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二十九 ローザリヤとの敵対だ

 授業をサボることも頭を過ったが、状況を考えると魔法に関する知識は少しでも仕入れておいた方がいい。

 そういうわけでベリンダは、ローザリヤたちから少し遅れて、自身も朝の教室へと向かっていた。


 すると。


「あんだこりゃ?」


 ベリンダの属するクラスの教室が、やたらザワザワと騒がしい。

 教室の外からも、恐らく他のクラスの生徒と思しき女子たちが群がってきては、出入り口の扉や窓から室内を覗き込んでいる。


 呆気にとられるベリンダの横から、ひとりの少女がタタッと駆け寄ってきた。


「ベリンダ様。おはようございますっ」

「おうアリソン。はよっす」


 今日も今日とて正統派美少女の煌めきを振りまくアリソンに、ベリンダは尋ねた。


「コイツはどういう騒ぎだよ。ウチの教室で、なんかあったのか?」

「ああ、こちらですか。どうやら、スコット王太子殿下がいらっしゃっているみたいですよ」


 どうやら先に登校してきていたらしいアリソンは、すでに事情を把握していたようだった。

 人垣の理由を知ったベリンダは、訝しげに眉をひそめる。


「なに? あの殿下のヤローが?」

「ええ。あの方はただでさえ王太子殿下でいらっしゃいますし、その上、眉目秀麗。新学期早々、新入生女子たちの間でも大人気のお方ですから」

「それでその当人が新入生の教室に来たとあって、こうも大騒ぎってわけか」


 教室に群がる野次馬の理由は分かった。

 しかしスコットがわざわざ新入生の教室を訪れた理由は、なんなのだろう。

 婚約者であるローザリヤにでも、会いに来たのだろうか。

 あの底を窺わせない優男が、わざわざそんな殊勝なことをするとも思えないけれど。


 とにもかくにも自分には関係のないことだと、ベリンダは深く考えずに人垣をかき分けて教室内に足を踏み入れる。


 と。


「やあ、ベリンダ」

「げ」


 思わずベリンダが顔をしかめてしまったのは、騒ぎの中心人物であるところのスコットと、バッチリ目が合ってしまったせいであった。

 こちらに気付いた彼は、口元に涼やかな笑みを浮かべながら、コツコツと歩み寄ってくる。

 その背後には先に戻っていたらしいローザリヤもいた。

 どうやらベリンダが来るまでは、彼女がスコットの応対をしていたようである。

 それをのこのこ後からやって来たベリンダに横取りされたのが気に食わないらしく、彼女はキッと鋭い視線をこちらに向けてきた。


 ……だから、オレは関係ねーっつーのに。

 全部この優男が勝手にやってることだろが。


 内心でそう毒づいているとも知らぬまま、スコットはベリンダにニコニコと声をかけてきた。


「おはよう、ベリンダ」

「何しに来たんだよ。お前、教室違うだろ」

「朝の挨拶はしっかりとした方がいい」


 王族に対し不敬を働くベリンダへの忠告を一言で済ませると、彼は口元の笑みを一層深くしてみせた。


「別に、何ということもない。きみの顔を見に来ただけだが、迷惑だったかな?」

「チョー迷惑」

「つれないな」

「オレなんかより、婚約者様の方を大事にしろよ。後ろですげー顔してんぞ」

「だ、誰もすげー顔なんてしてませんわよ!」


 ローザリヤが抗議の声をあげるが、スコットは振り返りもしない。


「ローザリヤには、きみが来る前に挨拶してあるよ」

「ならもう用は済んだろ。とっとと帰れ」


 ベリンダがシッシッと右手をヒラヒラと振ると、周りのギャラリーは凍り付いたように静かになってしまう。

 打ち首も十分に考え得るレベルの不敬に教室内の体感温度が5度は下がったが、スコットは楽しげに笑うだけであった。


「さて、きみの顔も見られたことだし、俺もそろそろ教室に戻るとするよ」


 どうやらスコットは、本当に特別な用事など無いようであった。

 彼が出入り口の方へとつま先を向けると、集まっていたギャラリーがわっと左右に割れる。


 その彼の背中を忌々しげに眺めていると、隣にスッとアリソンが寄ってくるのが分かった。


「すごいですね、ベリンダ様。王太子殿下相手に、あそこまで親しげにお話しできるだなんて」

「どこが? あっちから一方的に迫られて、いい迷惑だぜ」


 ベリンダがそう言って溜息をついた、その時だった。


 突然、目の前が真っ暗になった。


「……う?」


 ベリンダは眉間にシワを寄せる。

 そうしている間に、今度は立ちくらみのようなものに襲われた。

 立っていられなくなり、彼女はその場に片膝をつく。


 こめかみに手をやり、しばらく慎重に呼吸を繰り返していると、やがてぼんやりと視界が戻ってきた。


「……さま? ……ベリンダ様? どうか、されましたか?」


 傍らにしゃがみ込んだアリソンが、不安そうに顔を覗き込んでくるのが分かった。

 突然体調を崩したベリンダに心配しているらしい。


「大丈夫ですか? 保健室、行きますか?」

「……()り。ちょっと目眩がしただけ。大丈夫だよ」

「でも……」

「大丈夫だって。心配すんな」


 そう言ってベリンダは、安心させるようにアリソンの茶色い髪をポンと叩いた。


 その彼女の右手に。

 薄らとではあるが、黒い靄のようなオーラが、一瞬だけまとわりついているのを、彼女は確かに見つけた。


「……っ」


 オーラは一瞬で一瞬でかき消えてしまった。


 彼女は、未だ微かに目眩の残る中で、背後を振り返る。

 するとそこには、厳めしい顔つきでこちらを見やるローザリヤの姿があった。

 目が合うと、彼女はすぐに気まずげに視線を逸らしてしまう。


 そんなローザリヤの横顔を見やりながら、ベリンダは思い返していた。

 彼女がこの世界に訪れたその日、再開したヤンスから教えて貰った黒魔法に関する説明を。


 ……黒魔法は、通常この学園で学ぶような魔法とは異なるもので、人に害を成す非常に危険な魔法なんす。

 たとえば、対象となる相手の精神状態に干渉したりとか、体調不良に陥らせたりとか、みたいなやつっすね。

 生じた魔力に黒いオーラをまとうことから、“黒魔法”と呼ばれているっす。


 彼女の身体に一瞬まとわりついていた、あの黒いオーラ。


「……案外、もう余裕はねえのかもしんねえな」


 ベリンダは忌々しげに舌打ちを放つと、気合いを入れてその場に立ち上がる。

 一瞬前の目眩は、今はもう魔法のように消え失せてしまっていた。

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