表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスクレピオスに聞き糺せ  作者: 冴樂 紅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/71

第71話

 二週間後。白のワイシャツに濃紺(のうこん)のネクタイを()め、黒のスーツに()(つつ)んだ祐毅(ゆうき)の姿が、法廷(ほうてい)に現れる。この日は、判決の言い渡しが行われる日。御武(おんたけ)の隣に着席した彼は、法廷の開放と同時に流れ込んでくる傍聴人(ぼうちょうにん)に目をやる。人混(ひとご)みの中に、崇志(たかし)小夜子(さよこ)雅綺(まさき)玲良(あきら)の姿を見つけ、皆が横一列(よこいちれつ)に着席するまで見届けると、(わず)かに口元(くちもと)(ゆる)めた。

 開廷(かいてい)時間(じかん)になると、裁判官達が入廷(にゅうてい)し、早速祐毅に証言台に立つように言い渡す。すぐに起立し、指定された場所へと真っ直ぐ向かう祐毅は、堂々(どうどう)としていた。どんな結果を言い渡されても動じない、そう態度(たいど)で示すように、背筋(せすじ)をスッと伸ばし、真っ直ぐ裁判官を見据(みす)える。


 裁判官は、人定質問(じんていしつもん)を行って被告人本人だと確認を取ると、主文(しゅぶん)よりも先に判決理由から()べた。

 本来患者を治療(ちりょう)する立場である医者が、被害者に傷害(しょうがい)(くわ)えたことは、あってはならぬ行為であり、()して脳に直接傷害を加える行為は、医者であれば死亡する可能性を予見(よけん)できたとして、例え明確な殺意が無くとも、その行為には未必的(みひつてき)殺意(さつい)があった、とした。

 その一方(いっぽう)で、被告人の行動によって自殺を思い留まり、新たな人生を歩んでいる者もいるという事実に()れ、被害者に接触(せっしょく)した当初は傷害を加えるつもりはなく、苦しむ者を救いたいという思いに(いつわ)りは無かったと認められる、とした。

 そして、(つい)に主文が言い渡される。


「被告人を……」


 判決を言い終えて裁判官が(くち)を閉じると、祐毅は数秒間、ぼうっと裁判官を見つめた。そして突然、後ろを振り返る。彼が(ひとみ)(とら)えたのは、玲良。視線が合った瞬間、彼女は(なみだ)(こぼ)した。その涙を見て祐毅は(まゆ)(ひそ)めたが、口角(こうかく)を僅かに上げ、小さく(うなず)く。その姿を見た玲良は、ハンカチで涙を(ぬぐ)いながら、首を縦に振った。彼女の反応を見届(みとど)けた祐毅は、今度は御武に顔を向け、キリリとした目をしながら、こくりと頷く。そして最後に、裁判官に向けて深く頭を下げた。

 法律上、拘禁刑(こうきんけい)以上(いじょう)の刑に(しょ)する判決の宣告(せんこく)があった場合、保釈(ほしゃく)はその効力(こうりょく)(うしな)う。保釈の身であった祐毅は閉廷後(へいていご)、家族と言葉を()わすことなく、その身柄(みがら)拘置所(こうちしょ)へと送られた。


 判決は、すぐに報道された。有名病院の元理事長が起こした大事件として、逮捕直後からテレビや雑誌で(さわ)()てられていた一件(いっけん)が、一区切(ひとくぎ)りを迎えたとあって、事件の内容から判決までが大きく()沙汰(ざた)される。それを見た人々は、見解(けんかい)や意見をネットやSNS上で制限(せいげん)なく言い合った。祐毅や、彼の家族に対する過激(かげき)批判(ひはん)散見(さんけん)される中、一部では祐毅の減刑(げんけい)を求める声が上がり、署名(しょめい)活動(かつどう)をする人が現れる。その大半(たいはん)は、臓器移植を待つ患者やその家族、移植を受けられずに家族や大切な人を()くした人、そして、(ひと)りで苦しみを抱える人だった。命が救われるならどんな形でもいい、自分のところにも来て欲しかった。そう投稿(とうこう)される彼等の声は、まるで祐毅に救いを求めているかのようだった。だが、それを許さぬように書き込まれる、誹謗(ひぼう)中傷(ちゅうしょう)。事件の副産物(ふくさんぶつ)ともいえる世間(せけん)の反応は、二極化(にきょくか)し、苛烈(かれつ)なぶつかり合いを見せていた。

 この状況は、祐毅の耳にも入っていた。彼は判決が言い渡された翌日、世間の反応と動向(どうこう)を調べるよう、御武に依頼していたのだ。事細(ことこま)かにとはいかないが、肯定派(こうていは)否定派(ひていは)の割合、意見の内容、署名の人数などを、接見(せっけん)(たび)(かた)らせる。この時の祐毅は、(まゆ)(ひと)つ動かさずに聴いていた。今までの彼なら、(うれ)いや(いか)りに表情筋(ひょうじょうきん)を動かしていただろうが、見て取れる反応は、頷きだけだった。


 拘置所には、崇志と玲良も(おとず)れた。面会は1日に1回だけで、時間は30分ほど。(たが)いに体調を気遣(きづか)い、近況(きんきょう)を報告し合えば、あっという間に()()る時間だが、家族と会える大切な時間だった。毎日訪れる二人だったが、三日ほど()った(ころ)、その中に御武も加わる。弁護士は、回数も時間も気にせず被告人と面会できる権利(けんり)があるというのに、わざわざ二人と一緒に面会に来た。それはなぜか。答えは、祐毅を説得するため。祐毅と御武には、(あた)えられた期限内に選択しなければならない事があるのだ。

 判決が下った翌日から、彼等はその選択について話し合う。(せま)られているのは二択(にたく)。御武は自身の考えを論理的(ろんりてき)に説明し、祐毅にどちらの選択肢を選ぶかを(たず)ねた。すると、彼は正反対の考えを示す。そこから御武は、()()(しな)()え、毎日懇切(こんせつ)丁寧(ていねい)に説得を続けた。しかし、祐毅の考えは変わらない。そこで、崇志と玲良にも自身の考えを説明し、共に祐毅を説得するように(たの)んだ。彼等が迫られているのは、祐毅の人生を決め、家族である二人の生活にも少なからず影響を(およ)ぼす選択であるから。御武の考えを聴き、崇志と玲良はすぐに賛同(さんどう)。こうして、三人で面会するに(いた)っている。最初こそ(おどろ)いた祐毅だったが、目的を知ると、あぁ、と小さく納得を見せ、そして自分の考えを語り始めた。表情無く、淡々(たんたん)と説明される彼の考えは、世間の反応を冷静に分析し、(かく)選択肢(せんたくし)の先にある自身の前途(ぜんと)と家族への影響を予測した(すえ)に導き出した、全体最適(ぜんたいさいてき)とも言えるもの。崇志と玲良は、説明の内容に理解を示すが、立場を変えはしなかった。


 判決言い渡しの翌日から二週間後。与えられた期限はこの日まで。彼等は連日(れんじつ)話し合い、この日も四人で30分間、その後も御武が説得を続けたが、三対一(さんたいいち)構図(こうず)が変わることは無かった。彼等はもう、祐毅の考えを尊重(そんちょう)するしかない。なぜなら、控訴(こうそ)するには、被告人である祐毅の意思の明示(めいじ)が必要だから。

 翌日。被告人以外に控訴する権利を(ゆう)する検察側(けんさつがわ)も、二週間のうちに控訴することはなかった。これで祐毅への判決は確定となり、彼は数週間後、刑務所(けいむしょ)へと移送(いそう)された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ