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十二 メイドさんしっかりしろよ!?

 ノックの音を耳にしたベリンダは、咄嗟に小声でヤンスに囁いた。


「ヤベッ! 誰か来ちまったぞ……!?」

「たぶん、ベリンダのメイドっす! 姉御この部屋、鍵かけたっすか!?」

「鍵……?」

「あ! この顔、かけてねーっすね!」


 ふたりがやんやと話す声が届いたのか、扉の向こうの彼女は「ベリンダ様? もしやどなたかとご一緒におられるのですか?」と尋ねてくる。


「お茶のご用意もしておらず、申し訳ございませんっ。すぐにご用意いたしますっ」


 彼女はそう言うと、扉のノブに手をかけたようだった。

 それを認めると、ヤンスは顔を顰めつつベリンダを見やる。


「さすがにこの世界の人間がいるとこで、ゲームの話はできねーっすね……! 姉御。ウチは一旦、ローザリヤのとこに戻るっす!」

「おい待てよ! オレはこれからどうしたらいいんだ!?」

「姉御はとにかく、ベリンダとしての生活を続けるよう、心がけて欲しいっす! もしベリンダが別人に入れ替わっていることがバレちゃったら、大騒動っすからね!」


 ヤンスはそれだけ早口に言い切ると、バサバサと翼をはためかせた。


「それでは姉御! 武運長久を祈るっす!」

「ちょ、待てよ!」


 思わずキムタクになってしまったベリンダを残して、ヤンスは開け放たれたままだった窓の向こうへスーッと飛び立ってしまう。


「ベリンダとして生活しろって……オレはベリンダのことなんぞ、ひとっつも知らねーんだぞ……!?」


 ひとり取り残されたベリンダは、ぽつり呟く。


 彼女は乙女ゲーなどやるような女ではなかった。

 この世界のモチーフとなっている『アイマホ』とやらのことなんて、正月にヤンスの部屋でなんとなく眺めていた断片的な記憶くらいしか持っていない。


 けれど。


「しゃあねえ……腹括って、やるしかねーってことかよ!」


 向こうの世界での彼女は、バイク事故で命を落としたのだろう。

 ならばせっかく拾ったこの命。

 むざむざと捨てては、女が廃る。

 逆境で輝いてこそ女というものだ。


 ベリンダはヤンスの飛び立った窓の枠に手をつき、改めて覚悟を決める。


 ……オレは死なねえ!

 悪役令嬢ローザリヤ嬢がアリソンにどれだけとんでもねえことをしでかそうしようが、絶対に阻止してやる!

 そうしてオレは、今度こそ生き延びてやるのだ!

 この、乙女ゲームの世界の中で!


 ベリンダがグッと拳を握り締めた、その背後で。


「……べりんだ、おじょうさま……?」


 扉を開け、部屋に入ってきたと思しきメイドが声を漏らした。


 さて。

 まずはベリンダのことをよく知っているだろうこのメイドを、どう誤魔化すかだが……。

 と、思索を巡らすベリンダの耳に届いたのは、絶望感に満ち満ちたメイドの声であった。


「ベリンダお嬢様……これは、一体……? 何があったと、いうのですか……?」

「あ?」


 言われて、ベリンダは改めて寮室の様子を眺める。


 清潔に整えられていたはずのベッドの上には、茶色いシミでまだらに汚れたタオルが放り出されていた。

 池に落っこちた彼女が、汚れたまま体を拭いたタオルを、そのままにしていたのである。


 床を見やれば、脱ぎ方が分からずビリビリに引き裂かれてしまったドレス……だったものが、こちらも濡れたまんまで転がっていた。

 さらにはろくにしっかりと汚れを落とさぬままウロウロ歩き回っていたせいか、カーペットの表面には黒い足跡がいくつも残ってしまっている。


 オマケに窓際で振り返るベリンダ本人は、髪は乱れ放題。

 服は着ておらず、わずかに肌着のキャミソールをまとうのみ。


 およそメイドの仕えるご令嬢のお姿とはほど遠い、小汚い格好でボサッと突っ立っているのだった。


 室内の惨憺たる有様を目の辺りにした年若きメイドは、「嗚呼」と呟いたかと思うと。


「大変申し訳ございません、ベリンダお嬢様」

「え、なに?」

「わたくし、悪夢を見ているようでございます」

「は?」

「すぐに目覚めて、急ぎ現実のベリンダお嬢様にお仕えいたしますので。それでは」


 メイドはそう言ったかと思うと、直立状態のまま、まっすぐ背中の方へと倒れていった。

 実に綺麗な卒倒である。


「お、おい!? 大丈夫か!? おい、メイドさん!? メイドさん!?」

「うふふふふ……ベリンダお嬢様……本日も素敵な御髪(おぐし)でございます……。ドレスも似合ってございます……綺麗な花を生けてさしあげますね……嗚呼、麗しゅうベリンダお嬢様……」

「おい戻ってこいメイドさん! その麗しいベリンダはオレじゃねーぞ! しっかりしろーーーー!」


 ……ベリンダとして生活する、以前の問題であった。


 結局、あまりの惨状を目の辺りにしたメイドは最後まで現実逃避をしたままで、ベリンダは彼女と意思疎通を計ることすらできないままに……異世界転生初日を終えることとなる。

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