第70話
続けて弁護側から、犯行時に何を考えて行動したか、反省しているかを聞き糺された祐毅は、こう答える。
「苦しむ彼等を救いたい、その一心でした。いじめやハラスメントによって精神的・肉体的に追い込まれ、SNS上の見知らぬ人々には同情すらしてもらえない。独りで絶望を抱え、死ぬことでしかその状況から逃れられないと思い詰めてしまった彼等は、言わば潜在的患者です。病院を受診するのを待っていても、きっと彼等は来ません。放置すれば自死してしまうかもしれない彼等を救うためには、手段を選んではいられなかったのです。彼等を探し出し、心理療法を受けるよう説得を試みましたが、自分が精神疾患を患っていると認めたくない人や、すぐにでも楽になりたいと願う人に、僕の言葉は届きませんでした。彼等の精神状態を瞬時に治すなど、神以外には不可能です。どうすれば彼等を救えるのかと考えた末に、苦痛を感じないようにするほかないと、脳死状態にすることでしか彼等を救えないと、思い至りました。今になって思えば、誰も成していないことに勝手に使命感を抱き、誤った判断で行動してしまったのです。もっと根気強く説得したり、投稿を発見した時点で然るべき機関と連携したり、医者として他に彼等を救う道があっただろうと、強く反省しています。再び罪を犯さないために、医師免許は取り消されるべきであり、再免許の付与は申請しない考えです。どのような判決が下るかはわかりませんが、更生する機会を与えていただけるのであれば、カウンセリングの資格を取得して、苦しみを抱える人々の心を救っていきたいと考えています」
この回答は、祐毅の覚悟を示していた。医者になる夢を叶え、倫理では救えない命を救おうとしてきた彼は、全てを終えた最期は医者として死ぬことを決めていた。だが、崇志や玲良の想いに心動かされ、生きることを選んだ彼は、死刑を回避する方法を探る。反省の意思や有効な再犯防止策を裁判官や裁判員に示すためには、言葉を尽くすだけでは足りないかもしれない。そう考えた彼が、自身が犯した大罪に見合う犠牲の一つに選んだのが、医者であることを辞める事。当然、刑罰に免許取消処分は含まれるであろうが、これを自ら主張することが、重要なのである。
この回答に関連付け、被告人にのみ罰を与えるのではなく、自死を考えるまでに被害者を追い込んだ人物やSNSで誹謗中傷を行った人物、精神疾患への理解が浸透しない社会風土に対しても責任の一端はあると提言し、弁護側からの質問は終了した。
弁護側の次は、検察側からの被告人質問。検察は、主に供述調書の内容と矛盾が生じる部分について、質問をしてきた。
上申書並びに取り調べの内容では、臓器移植を目的として犯行を犯したと証言していたことから、被害者を病院の近くに置き去ったのは、被害者の臓器がレシピエントに提供されて欲しいという願望の表れであり、つまりは被害者が法的に死亡することを認識していたのでは、と問われる。
「病院の近くに置き去ったのは、看護し続けることに限界があったからです。僕の経済力や体力、設備の許容量を考えると、そう多くの被害者を収容しておくことは出来ません。救うべき潜在的患者は他にもいるという状況では、被害者は適切な施設で最適な看護を受けることが、ベストだと判断しました。今となっては、身勝手な使命感で無責任な行動をとったと、深く反省しています。臓器移植がされるかどうか、それは希望的観測にすぎません。例え臓器提供の意思を表示していたとしても、確実に臓器が移植される保証など、どこにもないのです。あくまで、被害者から臓器が提供された、という仮定の話に対して解釈を話すと、被害者はレシピエントの命を救い、彼等の中で生き続けている、と考えています。医者として、そして僕個人として、そういった解釈を持ち、この心臓に対しても、そう思っていますので」
最初は物悲し気な目で答えていた祐毅だったが、最後は左胸に手を当て、真っ直ぐな瞳を裁判官達に向けた。
その後も、検察側からの質問は続く。厳しい質問をどうにか切り抜けると、審理は終盤を迎えた。
検察側からの求刑。彼等は、殺人罪が成立するとして死刑を求める。これに対し弁護側は、殺意の否定と情状酌量について弁論を行った。そして最後は、被告人からの最終意見陳述。裁判官から、最後に言いたいことはあるか、と問われた祐毅は、はい、とはっきりと返事をし、証言台に立つ。最初に、時間を与えられたことへの感謝を口にして深々と一礼すると、こう締め括った。
「苦しむ彼等を救いたかった、その気持ちに嘘偽りはありません。ですが、その手段については、医者として、そして人として、道に外れた行いであったと強く反省しています。被害者並びに遺族の方々には、ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした。僕は、この事件を通して、多くのことを学びました。人を苦しめるのは、人であるということ。人を救うのもまた人であり、医者にすら救えない命を救う可能性を秘めているということ。そして、この考えを理解し、行動する人が増えれば、苦しむ人が減るということ。現に、弁護側の証人に立ってくださった方々が、それを体現してくださっています。こんな僕のために、辛い過去を思い出してまで、情状酌量を求めてくれたことには、感謝の言葉もございません。僕ができる償いは、厳正に処罰されることと、被害者と同じように苦しむ人達を少しでも減らすことだと考えています。どうか、僕の証言や事件の内容、被害者の苦悩が正しく世に伝えられ、自身や家族、周りの人を尊ぶ方々が少しでも増えることを、切に願います」
こうして、審理は終了。祐毅の命を救うため、彼に関わった多くの人が出来得る限りの手を尽くした。あとは最悪の判決が下らないことを、祈るばかりだった。




