の今日で無視されてんのかと思って、冷や冷やしたぜ」
「誰に声かけてんのか、分かんなかったんだよ。ふつうに名前呼んでくれりゃいいのに」
「な、名前……。呼んでいいのか……?」
ドウェインはドキドキしながら尋ねたが、ベリンダは「そんなことよりさ」と遮った。
「そんなこと……」
「ちょうどいいや。お前に聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「え!? お、俺に聞きたいことだって!?」
一瞬残念そうな表情を浮かべたドウェインだったが、すぐに嬉しそうに表情を明るくする。
「い、いいぜ。男・ドウェイン・ドレイク。なんでも応えてやるぜ。誕生日でも好きな食べ物でも得意な魔法でも、……す、好きなタイプとかでも、なんでも聞いてくれ!」
「知りたくねーよ、んなもん」
「そうか……。で、なんだ聞きたいことって?」
気を取り直してドウェインが尋ねると、ベリンダはひとつ頷きを返す。
「旧校舎ってとこ知らねーか? オレ、そこに行きてーんだけど」
「旧校舎だと? あんな辺鄙なとこに、なんでまた?」
ドウェインは不思議そうに腕組みをする。
どうやら反応からして、場所は知っているようだった。
「まあ、ちょっとな。知ってるんなら案内してくれよ」
「それは構わないけど、あそこ立ち入り禁止だぞ」
「え!? そうなのかよ!?」
「ああ。なにせ今は使ってない古びた建物だからな。勝手に入ったら危ないってんで、今年の生徒会規則でそういうふうに決まったんだ」
「マジかよ……」
「それでもいいなら案内してやるけど、どーする?」
ドウェインに尋ねられて、ベリンダは少し思案顔を浮かべる。
彼女が即答しないのを見て、ドウェインはごくりと生唾を飲み込んでから、恐る恐る口を開いた。
「それか、もしよかったら、俺とどっかお茶でも……」
「ま、いいや。それでいいから案内してくれ。……ん? 今、なんか言ったか?」
「なんでもないぜ! さあ旧校舎はこっちだ! ついてきな!」
「なんで急に張り切りだしたんだ……? 別にいいけど」
心の中で涙を流すドウェインだったが、彼は切り替えの早い男である。
旧校舎までの短い道のりではあるが、ふたり一緒に並んで歩くこの時間は、実質デートみたいなもんだと思い直したのだ。
実に健気なドウェイン。
この雰囲気デートを楽しむべく鼻息を荒くする彼にとってのヒロインは、退屈そうに欠伸を噛み殺しているという事実には、目を瞑って貰いたい。
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