二十一 ヤンスどーかしたか?
スコットの演説を聴きながら、ローザリヤの肩にとまっていたヤンスは「きたっすね……」と小さく頭の中で呟いた。
魔法演武披露会は、ゲーム中の最序盤で発生するイベントである。
アリソンとローザリヤが新入生として参加し、攻略対象であるスコットたちが演武を披露する流れは、ゲームと同じだった。
そしてこの魔法演武披露会、ただ演武を観て、はいおしまい……というわけでは、もちろん無い。
演武が終わったところで、こうしてスコットが演説を始めたところから、本格的にこのイベントの核となる部分が動き出すのだ。
「キュルルゥ……キュウウ……!」
「こら、静かになさいな。殿下の御前ですわ」
「クルルァ……」
ゲームの中で見た光景が、そっくり目の前で再現されていることに、ヤンスは興奮したように鳴き声を漏らす。
すぐにローザリヤにたしなめられてしまったが。
ゲームにおいて、魔法演武披露会のイベントの流れはこうである。
演武を終えたスコットは、新入生たちに向けて、「我々生徒会に魔法武道の模擬戦で挑戦する者はいないか?」と尋ねてくる。
当然、まだ入学したての新入生たちから手が挙がるはずもない。
そこでスコットは、自らの独断で、ひとりの挑戦者を指名するのだ。
その時に彼が告げる名前こそが、アリソン・アーチボルト。『アイマホ』の主人公、その人だ。
確かにアリソンは、新入生首席。魔法に関しては優秀な素養を持っていると言っていいだろう。
しかしながら庶民である彼女は、自らの内に秘めた魔力をうまく操ることができないのだ。
その上、魔法学校にもまだ入学したばかり、ともなれば尚更である。
その程度のことは、生徒会役員として、生徒に関する資料にも目を通しているだろうスコットも承知しているはずだ。
なのになぜ彼は、アリソンを指名するのか?
その理由はイベントシーン中では明かされず、彼を謎めいた攻略対象たらしめるのであるが……その真相は、アリソンが大事にしている、例のあのロケットペンダントにある。
アリソンが大事にしているロケットペンダントは、今は亡き祖父から貰ったものだ。
中を開くと、そこには幼きアリソンと祖父による、古びた家族写真がおさめられている。
実はアリソンの祖父というのは、かつて王宮に仕えていた伝説的な魔術師なのであった。
この事実は孫娘であるアリソンにも、知らされていない。
王宮に仕えていたアリソンの祖父は、禁術として秘匿されている黒魔法の研究すら国から特例によって許可されていた、数少ない優秀な研究者であった。
しかし国から求められる魔法の軍事利用に嫌気がさし、孫娘が生まれたことをきっかけにして王宮から離れたのである。
さすがは伝説的な魔術師だっただけのことはあり、姿をくらまして以降は王国側は彼の足取りを掴めないままに十数年の時が流れた。
そして……、と。
その先の展開を思い出し、ヤンスはフムン……と小さく唸ってスコットを見やった。
そしてスコットはアリソンのロケットペンダントを見たことにより、彼女が伝説の魔術師・アーリントン・アーチボルトの孫娘であると知る。
王宮内で語り継がれる伝説的な魔術師、アーリントン・アーチボルト。
その血を引く孫娘ともなれば、庶民であろうが魔法の勉強をしたことがなかろうが、問答無用で新入生首席になるほどの魔力的素養を持っていて然るべきだろう。
図らずもそのことを知ってしまったスコットは、この魔法演武披露会の場を利用した計画を思いつくのだ。
それは、優れた魔法能力を持つ生徒会役員とアリソンを魔法武道で争わせる、というものである。
すでに新入生首席となるほどの素養を備えたアリソンであるが、あの伝説的魔術師の孫娘とあれば、未だ開花していない秘めた魔力が十二分に隠されているはずだ。
魔力は魔力に呼応するように、その能力を増幅させるという特性がある。
そこで生徒会役員という優れた魔力をアリソンに浴びせることで、半ば強引に彼女の秘められた魔力を覚醒させてしまおう……というのが、スコットの立てた計画であった。
……そうして訳も分からないまま魔法武道の試合に引っ張り込まれたアリソンが、戦闘中に本当に大いなる魔力に覚醒することで……スコットから興味を持たれ、彼のルートが本格的に始動するっていう流れなんすよねえ。
スコットは王太子という立場をより強固なものとするため、なりふり構わず強力な魔力を扱える魔術師を欲している。
その流れで、アリソンに強引に迫るようになるんすけど、彼女との交流の中で徐々にアリソン本人の人柄に惹かれていき、やがて魔力とは関係ないところでも彼女に好意を抱いていることに気がついて……ああっ、やっぱ冷徹で目的のみを見据えた心が雪解けしていくスコットルートって、めっちゃ尊いっすぅ……。
と、そこまで考えて、ヤンスははたと気がつく。
「……何かが、おかしくないっすか?」
思わずポツリと呟いた声は、幸いにして辺りのざわめきに飲まれて、ローザリヤには届かなかったようである。
何か、何かがおかしい。
ゲームとこの世界の間で、どこかが致命的なまでにズレている。
そんな、根本的な部分でのバグを見つけてしまったかのような焦燥感に包まれながら、ヤンスは必死に頭を回転させていった。
なんっすか?
ウチは何にそんなに引っかかるっていうんすか?
一体何が……、と考えて、ヤンスはすぐに思い当たった。
この世界において、今ヤンスの思い返していた、スコットルートは成立し得ない。
なぜならば、この世界のスコットは、アリソンのロケットペンダントを見ていないからだ。
「ウゲッ」
ヤンスは喉を絞められたみたいな声を、思わず漏らしてしまった。
今度はローザリヤも気付いたようで、訝しげな視線を向けてきたが……構ってなどいられない。
ゲームのシナリオと、この世界の致命的なズレ。
それは、ヤンスとベリンダが転生してきて、すぐに生じていたのだ。
問題となるアリソンのロケットペンダントは、悪役令嬢であるローザリヤによって池に投げ捨てられてしまう。
そして、そこから先が問題であった。
この世界では、姉御……ベリンダが自らの正義に則って、池に飛び込み、ロケットペンダントを拾い上げた。
ところが本来のゲームでは、その役目は攻略対象のスコットが行うのである。
制服が汚れるのも厭わず、主人公アリソンのためにロケットペンダントを拾う。
そしてその時に、そのロケットにおさめられた写真を見ることで、彼は初めてアリソンに興味を抱くのだ。
だとするならば、その展開がベリンダによって邪魔されてしまっている今……攻略対象のスコットは、アリソンに一切の興味を抱いていないということになる!
スコットがアリソンに興味を抱いていないということは、ふたりの仲が進展しないことを示している。
事実としてスコットは、あの時点で悪役令嬢ローザリヤに婚約破棄を言い渡すはずが、それすらも行われず、未だスコットの婚約相手はローザリヤのままだ。
アリソンと攻略対象の仲が進展していないということは、ローザリヤが嫉妬に狂い闇堕ちするというルートにもまた入っていないということになる。
となれば当然、彼女が処刑され、取り巻きたちがその巻き添えを喰らうという展開にもまたならないということだ。
……これはもしかして、図らずも姉御たちにとって都合の良い展開になっているってことじゃないっすか?
と、一瞬期待しかけるヤンスであったが、すぐにそれもまた否であると気がつく。
スコットはアリソンに興味を抱いていない。
彼女が伝説的魔術師、アーリントンの孫娘であるということも知らない。
ならば、彼がこうして魔法演武披露会の後、わざわざ魔法武道の模擬戦を開く理由が、そもそも無いということではないのか?
だとしたら、スコットは、一体なぜ……!?
ぼたり、と大粒の汗が、ヤンスのカラフルな羽の表面から溢れ落ちた。
ものすごく、嫌な予感が、ヤンスを襲っていた。
しかし単なるインコに過ぎない彼女が止められる状況では、もうすでに無くなっている。
ステージ上のスコットは、不敵な笑みを浮かべた。
これまで何度も何度もゲーム画面で眺めては、蕩けるような心地に浸っていたその笑みに……今、初めてギロチンの刃を首筋に当てられたような怖気を覚えた。
「さあ、どうだろうか? どなたかいらっしゃいませんか? 新入生の方の中で、魔法武道で生徒会に挑戦してみたいという方は?」
再度、スコットが問いかける。
新入生たちは、本来対象となるはずであったアリソンも含め、誰もが周りと目を見合わせるばかりだ。
いや。
たった、ひとりだけいた。
この、降って湧いたような模擬戦の誘いに対し、嬉々として飛び込んでいく輩が、たったひとりだけ……!
すっ、と。
新入生の人並みの間から、一本の手が伸びた。
自信満々に、高らかに、手を挙げているひとりの少女。
嗚呼、とベリンダは天を見上げた。
あんた……一体どうするつもりなんすか、姉御ぉ!
「おう! オレに挑戦させろや!」
そう声高に主張したのは、悪役令嬢の取り巻きB……ベリンダなのだった。
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