二十八 なんでヤンスもヘソ曲げてんだ
「なー。いい加減、機嫌直せってー。ヤンスよー」
「フンッ。スコットとキスした気分はどうっすか姉御」
「だからー。してねーんだってー」
魔法演武披露会、そして魔法武道模擬戦を終えた、その翌日のことだった。
昨日は、ドウェインと拳で語り合い、スコットからキスをされかけ、そしてローザリヤから敵意の眼差しを浴びたベリンダである。
濃密な1日を終え、しかしそれ以上に今後の道行きに暗雲が立ちこめているのをハッキリと自覚してしまった彼女は、まるでそれらから逃げるかのようにさっさと寮へと帰ってしまった。
そして朝になり、ベリンダは今日もメイドさんから半自動的に身支度を調えられ、学校へと送り出される。
するとそんな彼女の元に、1匹のインコが飛んできたのであった。
もちろん、舎弟のヤンスである。
気心の知れた友人の来訪にホッとしたベリンダだったのだが、しかし彼女はすぐに辟易とした表情を浮かべるハメになる。
「いいっすねー姉御は。ベリンダに転生して、『アイマホ』の攻略対象達とキャッキャウフフできて」
「してねーっての」
「それに比べてウチときたらインコっすからねー。インコでどうやってスコットやドウェインたちとイチャついたらいいっていうんすかねー。あーあーせっかくの異世界転生なのに、やってらんねーっすわー」
「お前、酒でも飲んでんのか?」
「むしろ飲みてーくらいっすよ! 酒! 飲まずにはいられないッ!」
……ヤンスが荒れていた。
ふたりが現在いるのは、学園の校舎裏である。
登校時間中である今は人気がなく、密談にはもってこいと思われた。
昨日1日のベリンダの行動を踏まえてさっそく作戦会議……なのかと思いきや、なぜか始まったのはヤンスのだる絡みである。
どうやら話を聞くに、乙女ゲー愛好者であり夢女子でもある自分を差し置いて、ベリンダがスコットとキスをしたのが気に入らないようであった。
「だからよぉ~。さっきっから言ってんだろ? ギリんとこで止めたから、別にキスはしてねーってんだよ」
「ふんだ。してるかどうかよりも、しようとしたこと自体が大事なんすよ。いけず!」
「勘弁してくれよ! オレはヤンスと同じことで、ローザリヤからもキレられてんだぞ!?」
ベリンダは魔法演武披露会の終演後、ローザリヤから向けられた眼差しを思い出し、ブルリと身を震わせる。
ローザリヤのあのこちらを睨み付ける眼光には、どろりと粘ついた覚悟のような執念を感じさせた。
ベリンダとて元不良少女である。
ガンの飛ばし合いでならば、引けをとるつもりはなかった。
だがローザリヤはこの世界において……取り巻きBのベリンダを破滅に追いやるトリガーとなる人物である。
そんな彼女から敵意を向けられた事実は、命のかかったこの状況では心地いい出来事とは思えなかった。
そんなベリンダの逼迫した状況を理解したのか、ヤンスもようやく落ち着きを取り戻してくれたようである。
「そっすね……。まあ、幸いにして、スコットもドウェインも、ウチの最推しじゃないっすから。ちょっとくらいなら大目に見てあげてもいいっす」
「お前の最推し誰だよ。ゼッテー近付かないどくわ」
「お? 聞きたいっすか? ウチの推しの話??」
「もういいからオレの話していいか?」
閑話休題。
「……ローザリヤの野郎。アイツ、完全にオレのこと敵視してやがるぜ。あの目は、そういう目だった」
魔法披露宴の閉会後、彼女から向けられた視線を思い出し、ベリンダは嘆息した。
「まあ、ローザリヤからしたら、スコットは婚約者っすからね。しかも次期王位継承権第一位。無事結婚が成立し、スコットが王位を継いだら、ローザリヤは一気に女王っす。なのに、自身の一取り巻きに過ぎないベリンダが横からスコットをかすめ取ろうとしてきたら、そりゃあ気に入らないはずっすよ」
「かすめ取ろうとなんかしてねーわ。あの殿下ヤローが勝手にオレんとこに来たんだよ」
「…………(怒)」
「コラ、ヤンス! 人の頭を嘴でツンツンすんじゃねえ! お前はキツツキじゃなくてインコだろ!」
ベリンダが頭の周りを手のひらで払うようにすると、追い立てられたヤンスはバサバサと羽ばたき、換気のためにか開け放たれていた窓の枠に、ストンと降り立つ。
「そもそも、なんで姉御が魔法武道の試合に手ぇ挙げてるんすか。アレはアリソンの隠された魔力を覚醒させるためにスコットが仕組んだものだって、ウチ説明してたはずっすよね?」
「だーからよ。そのゲーム通りの展開にしちまったら、アリソンはローザリヤから恨まれて狙われることになっちまうわけだろ? だからオレは頭を使って、アリソンに試合をさせないよう、代わりに無関係なオレが挑戦したってーわけだぜ」
「その頭を使った結果、どうなったっすか?」
「アリソンの代わりに、オレがローザリヤから恨まれて狙われることになっちまってるな」
「意味ねーじゃねーっすか! むしろ悪化してるっすよ!」
「そうなんだよなあ……。どーこで間違えたんだ……?」
ベリンダは不思議そうに首を傾げるが、こればっかりはヤンスにも全貌が見えているとは言い難かった。
ゲームではスコットは、王太子の立場をより強固なものとするために、優秀な手駒としてアリソンを引き込もうと画策することになる。
だがこの世界においては、どうやらその前提からして崩れ去ってしまっているようだった。
スコットはなぜか優秀な魔法使いであるアリソンではなく、やたら運動神経がいいだけの元不良少女を自陣に引き込みたがっているらしい。
……なんで?
「……まさか姉御。アンタ、イケメンがよく言う“おもしれー女”だったりするっすか?」
「は? オレのこと笑うヤツなんざ、半殺しにしてやるわ」
「“おもしれー女”かもしんねーっすわ……」
ヤンスはカラフルな羽で頭を抱えてしまう。
「まあ、そうクヨクヨすんなよ」
と、ベリンダは右の拳を左の手のひらにぶつけながら、軽い調子で言った。
「クヨクヨって……誰のせいで頭悩ませてると思ってるんすか」
「要はローザリヤのターゲットが、アリソンからオレに移ったってだけだろ? なら、むしろ話はシンプルになったじゃねえか。ローザリヤが黒魔法だか禁術だかでオレをどうこうしようってんなら、こっちはそれから身を守ればいいだけだ」
「身を守れるなら、そうっすけどね」
ゲームでは、ローザリヤの黒魔法には、アリソンの保持する優れた魔力によって対抗していた。
だがこの世界のベリンダは、優れたどころか、魔力すら満足に練り上げることも出来ない状態である。
「そんな状況で、何をどうやって“身を守れば”いいんすか?」
「うーん。なんかねえのかよ? うまいこと、黒魔法とやらを無効化する術だったり、アイテムだったりとか? ゲームだったらそういうのありそうじゃん?」
「なにせゲームの中では、アリソン自身の魔力によって対抗ができてしまってたわけっすからねえ。それ以外の対策の取り方なんて、考えたこともなかったっす」
ヤンスは思案するように首を左右に振りながら、ふとポツリと呟いた。
「……そういえばゲームの中では、学園の旧校舎で黒魔法について調べるエピソードがあったはずっす」
「旧校舎?」
「今は使われていない、古い建物って設定っす。ずっと昔……黒魔法が禁術とされるより以前に、そこで研究を行っていた部屋がある、と。それを知ったアリソンたちが、旧校舎の研究室を探索するエピソードがあるんすよ」
「お! じゃあオレたちもそれみたいに旧校舎を調べに行けば……」
「でもそのエピソード自体、スコットとふたりっきりになってイチャイチャするのが目的のシナリオだったっすからねえ。黒魔法が禁術とされた時点で資料の類いも王国管理の図書館にすべて移されたから、黒魔法にまつわる収穫は無かったと思うっす。それでも調べに行きたいっていうんなら、状況が状況っすから止めないっすけど……?」
「いや。オレあの優男とふたりっきりでイチャイチャすんのとか耐えらんねーから、やっぱパス」
「なんて贅沢な……」
乙女ゲー愛好者であれば垂涎の体験が得られそうなところでも、食指が動かないどころか嫌そうに眉をひそめるベリンダであった。
「となると実際に黒魔法を使われる場面に陥った場合、かなり厳しい状況になりそうっすね。姉御はなんか、アイデアとかないっすか?」
「んー……対策ってほどのもんじゃねえけど、一応な」
「お。なんすか?」
「根性でがんばる!」
「ちょっとは頭使ってほしいっす。……ああ、頭使った結果が、この惨状だったっすね」
「んだテメエ! 誰相手にもの言ってんだ! 調子こいてんじゃねえぞ!?」
「あっあっ! ちょっと! 掴むのやめてっす! 人間とインコじゃ体格差エグいっすから!」
窓枠に手を伸ばしたベリンダは、ヤンスの小さな体をむんずと鷲づかみにした。
手の中で暴れるヤンスからカラフルな羽が抜け、足下の芝生に落ちる。
と、その時だった。
「人のペットに何をやっているのかしら」
開け放たれていた校舎の窓から、冷たいトゲのある声が聞こえてきた。
目を向けると、そこには話題の中心人物である、ローザリヤが立っている。
彼女はプラチナブロンドの髪をかき上げながら、冷たい目つきで裏庭のベリンダを見やった。
「ローザリヤ嬢」
「様をつけなさい。様を」
ローザリヤは素っ気なく言うと、ベリンダの手元に視線を向ける。
「そのインコは、わたくしのペットよ。飼い主の断りもなく、勝手にさわらないでちょうだい」
「あ、悪い」
不機嫌そうなローザリヤの言葉に、ベリンダは慌てて両手を開いた。
「さあ、インコ。戻ってらっしゃい」
「ぴよ……」
束縛から解放されたヤンスは、ベリンダの方を気にする様子を見せながらも、定位置であるローザリヤの肩へと飛んで戻っていく。
なおもお小言があるかと身構えるベリンダだったが、ローザリヤはそれ以上は何も言わなかった。
カツンカツンと硬質な足音を鳴らして廊下を戻っていく。
そしてその背後で、取り巻きのエレンが困ったように、ローザリヤの背中とベリンダを交互に見やった。
「エレン! 何をしているの。ついてきなさいな」
「オレのことはいいから、あっちに行ってやれよ」
ローザリヤとベリンダから同時に言われて、エレンは泣き笑いのような表情を浮かべたかと思うと、「ごめんね~」とだけ言って、廊下を小走りに戻っていった。
ひとり残されたベリンダは、校舎の壁に背中を預けると、溜息をひとつこぼす。
……ゲームの中だってえのに、人間関係の面倒くささってえのは相変わらずだぜ。
お読みいただき、ありがとうございます!!
執筆に励みになりますので、ブックマークの登録、評価など、ぜひぜひよろしくお願いいたします!!




