第68話
数日後、雅綺は小夜子と再会を果たした。説得が効いたのか、話をした翌日には祐毅に連絡が届いたのだ。
場所は祐毅の実家。彼に連れられてリビングダイニングに入ると、崇志と小夜子が出迎える。二人は雅綺の姿を見るなり全身が固まり、次の瞬間には同時に涙を流した。驚きと動揺でその場に立ち尽くす雅綺。得も言われぬ雰囲気が漂う中、冷静だったのは祐毅だ。三人をテーブルへと誘導し、着席させると、話の口火を切る。そこからは、祐毅以外の三人で話し始めた。崇志と小夜子の過去、雅綺が家を出てからの生活、過去の失言への謝罪。再会した親子の邪魔はすまいと、祐毅は終始、口を噤む。だが、雅綺が彼に命を救われたことを話すと、一斉に視線が集まった。ドキリとした祐毅に対し、崇志と小夜子は深々と頭を下げ、感謝の言葉を連ねる。突然注目を浴びたことに慌てふためく祐毅を見て、雅綺はくすりと笑った。
喧嘩別れをして十数年も経ったにしては、穏やかな雰囲気が形成されるのは早かった。その雰囲気に便乗して、祐毅は崇志に謝罪する。反省する雅綺を見て彼は、”金を払っただけで父親ぶるな”と言ったことを恥じたのだ。人間が生きていくには金が必要で、心以外は不自由のない生活を送れていた。過去の過ちを赦すわけではないが、崇志のお陰でこの場に四人が揃っているのだと、初めて感謝を口にする。彼の言葉を受けて崇志は、瞳を潤ませながら、改めて謝罪と感謝を返した。今更だが父親としての役目を果たすと言い、共に裁判を闘おうと言葉を掛けると、祐毅は微笑みながら深く頷く。
こうして、心残りが消えた祐毅は、彼に生きてほしいと願う人達と共に、初公判に向けて準備に奮闘した。
公判当日。審理の冒頭、検察官が起訴状を朗読する。起訴内容に誤りがないかと聞かれた弁護側は、被告人に殺意は無かったとして、殺人罪を否認した。逮捕時は、臓器提供を目的として自殺志願者を死に至らしめたと、上申書に記載したり、取り調べで供述したりしていたが、主張を一変させる。
その理由を、弁護側は二つ述べた。一つは、一連の行為は被害者の苦痛を取り除くための治療という認識であったため。もう一つは、臓器提供されるか不明な時点では、脳死は人の死ではないという法的解釈のもとに行っていたため。以上のことから殺意を否定する、と弁護側は毅然とした姿勢で話す。審理では、殺意の有無と殺人罪が成立するのかが、争点になった。
検察側と弁護側、双方が冒頭陳述を行うと、動機について真っ向から食い違う。検察側は、自殺願望を持つ孤独な被害者ばかりを狙い、臓器提供を目的として彼等を死に至らしめた、あまりに身勝手で残忍な犯行であると説明。対して弁護側は、被害者を苦しみから救うため、苦痛を感じない状態にするほかないと考えた、仁慈に富んだ被告人故に犯してしまった犯行であると話す。
陳述の内容は、まずは検察側から先に、証拠を法廷で示しながら、根拠を立証していった。
検察側の証拠調べが終わると、今度は弁護側の証拠調べに移る。御武が用意した証拠には、証人も含まれており、祐毅が説得したことで自殺を思い留まった数名が、彼の犯行の一部分を知る当事者として呼ばれていた。一人ずつ順番に法廷に呼ばれ、証言台で尋問に答え、役目を終えると退廷、次の証人が呼ばれるというサイクルで証人尋問は行われる。
彼等には、被告人がどのように接触してきて、どのような会話をして、その後どのような対応をされたのか、という同一の尋問がなされた。それぞれに辛かった過去を思い出し、目に涙を浮かべながらも、当時の状況や会話の内容を答えていく。その中で御武から、被告人が声を掛けなければどうしていたかと問われると、皆が目線を下げ、神妙な面持ちで黙り込んだ。一呼吸置いて顔が上がると、自殺していたかもしれない、と声を震わせながら同音を答える。孤独に追い込まれた状況で、唯一自分の話に耳を傾け、手を差し伸べてくれたのが被告人であるとして、彼の情状酌量を求めたところで、尋問は終了。彼等は証言台から降りる際、祐毅に深々と頭を下げてから、法廷を後にした。
さらに、崇志も証言台に立った。彼は、被告人の人間性を裁判官並びに裁判員に訴え、量刑の軽減を目的として証言する、情状証人という立場を担う。祐毅に関心の無かった崇志が答えられる内容など、本来は何も無い。だが、祐毅のために自身が出来ることを模索した彼は、父親として、自ら証言台に立たせて欲しいと願い出た。御武も交え、祐毅がこれまで歩んできた人生と折々で抱いた感情を本人から聞き取り、検察側や裁判官からどのような質問を受けるのか想定を重ね、証言に挑んでいる。
最初は弁護人から、被告人の人柄や反省の様子、被告人を今後どのように監督していくかを問われた。
「心臓に病を患って産まれ、自身と同じように苦しんでいる人達を間近で見ていたからでしょう。息子は、幼い頃から医者になることを夢見ていました。困っている人を救いたい、そう言って、あらゆる医学の知識が必要な総合診療医になったのです。勤務時間外にも救急往診で患者を診察するほど、その思いは強く、だからこそ、法や倫理の下では救えない被害者にも手を差し伸べたかったのだと思います。行き過ぎた優しさで事件を起こしてしまったことを、息子は深く反省していました。自首をして、厳正なる処分を求めると上申したのも、反省故の行動です。保釈後もあまり外に出ることはなく、家で静かに生活しています。罪を償い終えたら、再び罪を犯さないよう、同居を継続して日々の生活を管理していきたいと考えています」
ハッキリとした口調で、家族として支えていくことを宣言する。その内容は、まるで幼い頃からずっと息子を気にかけてきた親のようだった。だが、検察側は当然、二人が非同居だったことを調べ上げている。検察側からの尋問では、逮捕前の崇志と祐毅の関係性や事件を止めることは出来なかったのかを問われた。
「仲の良い親子、とは言えない関係でした。息子と同居していたのは、彼が高校生までで、その間は必要最低限の会話しかせず、大学進学以降は、会話は無いに等しい状態でした。そうなったのは、私の行き過ぎた教育が原因です。彼が高校を卒業するまでの間、嫌悪されても仕方がないほどの厳しい教育を強いてきました。今は過去の行いを謝罪して、同居しながら少しずつ親子関係を修復していっています。ですが、私が息子を孤立させなければ、事件を止められたかもしれません。息子が事件を起こした責任は、私にもあると考えています。彼と共に罪を償い、もし遺族の方が賠償を求めるのであれば、その責は私が負います」
虚偽の事実を述べれば、崇志が偽証罪に問われる可能性がある。そのため、不仲だったことは正直に話しつつ、現在は関係修復に努め、祐毅が罪を償うことに協力すると、負のイメージを逆手に取り、証言を終えた。




