十三 まだ眠みーんだが・・・
ベリンダの乙女ゲー世界転生生活2日目。
「ったく。令嬢ってぇのは朝から大変だぜ……」
学生寮から学び舎へと向かう短い通学路を歩きながら、ベリンダは呟いた。
ベリンダは元ヤンキー少女である。
深夜まで遊び歩いては夜更かしするのが常であった。
そのせいで、基本朝もお寝坊さんで、ライフスタイルはすっかり夜型だ。
始業時間にしっかり間に合って、一時限目の授業に参加できたことなど、数えられる程度しかない。
だが、この世界のベリンダはお嬢様であった。
「ベリンダお嬢様! 朝でございます!」
「ふが……」
「水を汲んで参りました! お顔を洗い、御髪を梳かしますよ!」
「おぐ……」
「お時間が御座いませんので、朝食は寮室でお願いいたします! ベリンダお嬢様のお好きなパンとフルーツをお持ちいたしました!」
「めけ……」
「はい立ってください! お召し物を替えますよ! はいカバンです! 本日の講義の教科書を入れております! はい姿見をご覧になってください! 問題ありませんね! それではいってらっしゃいませ!」
朝に弱い脳みそが「そいやオレ、ゲームの世界に転生してたんだっけ……」と思い出す頃にはすっかり支度が整い、送り出されていたのだった。
……メイドに何から何まで手伝って貰いながら「大変」と言うベリンダも相当だが、彼女にとっては、朝、時間通りに起きるだけでも偉業なのである。
ちなみにそんな彼女の身にまとっているものは、昨日のようなドレスではなく、周りの登校中の学生たちと同じブレザーの制服であった。
「……あークソ。昨日はベッドがふかふか過ぎて逆に眠りにくかったし……もーちっと寝てたかったぜ」
チャコールブラウンの学生カバンを肩に掛け、くあ……っ、と欠伸をしながら、がに股で歩く姿はおよそ令嬢のそれとはとても思えなかった。
だからだろうか、周りの魔法学校の学生たちも、その異様な女子から少し距離を置いている。
そんな中。
周囲から若干浮いていたベリンダに、果敢に声をかける少女がいた。
「ベリンダ様っ」
「ん。おー、アリソンじゃねえか」
背中まで伸びる茶髪を軽やかに揺らしながら駆け寄ってきたのは、我らが主人公アリソンである。
人目を引く美しい柔肌は、朝陽を浴びて一層眩しく光り輝くようであった。
ベリンダの隣に並んだ彼女は、「おはようございますっ。ベリンダ様っ」とかわいらしく朝の挨拶を口にした。
対するベリンダの返事は「おうっす」という雑なものではあったが、むしろその雑さに親しみでも覚えたのか、アリソンはニコニコと微笑んでいる。
「体調の方は大丈夫そうですか? 昨日、すっごくずぶ濡れになっちゃってましたけど」
「おー。元気元気。オレってば、元気だけが取り柄だからよ」
「そんなことありませんよ。ベリンダ様にはもっと他にもいいところが……ふふ」
「? おー。そーね(※わかってない)」
朝から恩人であるベリンダに会えた嬉しさからか、アリソンは実に上機嫌そうであった。
そんな彼女の首元には、シルバーの楕円形をしたロケットペンダントが提げられている。
ベリンダの視線が向けられた事に気付いたのか、アリソンは照れたようにそのペンダントに指で触れた。
「あ、これ。昨日までは放課後しかつけてなかったんですけど……せっかくベリンダ様に助けて貰った記念にと思いまして、今日は朝からつけてきたんです」
「へー。いんじゃね」
「はいっ。とってもいいんです。えへへっ」
アリソンはニコリと笑いながら、上機嫌にベリンダの隣を歩いている。
そんなに饒舌でないベリンダの性格を悟ったのか、アリソンは自ら積極的に話題を提供していった。
「今日はよく晴れていて気持ちいい日ですね」
「あー。そーな。まだちょっと眠みーけど、たまには朝の澄んだ空気を吸うのも悪かねーな」
「たまには、って毎日この時間に登校してるじゃないですか。ふふ、ベリンダ様ったら冗談がうまいですね」
「え? あー、うん。あー、毎日この時間か……。きちーな」
「でもベリンダ様のような御令嬢の人たちの寮では、メイドさんがついてるんですよね?」
「あー、いるいる。今朝もなんかテキパキやってくれてたわ。寝ぼけててよく覚えてねーけど」
「羨ましいです。あたしは庶民だし一般寮だから、自分のことは自分でやらないといけなくて。寮室もひとり部屋だから、ちょっと寂しいし……」
「そいつは大変だな。でも人の多い家で暮らしてたオレからすると、ひとり部屋ってぇーのは憧れるぜ。自分のことを全部自分のペースでやればいいってぇーのは、気楽でよさそうだし。だろ?」
「あ、それはそうですねっ。凄いですベリンダ様。メイドさんがいるのに、自分でやることに抵抗がないだなんて」
令嬢でありながら気取ったところのないベリンダの振る舞いに、アリソンはますます嬉しくなるのだった。
……まあベリンダ本人の言う「人の多い家」というのは、前世で暮らしていた両親と姉弟含めた7人家族で2DKという超過密人口密度の部屋のことを言っているので、ひとり部屋に憧れる気持ちは抱いて当然という環境だったのだけれど。
しかしそんな事情など知るよしも無いアリソンにとっては、メイド付きの恵まれた環境に奢ることなく、独り立ちを志している立派な女性に映っていたのだった。
「素敵ですっ! ベリンダ様!」
「そお? なっはっは」
と、若干ズレていながらも成立している会話を続けるふたりは、やがて彼女たちの通う学び舎へと辿り着いた。
聖ファービランス魔法学園。
昨日ベリンダたちがお茶会をしていたのは、校舎裏に広がる庭園だったらしい。
正門の方から改めて見上げる学園の建物は、ベリンダにとって馴染みの薄い、異国風の建築のように思えた。
名家の出となる子女も多く通うためか、白い外壁の建物は歴史を感じさせつつも決して古びた雰囲気は無い。
話の流れからふたりは同じクラスであることが判明したため、ベリンダはアリソンにくっついて自身の教室へと足を踏み入れた。
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