二十三 魔法が使えなくたってよ!
「魔法武道ってなあ、どういうルールなんだ? 地面に刺した2本のナイフの前に互いの右足が来るように立って、そのナイフを死の境界線として越えないように殴り合うナイフエッジデスマッチとかか?」
「なんだい、その野蛮なルールは。ナイフを刺す意味あるかい?」
スコットはフフッと楽しげに笑うと、ステージ下に声をかけた。
「リーアム。礼のものを」
「かしこまりました」
少女のような可憐な声で返事をし、魔法演武の間ずっとフルートの演奏をしていたリーアムが、ステージ上に上がってくる。
マスタード色の髪をふわふわと揺らしている彼が手に携えていたのは、先ほどまで持っていた銀製のフルートではなかった。
彼が恭しく手の上に載せてきたものは、2つのボールのようなものである。
「なんだそりゃ?」
と、ベリンダは首を傾げて疑問の声を漏らした。
ステージに上がってきたリーアムから2つのボールを受け取ったスコットは、「これは、魔法武道に使う道具だよ」とベリンダに言う。
「なんだ? ドッジボールでもするつもりか?」
「ドッジボール?」
「線の引かれたコートの中で逃げ回る相手に、ボールを投げてぶつけたら勝ち」
「キミは野蛮なルールのゲームをたくさん知っているね」
スコットが手に持っているボールは、野球ボールくらいの大きさだろうか。ドッジボールをするには少し小さい。
一見して材質が分かりにくいが、スコットの指が表面に食い込んでいる様子から、ゴムボールくらいのやわらかさらしいことが窺える。
そして不思議なことに、その表面には、水に浮かぶ油のようなカラフルな色合いが、うねうねとした波打ちつつ浮かび上がっていた。
馴染みのない謎のボールをしげしげと見やるベリンダに、微笑を浮かべたスコットが説明をする。
「これは魔探知球といって、魔法武道に用いる道具だね。基本的にはゴムボールのようなものだと思って貰って構わない」
「ふうん。そいつをどうやって使うんだ?」
「魔探知球は、普通に叩いたりぶつけたりする分には、ゴムのように伸びて割れることはない」
「ふむふむ」
「しかしコイツは、ひとたび魔力を探知すると、ひとりでに割れてしまうという性質を持っているんだ」
「ふむふむ……ん?」
「そこでだ。対戦者同士は、互いにこれを自らの体につける。つける場所は、外から見える場所であれば自由だ。そしてお互いにその魔探知球を目がけて、魔法での攻撃を行う」
「…………」
「どちらかの魔探知球が割れたら、その魔法が相手に当たったものとして勝負あり、というわけだ」
「…………」
「何か、質問は?」
「お、おう。……それって、魔法を使わないで、普通に殴ったりした場合は、どうなるんだ?」
「さっきも言ったように、ゴムのように伸びるだけさ。しかもコイツは魔法武道専用に改良された魔道具でね、魔力を帯びていない場合、たとえナイフで切りつけても割れることはないんだ」
「そ、そうなのか……」
「他に質問は?」
「……ま、魔法ってどうやって使うのかってえのは……」
「ハハハ。おもしろい冗談だね。この学園に入学できている時点で、魔力を練り上げる試験はキミもクリアできているはずだよ」
「そ、そうだったな。もちろんおもしろい冗談に決まってるだろ。ハッハッハ」
……やっっべえかも。
オレ、魔法なんざ一切使えねえぞ……!?
と、ここに来てベリンダは、自身が魔法武道の模擬戦に飛び込んだことに若干の後悔を覚えていた。
そもそもよく考えてみれば、“魔法”とついているのだ。
となれば、いくら武道と名がついているといえども、大なり小なり魔法の要素が関わってくるのは明白である。
だというのにこのベリンダ、魔法については一切の知識が無いのだ。
授業はまだ座学のみで、魔法を実際に操った経験も無い。
なんなら魔法自体、目の辺りにしたのも先ほどの魔法演武が初めてなのだ。
どうする?
今からでも、「やっぱり怖くなっちゃいました~ん。てへ☆」なんて言って、棄権するか?
“北高の荒ぶる銀狼”たる不良少女であれば、そんなこと口が裂けても言えるわけがない。
けれど今のベリンダは、どこに出しても恥ずかしくない箱入り娘だ。
むしろ、そう言って荒事から逃げる方が、今のベリンダにふさわしいとすら言える。
今なら、まだ引き返せる……が。
ベリンダはステージの下につと視線を向け、そこにいる知人たちの顔を見やった。
キラキラと瞳を輝かせる、アリソン。
取り巻きの暴走にハラハラした表情を浮かべるローザリヤに、口元を両手で押さえて顔を青ざめさせたエレン。
そして、固唾を飲んでこちらを見守る……ヤンス。
インコの瞳に、危機感と焦燥感に混じって、それでもベリンダなら何かをやってくれるんじゃないかという期待感が輝いていたのを見て取った。
「へっ。上等だぜ」
ベリンダは退かない。
たとえ見た目が可憐な箱入り娘であっても。悪役令嬢の取り巻きBに過ぎなくとも。
それでも彼女の魂が彼女である以上、たったこれしきのことで退けるわけがない。
「おい、そのボール寄越せよ」
ベリンダはそう言うと、スコットの手から乱暴に魔探知球を引ったくった。
見ればボールの裏は粘着式になっているようで、押しつけるだけでくっつくようになっているらしい。
彼女は奪い取ったそれを自らの心臓……左胸に勢いよく叩きつけてみせた。
「仏恥義っていくぜ! 新入生だからって舐めてやがると、痛い目見ることになんぞ!」
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