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取り逃がした魔物の行方

アレックス視点です。



 ものは散乱し、人の血が飛び散っている。間に合ってほしいと願いながら走った……が、何ものかに襲われ、その上番を奪われて理性を失った「母親」には、とてもではないが追いつけない。ただ暴れた跡を見て追いかけることしかできないでいる。

 我が領を守る兵で、特に討伐隊に組み込まれる者達は皆、手練れである。しかし、あの怪鳥と戦える者はそうはいない。私が東門に出向いてコルクッヤと対峙したのも、ひとえにあれと渡り合える力を持つのが私だけだからであった。

 戦力の増強をしたいのは山々であったが、兵を育成する資金も、そもそもの兵も、少ないのだ。そんな中で、このような事態が起こってしまった。


 もし、あの魔物と戦える実力者を育てられていたら。

 もしも、あの魔物が向かった先に「私」がいたのなら。


「……くそッ!」


 髪の毛を伝って瞼に落ちてくる血を乱雑に振り払いながら、走り続ける。


「アレックス様! あちらに!」


 怒号と悲鳴。聞きたくない断末魔。それが聞こえた先──前を走る兵士が指差した先。そこに、コルクッヤの雌がいた。

 周りには恐怖で足がすくみ、逃げられない者や、負傷した者が。コルクッヤの足元には、ドス黒い血溜まりが。


 目の前が、真っ赤に染まった。

 怒りに任せて魔物に迫る。こちらに背を向けたコルクッヤに剣を振りかざそうとした、その時だった。


 ぐらり、と巨体が揺れる。ほんの数分前にも見た動きだった。でっぷりとした腹の雌は、既に息絶えていた。

 大きな音を立ててコルクッヤは倒れた。魔物の向こう側、そこにいたのは、血だらけのエリウスだった。


「……ッ、ふう……」


 勢いよく剣を振り、血を払う。だが脂までは取れず、べったりとした見た目のままだった。

 返り血かどうかは遠目では判断ができない。それだけ、彼は全身を赤黒く染め上げていた。だが、血に塗れてもなお、緑の双眼だけは爛々と輝いているのが、恐ろしくもあり、頼もしくもあった。

 彼は、エリウスは、人々を守る「王」の顔をしていたのだ。


 程なくして、私の意識はようやく倒れたコルクッヤへと向いた。


「皆、今回のことは詫びても詫びられない。私のせいでコルクッヤの侵入を許してしまった」


 ぽたぽた。まだ乾かない血が、下げた頭から滴り落ちる。私がもう少し早く、最初のコルクッヤが番の片割れだと気づいていれば、こんなことにはならずに済んだのだ。

 だが、優しい彼らは笑って許してくれる。


「アレックス様が悪いわけではありません! 悪いのは魔物です!」

「魔物から助けてくださるアレックス様を悪いと言うやつには容赦しませんよ!」

「それに、負傷者もあまりおりません! エリウスという新入りが倒してくれたんですよ!」

「……は?」


 今、何と言った?

 エリウスが、倒した?

 待て、と手を伸ばして制する。それから、一呼吸おいて口を開いた。


「確認したいことがある」

「はい」

「誰が、コルヤックと戦い、倒した? 全員の名を挙げよ」

「エリウス一人です」

「エリウス一人ィ!?」


 恐怖とは異なる感情で、体が震える。恐る恐るエリウスと目を合わせると、彼は「剣を勝手に借りてしまいました」と謝罪の言葉を述べた。


「今のは、本当ですか?」

「……はい」

「どうやって、倒しました?」

「何度か胴体を狙いましたが、思っていたよりも皮膚が厚くて剣が通らなかったのと、何よりさらに暴れ出して手がつけられなくなったので、すんでの思いで首を折ればどうにかなるかと思い……首を刺したら、どうにか、できました……」


 エリウスは「たまたまできてしまった」雰囲気を出しているが、コルクッヤは咄嗟の思いつきで偶然倒せる魔物ではない。巨体から繰り出される攻撃を防ぐ力も、避ける判断をする能力も、そして比較的皮が薄い首でさえも、容易に剣で貫くことのできない皮膚の厚さをものともしない力も必要不可欠である。それらが揃っていなければ、コルクッヤを倒すのも、ましてや抑えることもできない。

 私は今、猛烈にあの国王陛下に感謝をしたくて仕方がなかった。資金も支援もくれない非道の王ではあるが、彼を送り込んできた──いや、送ってくださったことは、未来永劫語り継ぐべきだろう。


「エリウスッ!」

「へっ!? はい!」


 思わず彼の肩をがっしりと掴んでしまう。頭から血を被っている私に凄まれてしまったからか逃げ腰ではあったが、逃がす気は微塵もなかった。


「私たちは、コルクッヤを倒した」

「……はい」

「随分と血だらけになってしまった」

「……そう、ですね」

「ここには簡易的だが、浴室がある。複数人がまとめて入れる広さだ。共に入ろう」

「……は……えッ!?」


 ようやく私は、体を震わせる感情を理解した。これは歓喜だ。もう一人の「私」になりうる、優秀な人材を見つけたことによる喜びの念があまりあまって、体を震わせているのだ。


「兵達は、体の汚れを洗い流しながら語り合うことで仲を深めるのだという。私たちも、それに倣おう」


 エリウスの体を半回転させ、建物へと押し込む。戸惑う様子に構うことなく、私は「さあさあ、早く」と義弟の背中を押した。



 

アレックス視点はこれで終わりです。

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