二十四 試合開始だぜ
「模擬戦は時間無制限の一本勝負。どちらかの魔探知球が割れるか、負けを認めた場合まで続けるよ。また、魔探知球以外の部位に対する攻撃も、意図したものかどうかに問わず、当たってしまった時点で反則負けになる。危険防止のため、このステージの上から出た場合も同じく反則負けだ」
「おうよ」
「わかった」
スコットを交えてルールを一通り確認したベリンダとドウェインは、ステージ上で5メートルほどの距離を置いて向かい合う。
そこでドウェインは、首筋に手を当てながら、対峙する少女に向かって尋ねた。
「……一応試合前の礼儀として聞いておくが、嬢ちゃん。名前はなんていうんだ?」
「ベリンダ」
「家名は?」
「家名? ……ああ、名字か。えっと……」
ベリンダは脳みその隅っこの方にしまってあった記憶をほじくり返すように左上の方を見やりながら。
「……ベリンダ・ベルだったかな」
と、応えた。
自分の名前のくせに、「だったかな」もなにもないだろう。
まるで今の今まで忘れていて思い出すのにも時間がかかる、みたいな小芝居までして。
人をおちょくっているのか?
ドウェインはベリンダの態度にイライラしたものを感じながら、同時に彼女の出自についても理解していた。
ベル家といえば、貴族に対しても影響力のある、経済界の大物の家系である。
そこの令嬢ともなれば、さぞかし蝶よ花よと育てられた箱入り娘に違いあるまい。
だからこそ世間知らずな一面もあり、無謀にもこんな魔法武道に手を挙げてしまったというところか……と、ドウェインは目の前の少女について冷静に分析を行う。
少なくとも、怪我をさせでもしたらまずい相手であることは、間違いなかった。
元より怪我をさせるようなヘタを打つきも無かったが。
スコットが「始め!」と声をあげ、魔法武道の模擬戦が始まった。
ドウェインはボクシングのファイティングポーズのように拳を挙げて構えながら、頭の中で愚痴をこぼす。
……まったく、あの腹黒王太子め。
またぞろ妙なことを企ててるみたいだが、俺を巻き込まないでほしいもんだぜ。
突然組まれた魔法武道の模擬戦。
しかも対戦相手は、新入生であり、御令嬢であり、武道に心得があるようにも見えない女の子ときた。
現に試合が始まった今も、対戦相手の少女は構えをとることすらしていない。
まったく、お話にならないぜ……。と、試合開始早々考え事に耽ってしまうほどには、ドウェインの模擬戦に臨むやる気は低かった。
「そもそも、やりづれえんだよな。魔探知球を思いっきり胸に付けやがって。わざとやってんのか?」
魔探知球が貼り付けれたベリンダの胸は、年頃の少女らしく……いや、ややぽっちゃりとした体型のせいか、豊満に膨らんでいた。
ドウェインほどの実力者であれば、余計な邪念など一切抱かずに武道に向き合うことなどたやすいことである。
が、しかし武道の心得もない女の子が、胸元を男に狙われていると想像すると、やりにくさを覚えるのは致し方ないことであった。
ちなみにそのドウェインはというと、魔探知球はへその辺りに付けている。
人体の中心部であり、攻めの邪魔にならない一方で守りやすいことから、セオリーな貼り付け場所とされていた。
対戦相手である緑髪の少女は、試合開始から動くことなく、ジッとドウェインの方を見つめている。
前髪に半ば隠れた垂れ目がキラキラと光っているように見えるのは、今更のように怖じ気づき、涙ぐんででもいるのだろうか。
「……チッ。こんな茶番、いつまでも付き合ってられねえぜ。とっとと終わらしちまうか」
ドウェインはそう吐き捨てると、体内に魔力を練り上げていく。
……一方で、対峙するベリンダはといえば。
「さーて。どーすっかねー」
と、実にのんびりと構えていたのだった。
格闘技にしろ喧嘩にしろ、対人勝負の場合は先攻でガンガン仕掛けていくのが勝利への近道である……と、ベリンダは考えている。
だが今のベリンダにとって、その近付くべきである勝利に手を伸ばすための手段……つまりは、魔探知球を割るための魔法を操る術が無いのだ。
であればむやみやたらに攻め込んでも、体力の無駄である。
どころか、攻撃を仕掛けても一向に魔探知球が割れないことから、最愛ベリンダが魔法を使えないことまでバレてしまいかねない。
ベリンダとしての学園生活を進めたい彼女にとって、そのような事態は避ける必要があるのだ。
「つっても、このベリンダっつー女は、元々魔法が使えたわけなんだろ? だったら、今のオレでも使おうと思えば、仕えるんじゃねーのか?」
ベリンダはそう思って、試しに「火よ出ろっ」と念じながら右手を振ってみた。
火は出なかった。
「チッ。そう、うまくはいかねーか」
見てみれば、対戦相手であるドウェイン……生徒会所属で、先ほども見事な魔法演武を披露したばかりの紛う事なき本物の魔法使いである彼が、今にもこちらに仕掛けてこようと右足をジリジリと踏み出しているのが分かった。
勝つための道筋は未だ拓けていない。
あのドウェインとかいう男が仕掛けてくる魔法が、どんなものかも分からない。
それでも。
ああ、それでも……。
「ダメだ……! 我慢しても、心が滾っちまうぜ……!」
ベリンダは、ひどく興奮していた。
彼女の前世は不良少女である。
当然のように先輩であったり他校の不良たち、あるいは教師と喧嘩をし、果ては警察相手に大立ち回りをすることだってあった。
大の大人の男相手であろうと、彼女は一歩も退かない。
拳と拳を叩きつけながら、魂同士で語り合う本気の喧嘩は、彼女の心を大いに興奮させるものだった。
ベリンダは決して喧嘩や暴力を理不尽に振るうような少女ではない。
確かに不良少女ではあったが、自分から誰かに喧嘩を売るようなことは決してしなかった。
周りから絡まれた時に火の粉を払っている内に“北高の荒ぶる銀狼”と呼ばれるようになり……そしていつの間にか、辺り一帯で知られる喧嘩最強の女番長になっていただけである。
だが、自分から理不尽な暴力を振るわないとはいえ、彼女自身、誰かとの本気の喧嘩は好きだった。
もちろん自分から誰彼構わず殴りかかるのはよくないという分別はついていたため、基本的にはゲームセンターの格闘ゲームなどでそういった戦いへの憧憬の気持ちは発散していたのだけれど。
しかしここに来てベリンダは、ついに知ってしまったのだ。
まるで格闘ゲームのように派手な動きと効果を辺りに撒き散らしながら、所狭しと戦う魔法演武を。
そしてその煌びやかな魔法を用いて迫ってくる相手と、試合で戦うことができるという興奮を。
ベリンダのその瞳は、今もキラキラと輝いている。
距離の離れたドウェインに、泣いていると勘違いさせてしまうほどに。
だが実際にその瞳を輝かせていたものは……自分がまるで格闘ゲームの世界に飛び込んでいるかのようなこのシチュエーションに対する、猛烈な高揚感だった。
「いいぜ……! 魔法が使えねえくれーが、なんだってんだ! オレは“北高の荒ぶる銀狼”だぞ! そんくらい、ハンデにもなりゃしねえぜ!」
ベリンダが笑みを抑えきれずに口元から鋭い犬歯を覗かせた次の瞬間、ついにドウェインが動いた。
ドウェインはベリンダの方へと駆け寄りながら、グッと右の拳を握り込む。
「弩ラァァ!!」
ドウェインは雄叫びを上げながら、ベリンダの方へと向かって右の拳を突き出した。
離れて対峙していた彼我の距離は、未だたっぷり2メートル以上も残っている。
当然、ドウェインの右の拳がベリンダに届くはずもない……が。
轟ッ!! と。
ドウェインの突きだした右腕の先から、燃え盛る業火がベリンダ目がけて伸びてきたのであった。
「キャアアアアア!!」
「ベリンダ様ぁ!!」
か弱い少女に向かって勢いよく襲いかかる炎に、新入生たちが悲鳴を上げる。
その声を聞きながら、ドウェインは内心で舌打ちを放った。
クッソ! これじゃあまるで、俺が弱い者イジメしてるみてえじゃねえか!
王太子殿下の気まぐれに巻き込まれたあの女の子にも悪いし、こんな茶番、とっとと終わらしてやらぁ!
噴き出した炎の勢いは、駆けていく速度や拳を突き出す速度よりも、よほど素早くベリンダの胸元まで届いていく。
この炎は正確に魔探知球のみを燃やし尽くし、彼女自身に火傷を負わせることはない。
そのくらいに炎の勢いを操作する腕と自信が、熟練であるドウェインにはあった。
間近にまで炎が迫るので熱さは感じるだろうが、そのくらいは軽率に手を挙げたことへの勉強代だと思って、勘弁して貰うしかないだろう。
「貰ったァ!」
相手に、まだ距離があると思わせている内からの速攻だ。
向こうもこちらに迫るべく前のめりになっているところで、この攻撃は避けられまい。
ドウェインはそう確信しながら、今まさに炎に包まれようとしているベリンダを見て。
「何!?」
彼の確信は、たった一瞬にして打ち砕かれた。
必中と思われた業火が届くよりも一瞬早く、ベリンダはさっと身を翻して攻撃を避けたのである。
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