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アスクレピオスに聞き糺せ  作者: 冴樂 紅


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第67話

 小夜子(さよこ)(のち)に父親となる人物と出会い、(たが)いに()かれ()った事。父親は(よく)(ぶか)く、不倫(ふりん)(すえ)に小夜子が一人(ひとり)雅綺(まさき)を産み育てた事。病気を持って産まれた娘を救うために、父親は自分の病院に転院させ、時折(ときおり)様子(ようす)(うかが)っていた事。父親として接することができない贖罪(しょくざい)として、小夜子の店に何度も通った事。

 ここまで聞いた雅綺は、顔を()(さお)にして、肩をだらりと落としていた。()せる目に気力は無く、衝撃(しょうげき)を受けているのは明らか。背後の颯毅(さつき)ですら、深刻(しんこく)そうに眉間(みけん)(しわ)を作っている。

 だが、まだ話は半分ほど。彼女と、時折颯毅の様子も気にしながら、祐毅(ゆうき)は父親と娘が出会った日を語る。


「君が秘書として初めて病院に来たあの日。理事長(りじちょう)(しつ)で名前を聞かれただろう?君の容姿(ようし)が若い頃のお母さんに似ていたから、もしかしたら自分の娘かもしれないと思って、名前を聞いたそうだよ」


 祐毅が一旦(いったん)話を止めると、一拍(いっぱく)置いてから雅綺が、えっ、と(つぶや)く。伏せていた目を一度祐毅に向け、眉間に皴を寄せながら再び下げる。どんな人物だったかと、記憶(きおく)(さぐ)っているのだろうが、一年近く前に数分接触(せっしょく)しただけ。崇志(たかし)の行動に恐怖を覚えていなければ、記憶にはほぼ残っていないだろう。

 眉間に皴を残したまま、雅綺は祐毅に目を向けた。


「あの(かた)が、私の父なんですか?」


 その質問に(ふか)(うなず)く祐毅は、きちんと言葉でも正解を伝えた。


「そう、あの人が君の父親。名前は、廻神(えがみ)崇志(たかし)って言うんだ」

「……廻神って……」

「おいっ!まさか……」


 ”廻神”という苗字(みょうじ)は、そうそういるものではない。(そろ)って目を見開(みひら)く二人に、祐毅は首を縦に振って見せた。


「君の父親は、僕の父親でもある。僕達は異母(いぼ)兄弟(きょうだい)なんだ。君は、僕と姉さんの本当の妹なんだよ」

「私が、祐毅さんと紬祈(つむぎ)さんの、妹……」


 ”妹”という言葉を()()めるように言うと、雅綺の目は(なみだ)(にじ)む。その目を見て、祐毅は周囲に視線を走らせた。彼女の目から(しずく)(こぼ)れ落ちる前に、テーブルの上に置いてあるティッシュ箱を引き寄せる。すぐさま1枚手渡すと、受け取った瞬間に雅綺の目から涙が流れた。


「あれ?(いや)だったかな?僕と兄妹なんて」

「いえ……嬉しいです。でも……もっと早く知りたかった……もっと、一緒にいたかった……」


 (うれ)(なみだ)(ぬぐ)う雅綺の頭を、祐毅は優しく()でた。彼女の顔がよく見えるよう、首を曲げて(のぞ)()む。


「ごめんね、僕も今日知ったんだ。きっと、あの頃の僕達が知っていたら、何年(なんねん)()っても一緒にいただろうね」


 三人が横一列(よこいちれつ)に座り、1冊の本を一緒に読んでいたあの頃。当時知っていたら無邪気(むじゃき)に喜び、成長しても三人で時間を共にしていたかもしれない。そんな想像をした祐毅の目にも、じんわりと涙が浮かぶ。


「兄妹とわかったからこそ、ちゃんと両親と向き合って欲しいんだ。お母さんは養育費(よういくひ)を受け取らず、病気の君をたった一人で育てた。それに、父親は君をちゃんと愛してる。(かく)()の存在が明るみに出るリスクも考えずに、病気の君を自分の病院に転院させたんだ。元気な姿を見せるだけでもいい。どうか二人に、会ってあげて欲しい」


 (うつむ)く雅綺の頭が、上下(じょうげ)に動くことは無かった。

 死んだと聞かされていた父が、実は生きていると突然知らされる。母が一人で子育てすることになったのは、自分が(いや)しい目を向けられたのは、父のせいではないのかと、(うら)みも()くだろう。会いたくないと思うのも仕方がない。

 だが、祐毅が説明したように、今こうして生きているのは、母の支えと父の助けがあったから。そう理解できる程、彼女は大人(おとな)になっていた。会うべきなのかと、相反(あいはん)する感情がポツリと湧き上がる。


「もし、どんな顔をして会いに行けばいいかわからないなら、一緒に会いに行こう。でも、嫌なら無理にとは言わない。どうしたいか、決心がついたら連絡してくれ。ただ、僕の保釈(ほしゃく)期間(きかん)永遠(えいえん)ではないから、早い方がありがたいな」


 あくまで選択は彼女に任せるが、一人で抱え込ませはしない。温かい祐毅の(あと)()しに、雅綺は小さく頷いた。


「お前はそれでいいのか?」


 祐毅とは(しつ)の違う低い声。祐毅は体をずらし、雅綺は振り返り、声の出所(でどころ)を同時に見る。視線の先には、(するど)い目を向ける颯毅がいた。その目と視線が合っていると感じた一人が、確認のために自身を指差す。


「僕?」

「あぁ。あの父親に、こいつを会わせていいのか?」


 颯毅が持つ崇志のイメージは、逮捕前の祐毅が(いだ)いていた”クソジジイ”のまま。そして、祐毅が彼に対して嫌悪(けんお)を抱いていたことも(おぼ)えている。そんな祐毅が父親に会えと言ったことが、颯毅には異様(いよう)に思えたのだ。


「いいんだ。あの人はもう、以前とは比べ物にならない程に変わった。僕を保釈してくれたのはあの人だし、お母さんに会うよう雅綺を説得してほしいと頭を下げてきたのも、あの人だ」


 鋭かった目は、一変(いっぺん)して(てん)になる。いつの間にか祐毅に顔を向けていた雅綺も、同じ目をしていた。

 祐毅は、異母兄弟と明かすと決めた時に、父親の存在も明かそうと決めていた。父と母、どちらが異なるのかを伏せてもよかったが、隠し通すにも限界がある。それに、母親と再会すれば、いずれ母が違うということはわかるだろう。そして、祐毅の起こした事件に関わるニュースを見ていたのであれば、父親が誰かはすぐに判明する。であれば、隠すことに意味はなく、雅綺にも()権利(けんり)があるのだからと、事実を伝えることにした。


「だから、せめてお母さんには会って欲しい。喧嘩(けんか)(わか)れしたまま後悔(こうかい)してほしくないと、あの人も僕も思っているからね。あと、僕個人としては、父親に会って文句(もんく)を言って欲しいんだ。お前のせいで大変な事が多くて、お母さんと喧嘩したんだって」

「なんだよ、それ……感動の再会なんて、させる気ねぇじゃん……」


 ハハハッと軽快(けいかい)に笑う祐毅を、薄目(うすめ)で見る颯毅。まるで嫌がらせのような発言の真意は、この後に続いた。


「あの人は、二人が(はな)(ばな)れになってしまったのは自分のせいだと思ってる。だから、(きゅう)()えてやって欲しいんだ。それに雅綺だって、父親が生きているなら言いたかったこととか、あるだろう?傷心(しょうしん)するかもしれないけど、娘に再会できた喜びが(まさ)ると思うから、気にすることはないさ」


 崇志が落ち込む場面でも想像しているのか、ニコニコと(ほお)(ゆる)める祐毅。(たの)んだぞと言わんばかりに、雅綺の肩にポンっと手を置く。その後ろでは、颯毅が小さく息を()きながら、性格(せいかく)(わる)っ、と呟いていた。


「それに、これは僕ができる最初で最後の親孝行(おやこうこう)だからね」


 急に(もの)(がな)しい顔をする祐毅。彼が(はな)った”最後”という言葉に、雅綺が過敏(かびん)に反応する。祐毅の(そで)をギュッと(にぎ)り、せっかく(おさ)まった涙を再び目に浮かべた。


「やっぱり……祐毅さんは、死ぬ気だったんですか……」


 理事長室で別れの挨拶を交わした際、祐毅が言動の裏に何を隠したのか、雅綺は(さと)っていたのだ。

 だが、もうあの時とは祐毅を取り巻く環境が違う。あの時と同じように微笑(ほほえ)むが、もう隠すものは何もなかった。


「いや、死刑を(のぞ)むのは()めたんだ。父が、生きろと背中を押してくれたし、ある人に、生きると約束したんだ」


 そう言うと祐毅は、(かばん)の中から()()りの紙を取り出す。広げてテーブルに置くと、体をずらして颯毅に破顔(はがん)を向ける。


「さっちゃんに話したかったのは、これ。僕、入籍(にゅうせき)するから、証人(しょうにん)になって欲しいんだ」

「……は?」

「……え?」


 ()()けた声を漏らす二人は、婚姻届(こんいんとどけ)をまじまじと見る。記入済みの内容はさほど多くないのだが、1分以上は部屋に沈黙(ちんもく)が流れた。


「え?相手、誰?」


 くるっと祐毅に顔を向ける颯毅。彼が目を点にするのも、無理は無かった。


玲良(あきら)さん。あぁ、レイラさんのことね。レイラは源氏名(げんじな)で、本名(ほんみょう)は玲良って言うんだよ」

「……あっそ」


 相手が誰かわかると、途端(とたん)(おどろ)きが消えた。()めた目で祐毅を見ながら、(いわ)いの言葉ではなく、ペンを()せと()べる。颯毅らしいなと、鼻で笑いながら、祐毅は鞄に手を突っ込んだ。



「証人になってくれて、ありがとう。じゃあ、お邪魔(じゃま)(むし)はそろそろ帰るよ」


 颯毅が書き終わると、そそくさと撤収(てっしゅう)する祐毅。自分も帰ると言う雅綺に、もう少し(やす)めと医者の立場からアドバイスをすると、颯毅と共に玄関まで向かう。


「受け取った。それだけ言っとく」

「っ!そうか。まぁ、判断は任せるよ」


 リビングの扉を閉めると同時に、颯毅がぽつりと一言。瞬時(しゅんじ)に意味を理解した祐毅は、微笑を浮かべる。その後、二人は無言(むごん)で玄関ドアの前まで歩き、祐毅がじゃあ、と片手を上げた。玄関ドアの(かぎ)に手をかけ、しかしなぜかピタッと動きを止め、(まわ)(みぎ)をする。


「さっちゃん。雅綺は、僕の妹、だからね。これからも宜しく頼むよ」

「ん?あぁ、わかってる」


 やはり祐毅は、過保護(かほご)だった。しかし颯毅は、鈍感(どんかん)だった。彼のスンとした反応に、(くち)をへの字に曲げる祐毅は、何も言わずにドアを開けて出て行った。


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