十七 お前らそんなに楽しみにしてたわけ?
「ちょうどオレも、お前と一緒に行きてーなと思ってたところだったからな!」
「えっ、それって……」
ベリンダの言葉を聞き、アリソンはポッと頬を赤らめた。
ベリンダの意図としては、「どうせアリソンがイベントに参加するなら、一緒に行った方が効率がいいよな!」という程度の発言でしかない。
しかしそんなことを知るよしも無いアリソンは、純粋に自分と一緒に放課後を過ごすことを望んでくれたものだと思い込んでしまう。
アリソンは照れた様子で頬に手を添えながら、笑顔でベリンダに向かって言った。
「もうっ、ベリンダ様ったらぁ。で、でもベリンダ様さえよろしければ、今日だけでなく明日も明後日もご一緒したいですっ!」
「? 魔法演武披露会ってそんな毎日やってんのか?」
やってない。
とにもかくにも、これでひとまずはゲームのシナリオ通りである。
後は、実際にイベントで起こる事態に対処していくだけだ。
そう覚悟を固めたベリンダは、口元に笑みを浮かべながら教室の扉を見やる。
「おし。んじゃあ、さっそく向かうとするか」
「はいっ! ベリンダ様っ!」
「ちょっとお待ちなさいな貴女たち!」
突如横から飛び込んできた声に、ベリンダは「あん?」と振り返る。
すると、床をカツンと踏みならしスカートを翻す、ひとりの令嬢の姿が目に飛び込んできた。
「このわたくしを置き去りにするなんて、一体どういうつもりですの? ベリンダ!」
「なんだ、ローザリヤ嬢か」
「様をつけなさい! 様を!」
そう言ってキンキン耳に響く甲高い声で喚き立てるのは、悪役令嬢ローザリヤである。
ラピスラズリ色の瞳を不機嫌そうに歪めた彼女は、フンと鼻を鳴らしながら、長く伸びた髪をかき上げた。
「ベリンダ。今日の放課後は、魔法演武披露会にわたくしのお供としてついてくるようにと伝えておいたはずですわよ。このわたくしの言いつけを、まさか忘れたとは言いませんわよねえ?」
「そうだったのか? 忘れてたわ」
「少しは悪びれたらどうなんですの!」
「つーかそれ、本当にオレに言ったのか? 聞いた覚えがねーぞ?」
「このわたくしの言葉を、欠片も覚えてないと抜かしますの!?」
ローザリヤは背後を振り返ると、そこに控えていた取り巻きのエレンに尋ねる。
「エレン! わたくし、言いましたわよね!? え、言ってませんでしたっけ!?」
「はい。昨日のお茶会が始まったくらいのタイミングで、仰ってました」
「よかった! 言ってましたわ! ほら見なさいなベリンダ! ずっと一緒にいたエレンがそう言うのだから、貴女も聞いていたはずですわよ!」
昨日のお茶会が始まったくらいのタイミングねえ……。
と、そう考えてベリンダは納得したようだった。
元不良少女の意識がベリンダとしてこの世界に転生してきたのは、お茶会の終盤のことである。
ローザリヤが今日の放課後を空けておくようにとベリンダたちに言いつけた時には、そこにはまだ不良少女になる前のご令嬢がいたはずなのだ。
「さあさ! 分かったらさっさとわたくしについてきなさいましよ!」
ローザリヤはそう言うと、白い手袋に包まれた右手をベリンダの方へと伸ばした。
しかしその腕はベリンダに届くよりも前に、横から割って入ったアリソンによって掴まれてしまう。
「……離してくださらない? この手袋は、大切なものなんですの。庶民ごときの薄汚れた手で、触れて欲しくありませんわ」
「申し訳ありません、ローザリヤさん」
「様をつけなさい! 様を! 何度も言わせないで!」
ローザリヤは苛立たしげにアリソンの手を振り払うと、大切だというその白い手袋を慈しむように撫でた。
「アリソンさん? どういうおつもりかしら? 庶民のくせに、高貴なるわたくしに無遠慮に触れるだなんて」
「大変失礼いたしました。ですが、見過ごすわけにはいきませんでしたので」
「見過ごす? 一体何をですの?」
「ベリンダ様は、あたしと一緒に魔法演武披露会に行くと言ってくれたんです。なのにそれを、横取りしないでもらいたいですっ」
「なんですって? 今、言ったでしょう! 約束したのはわたくしの方が早かったのよ!」
「早さとか、関係ないです! 大事なのは、今のベリンダ様の気持ちじゃないんですか!?」
「庶民が知った口を聞くんじゃないわよ!」
「お、おいおい……どーしたんだお前ら?」
口論をヒートアップさせていくふたりに対し、ベリンダはおずおずと声をかけた。
するとふたりは、まったく同じタイミングでくるりと振り返ると。
「ベリンダ様は、あたしとローザリヤさん、どっちと魔法演武披露会に行きたいですか!?」
「えっ?」
「様をつけなさい、様を! ベリンダ、この勘違い庶民に現実というものを突き付けてやりなさいな! 貴女はわたくしと一緒に魔法演武披露会に行くのよね!?」
「えっ? えっ?」
「勝手に決め付けないでください! 決めるのはベリンダ様です! そうですよね!? あたしと一緒がいいですよねベリンダ様!?」
「貴女も勝手に決め付けてるじゃないの! さあベリンダ! 早くこのわたくしを選ぶのよ!」
「あたしですよね!?」
「わたくしですわよね!?」
「え。あー。え?」
左右から同時に圧をかけられたベリンダは、困った様子でふたりの少女の顔を見やった後。
頬をポリポリと掻きながら、「よくわかんねーけどよー」とぼそり呟いて。
「……ふたりとも魔法演武披露会に行きてーんだったら、じゃあみんなで一緒に行ったらいいんじゃねーの?」
そう、答えたのだった。
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