表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アスクレピオスに聞き糺せ  作者: 冴樂 紅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/69

第66話

 店を出た祐毅(ゆうき)は、スマートフォンを取り出した。入籍(にゅうせき)の話、異母(いぼ)兄弟(きょうだい)の話、人生における重大(じゅうだい)事項(じこう)と呼べそうな内容を、最低三人に話さなければならない。画面をスクロールし、最初は誰に連絡しようかと、彼等の連絡先を行ったり来たりさせる。だが、それはさほど悩まずに決まった。御武(おんたけ)は、したり顔が頭に浮かんで気が立ったので却下。一番話がしやすい人物の連絡先をタップした。

 長く鳴り続ける呼び出し音。彼に電話する時はいつもこうだ。スマートフォンを耳に当てたまま、歩道(ほどう)(はし)()()っていると、音がぷつっと途切(とぎ)れた。


「……もしもし?」

「もしもし、さっちゃん?久しぶり。僕だけど……」

「地獄って、スマホ持って行けんの?」


 挨拶に割って入って来る、神妙(しんみょう)な声。別れ際にそんな気恥(きは)ずかしいことを言ったなと、(わず)かに羞恥心(しゅうちしん)()く。だが、久し振りに聞く友人のおふざけに、(くち)反射的(はんしゃてき)に動いた。


「ごめん、まだその検証(けんしょう)は済んでないや」

「あ、あぁ。そうだよな。いやぁ、電話なんて一生(いっしょう)かかってこねぇと思ってたから、ビビったわ」


 電話を(かい)して、はははっと笑い合う二人。逮捕前と(なん)ら変わりない颯毅(さつき)の対応と雰囲気(ふんいき)に、祐毅からは自然と笑みが(こぼ)れた。


「あのさ、さっちゃんに会って話したいことがあるんだけど、今から時間あるかな?」

「あぁ、いいぜ。でも、大丈夫か?俺、警察に目ぇ付けられねぇ?」

「大丈夫だよ。事件とは関係ない話だから」


 じゃあいいか、と安堵(あんど)の声を()らす颯毅。この反応をするということは、裏を返せば彼には警察の手が伸びていないということ。そう(さと)った祐毅も、(むね)()で下ろした。

 雰囲気が(なご)むまでの速さは、長い付き合いの賜物(たまもの)。彼になら気兼(きが)ねなく聴けると、祐毅は率直に質問を投げかけた。それは、颯毅の後に連絡しようと考えていた、彼女の事。


「まさっ……じゃなくて、真島(ましま)さんが最近どんな様子か、知ってたら教えてもらえるかな?」

「あいつなら、(いま)()てるけど。起こすか?」

「……は?」


 彼女の最近の様子ではなく、今の状態が返って来る。それは一緒にいると言うこと。しかも寝ているとは、どういうことか。祐毅の頭では、想像と妄想が()()じる。


「いつの間にそういう関係に?まさか、もう()()したの?」

「いや、一応(いちおう)(きゃく)だから(ちゃ)は出したけど、あんま飲まなくて……てか、なんで(なぐ)るんだよ」


 すれ(ちが)う”手を出した”の解釈(かいしゃく)。普通わかるだろ、と悩む祐毅は、(ひたい)に手を当てながら項垂(うなだ)れ、深く息を吐く。息と共に動揺(どうよう)を吐き出したのか、冷静(れいせい)さを少しだけ取り戻した彼は、まずは状況を把握(はあく)しろと自分に言い聞かせた。


「で、どうして今、一緒にいるの?」

「お前が面倒(めんどう)見ろっつったからだろうが。元気ねぇからスイーツブッフェに(さそ)ったけど、あんま食わねぇし、具合悪いっつうから、近場(ちかば)のおれん()で少し休ませてやってんだよ」


 (たの)みを聞き入れ、様子を気にしてくれていることは素直に喜べた祐毅。だが、話を聞くにつれて、颯毅の行動に疑問や不満が湧いてくる。”普通は”その言葉が何度も頭を(よぎ)るが、彼に普通が通じないことを思い出し、グッと言葉を飲み込んだ。


「これだからコミュ(しょう)は……」

「コミュ障じゃねぇ。付き合う人間を選んでんだよ、俺は」


 口を()いて出た小言(こごと)は、高性能(こうせいのう)なスマートフォンのマイクによって拾われる。その後は一方的(いっぽうてき)文句(もんく)()びせられる祐毅。言いたいだけ言わせておけと、顔をスンとさせながら、相手のネタ切れを待った。


「体調不良は心配だな。あとで症状と思い当たる原因を聞かないと」

「誰のせいだと思ってんだよ。事情(じじょう)聴取(ちょうしゅ)とか、マスコミ対応とか、大変だって言ってたぞ」

「……ご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」

「俺に(あやま)るなよ」


 その場で会釈(えしゃく)をする祐毅だが、颯毅のもっともな指摘(してき)に、頭はさらに下がる。彼の秘書だったのだから、逮捕の影響はある程度想定していた。だが、逮捕から1カ月以上()って、その影響はまだ残っているのかと、不思議に思うと同時に心配で、(わか)(ぎわ)に見た雅綺(まさき)の顔が頭に浮かぶ。

 今から行く、そう一言(ひとこと)だけ言うと祐毅は電話を切り、足早に颯毅の家へと向かった。



 颯毅の家に到着すると、久し振りの対面にも関わらず、挨拶も早々(そうそう)にリビングへと通された。

 10(じょう)ほどのリビングには、壁際(かべぎわ)に大きなテレビがあり、それを(のぞ)める位置にテーブルと三人(さんにん)()けのソファーが置かれていた。ソファーには、両手で包み込むようにマグカップを持つ雅綺が、真っ黒いテレビ画面をぼんやりと見つめながら座っている。横顔だけ見て、彼女の暗い雰囲気を(さっ)した祐毅は、颯毅の(わき)を通り抜けてソファーにぐんぐん近づいていく。そしてその動きを察した雅綺は、振り向いて祐毅に気づくと、大きく目を見開(みひら)いた。


「祐毅さん?!どうしてここに……」


 (あわ)ててマグカップをテーブルに置き、立ち上がる雅綺。既にソファーまで距離を()めていた祐毅は、彼女の肩を両手でそっと(つか)む。


「君に話があって来たんだ。でも、とりあえず座ってくれるかな?具合が悪いと聞いたから、話をする前に少し()させて欲しい」


 手でそっと肩を押し、ソファーの真ん中辺りに彼女を着席させると、祐毅はその(となり)(こし)を落ち着ける。症状を(たず)ねながら、目の下のくまや下瞼(したまぶた)の裏側を診たり、ペンライトを使って(のど)()れを確認したり。まるで子供を診察するように、ごめんねとありがとうを繰り返しながら一箇所(いっかしょ)ずつ丁寧(ていねい)に診察していく。雅綺が()じらいに(ほお)()めていることなど、気づきもしない。医者として、と祐毅は思っているかもしれないが、実の妹とわかってから、彼は雅綺に対して無意識(むいしき)過保護(かほご)になっていた。

 そんな二人を、壁に寄りかかりながら(しら)けた目で見る颯毅。自分の順番はまだ先と判断した彼は、腹筋(ふっきん)を使って壁から背中を()()がす。


「じゃあ、俺は隣の部屋にいるわ」

「いや、さっちゃんも一緒に聞いて欲しい」


 隣の部屋のドアノブに掛けた手は、祐毅の言葉でピタリと止まる。颯毅が振り向くと、祐毅は雅綺の(みゃく)(はか)っていた。腕組(うでぐ)みをしてドアにもたれ掛かること数十秒。脈を測り終えた祐毅は、そっと雅綺の手を降ろして礼を言うと、ソファーに座るよう颯毅に(うなが)す。彼が雅綺の隣に座ると、二人に聞こえるように診察結果を言い渡した。


「あまり眠れていないだろう?僕のせいで迷惑をかけてしまってごめん。でも、君が()()む必要はないんだ。事件のほとぼりはいずれ()めるから、仕事だからと割り切って、ただの作業だと思えばいい。病院を出たら、趣味や興味があるもののことを考えるんだ。こうして休みの日にさっちゃんとデートをするのは、気持ちの切り替えになるだろうから良いと思うよ。でも、さっちゃんも一応男だから、あまり信用し過ぎないようにね」

「えっ?あの、デー……」

「デートじゃねぇよ」


 戸惑(とまど)いを見せる雅綺と、ぴしゃりと否定(ひてい)する颯毅。そして、その二人の顔を交互に見て、ニコッと微笑(ほほえ)む祐毅。この反応で何かを得たのか、冗談(じょうだん)はさておき、と前振(まえふ)りを入れると、(おだ)やかだが真剣な表情で雅綺だけを見る。


「雅綺。お母さんが、君に会いたがっているよ?」


 ”お母さん”という言葉で、雅綺は途端(とたん)に顔を強張(こわば)らせた。表情が見えない颯毅ですら、体を少し後ろに退()くほど、彼女の(まと)う雰囲気がピリつく。


「君が家を出てからずっと、元気に暮らしているのか心配していたそうだよ。テレビで病院の取材映像を見た時、すぐに君が雅綺だと気付いたらしい。十数年、連絡を取っていないんだろう?そろそろ会ってあげてもいいんじゃないかな?」


 雅綺の雰囲気を少しでも(やわ)らげようと、微笑(びしょう)を浮かべながら話す祐毅。だが、余程(よほど)()れられたくない話のようで、眉間(みけん)(しわ)を作ると、祐毅を見ないように顔を(うつむ)けた。


「君もわかっているんだろう?お母さん一人(ひとり)で君を育てるには、(かね)が必要だったって。それに、悪いのはお母さんではなく、悪口(わるぐち)を言う奴等(やつら)だってことも。お母さんに仕事を変えてほしいと言ったのは、現状を変えたかったからだろう?その前にきっと、悪口を言う奴等にも(あらが)ったはずだ。ずっと我慢(がまん)していて、苦しかったから、家を出たんだろう?でももう、君を悪く言う奴はいないし、独り立ち出来ている。お母さんを()ける必要は、無くなったと思わないかい?」


 (さと)すように、(やわ)らかな声音(こわね)で話し続ける祐毅は、彼女の顔を(のぞ)()むように頭を下げる。上目遣(うわめづか)いで視線を合わせようとすると、それに気づいた彼女は、顔を横に向けた。


「お母さんだって、今は元気だとしても、この先何があるかわからないだろう?僕は、雅綺が後悔(こうかい)しないか心配なんだ。会って、昔思っていたことや、今思うことを全部話したらいい。文句を全部、君の父親にも聞かせてやれ」


 祐毅の言葉で、雅綺は一瞬(いっしゅん)(こおり)のように固まる。バッと顔を正面に向け、彼の目を見ると、(まゆ)(ひそ)めて再び顔を下げた。


「父は……私が物心(ものごころ)つく前に、()くなっています……」

「いや、君の父親は生きているよ。遺影(いえい)を見たことも、墓参(はかまい)りをしたこともないだろう?今はお母さんと一緒に暮らしているんだ」


 えっ、と困惑(こんわく)の声を漏らし、祐毅に視線を向ける。彼の目をじっと見て、(うそ)を言っていないと悟ると、神妙な面持(おもも)ちで口を開く。


「どういうことですか?どうして祐毅さんが、私の父のことを知っているんですか?」

「それは……いや、その前に。事実を受け入れる覚悟はあるかい?」


 覚悟はあるか、そう問われた雅綺は、(くちびる)をキュッと(むす)ぶ。穏やかな声音とは相反(あいはん)する強い言葉に、何が隠されているのかを熟考(じゅくこう)するように、(しばら)(だま)り込んだ。


「……はい」


 不安に眉を寄せつつも、瞳でしっかりと祐毅を見据(みす)える。準備はできたと主張(しゅちょう)する雅綺の瞳に(うなず)いて見せると、彼は要点(ようてん)(しぼ)って事実を話し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ