二十五 勝負ありだ!
「くそっ!? なんちゅう素早い身のこなしだ! 鍛えてるとも思えねえ女のくせしやがって!」
ベリンダは炎が迫るよりも一瞬早く左にステップを踏み、ドウェインからの攻撃をあっさりと躱してみせた。
彼が直前の魔法演武で炎の魔法を駆使していたことから、ベリンダが遠距離からの攻撃を警戒していたためである。
ずぶの素人相手ならば一撃で屠る自信があっただけに、ドウェインは不機嫌そうに唇を舐めた。
「なるほど、まったく腕に覚えがねえってワケでもないわけか! そんなら、コイツでどうだ!?」
ドウェインは左右の手を振りかざし、次々に炎球を放っていった。
ひとつ当たりの炎球の大きさは野球ボール程度のものでしかないが、それらが左右それぞれからいくつも飛んでくるのである。
操作すべき対象が増える分、ドウェインの負担も増すが、これならばあの少女もさすがに怯むはずだ。
そう、あの少女が、本当にただの少女であったのならば。
「……なにぃいい!?」
ドウェインの喉奥から悲鳴が漏れる。
それほどまでに、目の前の光景は彼の理解の範疇から外れていた。
ベリンダは丁寧に整えられたお下げ髪を振り乱しながら、なりふり構わず身を捻って炎球を回避していく。
一つ目の炎球は上体を軽く左後方に逸らすかたちで回避した。
続けて迫り来る右方向の炎球は、上体を逸らしたまま後ろ足で跳ね、飛び越えていく。
さらに迫る第三、第四の炎球を「オラァ!」「だりゃああ!!」と、およそ御令嬢とは思えない雄々しき咆哮をあげながら身を捻り、飛び跳ね、すんでのところで躱していった。
整った身なりが乱れていくのにも厭わず暴れ回る姿は、しかしながらどこか見る者の目を惹きつける迫力に満ちている。
まるで、戦場で舞い踊る戦乙女のような……。
「くっ……そんなら、こいつはどうだよ……!?」
理解しがたい光景に焦りを感じたドウェインは、今までよりもさらに一回り以上大きな炎球を繰り出した。
ステップや身の捻り程度で躱すことなど、到底不可能なサイズである。
しかし。
彼女のローファーの靴底が、ガツンと重たくステージを叩いた。
そしてベリンダの体が、スカートをはためかせながらふわりと浮かび上がる。
まるで高跳び選手を彷彿とさせるような見事な跳躍で、彼女は炎球を避けてみせたのだった。
「…………!」
唖然とするドウェインの目前で、ベリンダは「よっ、と」と軽く声を漏らしながら着地する。
暴れ回ったことで乱れた制服をパタパタと叩く彼女を見やりながら、ドウェインは「なるほどな……」と呟いた。
「やってくれやがる。あの女、肉体強化魔法の使い手ってわけか!」
魔法、と一口に言っても、その効果は様々だ。
ドウェインが炎を操る魔法を得意としているように。
スコットが魔法演武で水を操ってみせたように。
その他にも風魔法や土魔法、光魔法などといった大まかな分類があり、それらは魔法の行使者の適正によって得手不得手などがあるのが普通であった。
そんな中でドウェインは、目の前をひらりひらりと舞うように火の手から逃げ回るベリンダを、“肉体強化魔法”の使い手の使い手であると確信する。
肉体強化魔法とは、そのものズバリ魔法の使用者自身の肉体の能力を強化するというものだ。
ベリンダのあの凄まじい軽い身のこなし。
箱入り娘の見た目からは想像することもできないような、荒々しい踏み込み。
それらは全て彼女の魔法によって強化されたものだったのだとすれば、合点がいく。
襲い来る火の手を、いずれも間一髪のところで躱しているところからも、魔力を無駄に消費しないように計算していることが伝わってきた。
とすると彼女は、ずぶの素人と判断したことは間違いだったことになる。
あのベリンダ・ベルという少女は……ドウェインたち生徒会役員同様の、優れた魔力を極めて精密に操作することのできる強者だったというわけだ。
「ハハハ! 腹黒殿下がやけにこだわるわけだぜ! だが、新入生ごときに後れを取るわけにゃあいかねえな!」
どうやら遊び半分で攻めてどうにかなるような相手ではなかったようだ、とドウェインはふんどしを締め直す。
「おい嬢ちゃん! どうやら思った以上に魔法の扱いには長けているようだな!」
ドウェインはそう言って、思いがけずにおもしろい試合になってきた高揚感から、ワハハと高らかに笑ってみせた。
対するベリンダはというと、「魔法? んなもん使ってねーぞ」と、訝しげに呟いただけであったが。
無論、魔法に関してベリンダがずぶの素人であるということは間違いない。
ドウェインが肉体強化魔法であると読んだ彼女のこれまでのキレのある動きは、すべて彼女自身の魂に備わっていた天性の勝負勘のようなものに由来するものであった。
ベリンダがまだ現代日本で不良少女だった頃、“北高の荒ぶる銀狼”とまで呼ばれた彼女は、徒手空拳での喧嘩、ステゴロタイマンであれば無敗を誇るほどの女番長として君臨していたのである。
実戦の喧嘩は、お互い一切の配慮が介在しない世界だ。
隙があれば容赦なく突かれる。
怪我を負わせようがどうなろうが知ったこっちゃない、という悪意の塊みたいなものが渾身の力を込めて降りかかるのだ。
実戦の中でベリンダは、自然と相手の体の動きや気配から次の攻撃を察知し、先んじて動けるような鋭い勘を磨き上げたのである。
それこそが彼女の、本物の魔法使いですら魔法と見紛うほどの大立ち回りの正体なのであった。
「へへへ……! さすがにメラメラ燃えてる炎相手ってのは、初めてだけどな! クゥーッ! マジでバトル漫画みてーだ! 熱っついぜ!」
ベリンダが笑顔を浮かべてドウェインを見やると、彼もまた獰猛な笑顔を返した。
「嬢ちゃん……魔力を温存してるだけあって、まだ余裕はありそうだな。だが、逃げ回ってばっかりじゃあ魔法武道は勝てねえぜ!」
その彼の言葉に、ベリンダは確かにと頷く。
この魔法武道で勝利を収めるためには、彼のへその前で揺れる魔探知球を割るほか無い。
さて、どうしたもんか……とベリンダは考え込むのだが、そんな隙を与えるものかとばかりにドウェインは再び火柱を横に噴き放った。
「ハッハァ! こうなりゃお互いの魔力のどっちが先に尽きるか、とことんやり合おうじゃねえか!」
そう言うドウェインの炎魔法だったが、実はこれは考えがあってのことだった。
彼女の得意としている魔法は肉体強化魔法であることに間違いないだろう。
となれば、向こうからの遠距離攻撃は考えにくい。
肉体強化を生かした接近戦を狙ってくるものとすれば、このように火で牽制してしまえば向こうから近付いてくることはないだろうという読みである。
しかし彼の目論見は、またしてもベリンダの破天荒に強引にこじ開けられる。
目の前に放射された火炎に対し、ベリンダは。
むしろ自ら突っ込んでいくように、足を踏み出していったのだ。
またたく間にベリンダの小柄な肉体が炎にまとわりつかれ、彼女の目元にまで伸びる前髪が熱気でぶわりと揺れ動く。
「なっ……!?」
面食らったドウェインは、慌てて自らの魔法を解除した。
解除、させられたのだ。と、ドウェインは次の瞬間、気がつく。
魔法武道は、勝負である以前に、そもそもが魔法の技術を競い合う武道だ。
事前にルールの確認のあったとおり、魔探知球以外の部位に対する攻撃は、意図したものかどうかに問わず、当たってしまった時点で反則負けになる。
牽制のつもりで放った火柱だったため、必要以上に大きな炎だったのも災いした。
これでは彼女の胸元の魔探知球だけを狙って燃やすのは、不可能。
そのため彼は、ルールに則り……いや、それ以前の問題として、目の前の女の子を火傷から守るために、魔法を解除せざるを得なかったのだ。
「まさか……! そんな捨て身なやり方で、俺の魔法を突破してくるだと……!?」
炎が消え去り、蜃気楼で空間の歪んで見える景色の中、ベリンダがドウェインへと向かって一直線に駆けていく。
「炎魔法を再構築? いや、間に合わない! アイツ、足が早すぎる! あの御令嬢、さては魔法で脚力を強化してやがるな!?」
そんなことはまったくしていないベリンダ。
単に不良少女だった頃の名残から、足の踏み込みが鋭すぎるせいだ。
為す術もなく立ち尽くすドウェインの目前に、ついにベリンダが到達する。
「だが、ただでやらせはしねえ! 近接戦闘と分かっているならば、対応の仕方はいくらでもあらあ!」
ドウェインはベリンダの左右の手のひらをつぶさに観察した。
目前に迫った彼女の目的は、ドウェインの腹部の魔探知球を直接叩くつもりだからだろう。
そうと狙いが分かっていれば、こちらの対応も簡単だ。
彼女の左右どちらかの拳が迫った時、その隙を突いて逆に彼女の魔探知球を狙う。
速度は炎の方が圧倒的に上だし、回避してくるにせよそのまま踏み込んで攻撃してくるにせよ、ドウェインが負けることはない!
「さあどっちだ!? どっちの拳で攻撃してくる!?」
ドウェインは目を見開き、ベリンダを睨み付けた。
彼女の両の拳は胸の前で握り締められたままだ。
彼女の拳の動きをほんのわずかに見逃すまいと集中していたドウェインは、
ベリンダのスカートに包まれた脚が、自らの腹部を狙っていることに気づけなかった。
「……は!?」
ベリンダが狙った攻撃は、左右の拳、どちらでもなかった。
彼女はドウェインの目前で左脚を軸にしながら、右脚を高く突き上げてきたのである。
必殺の回し蹴りが、ドウェインの腹部に揺れる魔探知球に迫った。
……やられる!!
回避も間に合わず、魔法で防ぐ術も無い。
ドウェインは目を瞑り、自らの魔探知球が弾け割れる音が響くことを覚悟した。
が、その音が広場に鳴り響くことはなかった。
「……?」
恐る恐るドウェインが目を開くと、そこには驚きの光景が広がっていた。
「……!? な、何やってんだお前!?」
ドウェインの魔探知球に回し蹴りを仕掛けたベリンダは。
なんとその回し蹴りを、魔探知球にぶつかるほんのわずか手前で制止していたのであった。
ローファーの底から土埃をパラパラと落としつつ、魔探知球の手前で寸止めされたベリンダの回し蹴り。
息を飲むドウェインの前で、彼女の足は「よっ、……と」という軽いかけ声と共に離れていった。
「お、お前。どういうつもりだ?」
「どういうつもりって? 何がだよ」
「なぜ魔探知球を割らなかった。必中の攻撃だったはずだろう。まさか敵に情けをかけたつもりか?」
ドウェインが怒気を孕んだ口調で問いかけると、ベリンダは「ハハッ」と軽く笑い飛ばした。
「まさか。んな生ぬるいこと、すると思うかよ。このオレが」
「ならば、なぜ」
「なもん、決まってんだろ」
ベリンダはそう言うと、ニカッと口元に笑みを浮かべた。
鋭い犬歯がキラリと陽光を反射して、ドウェインが微かに目を眇めた時。
「せっかくこんなに楽しいことやってんだ。だったら、こんな簡単に終わらせねーで、もっともっと楽しみたいだろうがよ!」
そう言って嬉しそうに目を細める彼女を見た瞬間。
ドウェインの心の奥底から、言葉に言い表しがたい激情が噴き上がってくるのを感じた。
「……は、はは。なんだあ、そりゃあ?」
「当ったり前だろ。炎を自由自在に操る敵とバトれんだぞ? こんな機会、そうそうねーんだ。あっけなく終わらしたら、つまんねーだろーがよっ!」
……ベリンダの言葉は、半分は正しいが、もう半分は嘘であった。
彼女自身が勝負をもっと楽しみたいという気持ちがあるのは、事実である。
だが大前提として彼女は、魔法が使えず、ドウェインに対する勝利条件を満たすことが不可能なのだ。
だからこそ彼女は、魔法が使えないことがバレないようにするために、攻撃を直撃手前で寸止めするほか無かったのである。
勢いの乗った回し蹴りをビタ止めしてしまう辺り、彼女の魂に備わった天性の運動神経のほどが窺えるところではあったのだが。
ひらりとスカートを翻しながら、ベリンダはドウェインに向かって、並べた四本の指をくいくいっと動かしてみせる。
いいからかかってこいよと言わんばかりの態度に、彼女が未だやる気十分なことをドウェインは理解した。
彼女は自分を見くびっているわけでも、情けをかけたわけでもない。
ただ、純粋にこの勝負が楽しくて。
それで、その勝負の時間をもっと楽しみ尽くしたいからと、わざと攻撃を止めたのだ。
そう彼女の意図を汲み取ったドウェインは、「ハハハハハハ!」と高らかに笑い声をあげる。
目を丸くして呆気にとられるベリンダの前で、ドウェインは両手を挙げてさらりと言った。
「負けたよ。降参だ」
「……は?」
「聞こえなかったか? 降参だよ。お前みたいな滅茶苦茶なヤツ相手じゃ、何度やっても勝てそうになさそうだからな」
「…………おう?」
模擬戦は時間無制限の一本勝負。どちらかの魔探知球が割れるか、負けを認めた場合まで続く。
そして、たった今ドウェインは、自らの負けを認めた。
と、いうことはだ。
「あれ。オレ、勝ってねーか?」
ベリンダが遅まきながら状況を把握した次の瞬間。
それまで固唾を飲んで戦況を見守っていた新入生たちが、一斉にワッと歓声を上げ、広場全体を拍手が包みこんだのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!!
執筆に励みになりますので、ブックマークの登録、評価など、ぜひぜひよろしくお願いいたします!!




