第71話
二週間後。白のワイシャツに濃紺のネクタイを締め、黒のスーツに身を包んだ祐毅の姿が、法廷に現れる。この日は、判決の言い渡しが行われる日。御武の隣に着席した彼は、法廷の開放と同時に流れ込んでくる傍聴人に目をやる。人混みの中に、崇志や小夜子、雅綺や玲良の姿を見つけ、皆が横一列に着席するまで見届けると、僅かに口元を緩めた。
開廷時間になると、裁判官達が入廷し、早速祐毅に証言台に立つように言い渡す。すぐに起立し、指定された場所へと真っ直ぐ向かう祐毅は、堂々としていた。どんな結果を言い渡されても動じない、そう態度で示すように、背筋をスッと伸ばし、真っ直ぐ裁判官を見据える。
裁判官は、人定質問を行って被告人本人だと確認を取ると、主文よりも先に判決理由から述べた。
本来患者を治療する立場である医者が、被害者に傷害を加えたことは、あってはならぬ行為であり、況して脳に直接傷害を加える行為は、医者であれば死亡する可能性を予見できたとして、例え明確な殺意が無くとも、その行為には未必的殺意があった、とした。
その一方で、被告人の行動によって自殺を思い留まり、新たな人生を歩んでいる者もいるという事実に触れ、被害者に接触した当初は傷害を加えるつもりはなく、苦しむ者を救いたいという思いに偽りは無かったと認められる、とした。
そして、遂に主文が言い渡される。
「被告人を……」
判決を言い終えて裁判官が口を閉じると、祐毅は数秒間、ぼうっと裁判官を見つめた。そして突然、後ろを振り返る。彼が瞳に捉えたのは、玲良。視線が合った瞬間、彼女は涙を零した。その涙を見て祐毅は眉を顰めたが、口角を僅かに上げ、小さく頷く。その姿を見た玲良は、ハンカチで涙を拭いながら、首を縦に振った。彼女の反応を見届けた祐毅は、今度は御武に顔を向け、キリリとした目をしながら、こくりと頷く。そして最後に、裁判官に向けて深く頭を下げた。
法律上、拘禁刑以上の刑に処する判決の宣告があった場合、保釈はその効力を失う。保釈の身であった祐毅は閉廷後、家族と言葉を交わすことなく、その身柄を拘置所へと送られた。
判決は、すぐに報道された。有名病院の元理事長が起こした大事件として、逮捕直後からテレビや雑誌で騒ぎ立てられていた一件が、一区切りを迎えたとあって、事件の内容から判決までが大きく取り沙汰される。それを見た人々は、見解や意見をネットやSNS上で制限なく言い合った。祐毅や、彼の家族に対する過激な批判も散見される中、一部では祐毅の減刑を求める声が上がり、署名活動をする人が現れる。その大半は、臓器移植を待つ患者やその家族、移植を受けられずに家族や大切な人を亡くした人、そして、独りで苦しみを抱える人だった。命が救われるならどんな形でもいい、自分のところにも来て欲しかった。そう投稿される彼等の声は、まるで祐毅に救いを求めているかのようだった。だが、それを許さぬように書き込まれる、誹謗中傷。事件の副産物ともいえる世間の反応は、二極化し、苛烈なぶつかり合いを見せていた。
この状況は、祐毅の耳にも入っていた。彼は判決が言い渡された翌日、世間の反応と動向を調べるよう、御武に依頼していたのだ。事細かにとはいかないが、肯定派と否定派の割合、意見の内容、署名の人数などを、接見の度に語らせる。この時の祐毅は、眉一つ動かさずに聴いていた。今までの彼なら、憂いや怒りに表情筋を動かしていただろうが、見て取れる反応は、頷きだけだった。
拘置所には、崇志と玲良も訪れた。面会は1日に1回だけで、時間は30分ほど。互いに体調を気遣い、近況を報告し合えば、あっという間に過ぎ去る時間だが、家族と会える大切な時間だった。毎日訪れる二人だったが、三日ほど経った頃、その中に御武も加わる。弁護士は、回数も時間も気にせず被告人と面会できる権利があるというのに、わざわざ二人と一緒に面会に来た。それはなぜか。答えは、祐毅を説得するため。祐毅と御武には、与えられた期限内に選択しなければならない事があるのだ。
判決が下った翌日から、彼等はその選択について話し合う。迫られているのは二択。御武は自身の考えを論理的に説明し、祐毅にどちらの選択肢を選ぶかを尋ねた。すると、彼は正反対の考えを示す。そこから御武は、手を替え品を替え、毎日懇切丁寧に説得を続けた。しかし、祐毅の考えは変わらない。そこで、崇志と玲良にも自身の考えを説明し、共に祐毅を説得するように頼んだ。彼等が迫られているのは、祐毅の人生を決め、家族である二人の生活にも少なからず影響を及ぼす選択であるから。御武の考えを聴き、崇志と玲良はすぐに賛同。こうして、三人で面会するに至っている。最初こそ驚いた祐毅だったが、目的を知ると、あぁ、と小さく納得を見せ、そして自分の考えを語り始めた。表情無く、淡々と説明される彼の考えは、世間の反応を冷静に分析し、各選択肢の先にある自身の前途と家族への影響を予測した末に導き出した、全体最適とも言えるもの。崇志と玲良は、説明の内容に理解を示すが、立場を変えはしなかった。
判決言い渡しの翌日から二週間後。与えられた期限はこの日まで。彼等は連日話し合い、この日も四人で30分間、その後も御武が説得を続けたが、三対一の構図が変わることは無かった。彼等はもう、祐毅の考えを尊重するしかない。なぜなら、控訴するには、被告人である祐毅の意思の明示が必要だから。
翌日。被告人以外に控訴する権利を有する検察側も、二週間のうちに控訴することはなかった。これで祐毅への判決は確定となり、彼は数週間後、刑務所へと移送された。




