二十七 裏切り者ってなんのことだよ!?
……しかしスコットの唇は、すんでのところでベリンダの頬には届かなかった。
「……どういうつもりだコラ」
「お戯れですぜ。殿下」
ベリンダ自身がスコットの胸元に手を押し当てて、グッと彼を押しやったためである。
また、スコットの背後から、ドウェインが彼の肩に手をかけたためでもあった。
ドウェインは手つきこそ丁寧にではあるが、苛立ちを滲ませたように力を込めて、彼をベリンダから引き剥がす。
スコットからジッと見つめられたドウェインは、怖じ気づいたかのように慌てて手を引いた。
しかし視線だけは挑み返すようにスコットを見やる。
スコットは苦笑を浮かべると、それきり興味を失ったように視線をベリンダの方へと戻した。
そして彼は、「おやおや」とオーバーな仕草で肩を竦ませる。
「ベリンダ。キミは俺の誘いを拒否するのか?」
「ったり前だろ。断りも無しにいきなり盛ってきてんじゃねーよバカ」
「お、おい……っ。口を慎め。それはさすがに不敬がヤバいぞ!」
自身も王太子相手に盾突いた身でありながら、ベリンダの度を超したあまりの言い草に、ドウェインは軽く顔を青ざめさせる。
が、スコットはますますおもしろがるように口元に笑みを刻んで、ポツリと呟いた。
「まったく。ローザリヤもうまく飼い慣らしたものだな」
スコットは瞳を閉じ、幾度か頷いた。
と、ちょうどそのタイミングで、リーアムの演奏も終了したらしい。
わっと盛り上がる新入生たちの拍手が収まるのを待って、スコットはステージ上から彼らに声をかけた。
「諸君、我々生徒会がご用意した演目は、いかがだっただろうか。宴もたけなわではあるが、これにて新入生歓迎の魔法演武披露会は終演とさせていただく」
ふと見れば、それまで独演状態で広場の新入生たちを湧かせていたリーアムが、ひょっこりとスコットの背後の位置におさまっていた。
ドウェインも自身の立場を思い出し、慌てて新入生に向き直る。
「これから3年間、様々な苦難が君たちの前に立ちはだかるだろう。だが忘れないで欲しい。我々生徒会役員、ならびに上級生一同は、皆、君たち新入生の味方である。何かあれば、いつでも頼って貰って構わない。いつか振り返った時に良い思い出となるよう、これから我々と共に切磋琢磨し魔法を学んでいこう。それでは、改めて入学おめでとう!」
スコットがそう言って会を締めくくると、新入生たちはステージ上の彼らに拍手を捧げた。
そして次の瞬間、彼ら3人の生徒会役員たちは、激しい炎に包まれる。
あっと驚いた次の瞬間には、彼らは会が始まった時と同じように、忽然とどこかへ姿を消してしまっていたのだった。
万雷の拍手が鳴り響く中、無人となったステージ上でひとり立ち尽くしていたベリンダは、「なんだか妙なヤツらだったなー」と頬を掻いた。
「……ベリンダ」
拍手喝采がパラパラとまばらに消え始め、集会もお開きの雰囲気になったその時。
ベリンダの名を呼ぶ声が聞こえた。
何かと思って見てみれば、豪奢に波打つボリューミーなプラチナブロンドのロングヘア。
高貴なるオーラを辺りに振りまく令嬢が、階段を登ってステージ上に姿を現したのだった。
おー、ローザリヤ嬢じゃねえか。と、いつものように軽く声をかけようとしたベリンダは、すんでのところで喉を引き攣らせる。
なぜならば、目前に現れたローザリヤの様子がおかしい。
具体的に言うならば……彼女の瞳に浮かぶ、憤怒の感情。
ローザリヤは、明らかに激怒していた。
そしてその怒りの矛先は、明らかにそのラピスラズリの瞳で睨み付けているベリンダに対するものである。
「……貴女。どういうおつもりなのかしら?」
「は? ど、どうって、なんだよ?」
常とは違うローザリヤの迫力に、思わずたじろいでしまうベリンダ。
そんな彼女に対し、ローザリヤは「とぼけるんじゃありませんわ!」と金切り声をあげた。
「貴女さっき、殿下とキスしていたじゃない! 婚約者であるわたくしを差し置いて!」
は? とベリンダは思った。
いや、してねーけど? とも思った。
どうやらローザリヤは、つい先ほど、スコットがベリンダに対してキスをしようとしていた、あのことに言及しているらしい。
新入生たちは皆、リーアムのフルートの見事な演奏に注目していたものとばかり思っていたのだが……。
しかしローザリヤは、ベリンダたちの様子が気になったのか、演奏の最中も彼女たちの動向を注視していたということのようである。
確かにあの時、スコットはベリンダに対して、キスをしようとした。
だがそれは頬に向けてのものであったし、それ自体も彼女とドウェインによって未遂に終わっている。
けれど。
ああ、もしかして……と、ベリンダは思う。
ローザリヤはステージの下、広場に集まった新入生の人並みに紛れてこちらを見上げていた。
当然ベリンダたちとの間には距離があり、こちらの行動の仔細をハッキリと視認できたわけではないのだろう。
とすると、つまり。
ローザリヤは、ベリンダがスコットとキスをしたものと、誤解している……ということか?
「い、いや待て! んなわけあるか! なんでオレが、あんないけすかねー優男なんかと……!」
「誤魔化すんじゃないわよ!」
ベリンダの反論にも耳を貸さず、ローザリヤは一方的にまくし立てる。
「殿下はわたくしの婚約者ですわ……! 確かに親が決めた結婚相手に過ぎないかもしれない。けれどわたくしはあの方を心から慕っておりますの……! その気持ちは、貴女だって知っているはずですわよね!?」
「いや、その……」
キレた御令嬢の勢いは、燃え盛る炎のようであった。
ベリンダを置き去りに彼女の感情はますますヒートアップし、激しさを増していく。
感情をあらわにした彼女は、しかしそれとは対照的にすがるような弱々しい手つきで、いつも身につけている白い手袋を撫でた。
「この手袋……あの方から頂いた、とても大切なものですわ! 決して汚さぬように気を付けながら、毎日必ず身につけていますのよ! ……なのに、そんなわたくしの気持ちを踏みにじって、貴女は横からかっさらうおつもりですの!? この、裏切り者ォ!」
「裏……」
ローザリヤは、およそ令嬢らしさをかなぐり捨てた怒りの表情を浮かべている。
整然と並ぶ真っ白い歯が、ギリ……ッと厭な音を立てて軋んだ。
彼女は目尻に薄らと涙すら浮かべて、錐のように鋭い眼光でベリンダを睨み付ける。
「殿下はわたくしの婚約者ですわ! 貴女ごときには絶対に渡しません! どんな手段を使ってでも……!」
「……は」
事ここに至って、ベリンダは、自分がどこかで、致命的な間違いを犯してしまっていたのではないか、という事実に思い至る。
だが、それはどこから間違っていたのか?
どうするのが正しかったのか?
何もかもが分からないままに、彼女は悪役令嬢から放たれるビリビリとしたプレッシャーにさらされていた。
ただハッキリと分かることがひとつだけある。
どうやら、ベリンダがこの世界で無事に生き延びるためには、まだまだ乗り越えないハードルが、いくつも残されてしまっているらしいことだけは……。
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