魔物との戦い
アレックス視点です。
「報告しろ」
「はっ! 東の森奥……恐らくコルクッヤの巣付近より、鳥の群れが飛び立つのが目視できました」
「困ったことになったな……」
コルクッヤと名のつく魔物──鶏の頭を持つ、巨大な怪鳥の巣が東の森の奥に存在する。陽の光が入らず昼間でも夜のような暗さのそこは、まだ人の足は入っていない。
我々の立場としては、魔物を殲滅することで安全が確立されるものの、無闇に命を狩るあまりに予期せぬところに影響を及ぼすのは避けたいところである。ある昆虫を駆除した結果、その昆虫を食べる動物が餓死し、さらにその動物を食べる動物が死に絶える。そんなことが、しかも人間の生活を脅かすようなところで起こってはいけない。
それに人手が足りていないこともある。だから、魔物の領域に踏み入ることもできず、押し寄せる魔物を討伐することしかできなかった。
コルクッヤは、比較的大人しい魔物である。魔物と戦う最前線であるフォーレイン領においても、戦闘記録はあまり残されていない。だが、少ない記録でも十分にわかってしまう程、コルクッヤという魔物は恐ろしい存在でもあった。
その身に危険が及ぶと、穏やかな性格が一変して凶暴になる。
「東門を塞げ。レダの部隊以外は全員退避だ」
「はっ!」
「レダ、準備を」
長年の付き合いになるレダは、短い指令一つでこちらの意図を汲み取って動けるようになっていた。砦の上部、防護壁のブロックの凹凸から顔を覗かせる弩弓の群れに、レダを部隊長とする部隊がボルトを装填していく。程なくして「完了いたしました」と上から声が降ってくる。
私は愛用の剣を携えて一人、東門の前に立つ。大きな振動と共に、背後の門が閉じられていった。
フォーレイン領は、どの領地とも面していない境目……つまり王国と未開の地、魔物が蔓延る領域との境目に巨大な「壁」を築いている。その内側には防衛部隊が集まる石造りの屋敷──これが砦と呼ばれているが──があるが、言ってみればそれも含んだ「壁」が、魔物から人々を守る「砦」であった。
その壁の東端の門の前に広がる深い森。領主である私の許可を得た者しか立ち入ることを許されていないそこは、不気味なまでの静寂に包まれている。見目は気味が悪いが、果たしてここから凶暴な魔物が飛び出してくるかと問われれば疑問を呈したくなるような。
どのくらい構えていただろうか。森の奥で、何か音が聞こえた。
「総員、撃てッ!」
私の号令と共にボルトが発射される。鏃の向かう先は、森の奥の、ある一点。
耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。ついに、来たのだ。
「第二射、用意!」
森から飛び出してきたのは、体のあちこちにボルトの刺さったコルクッヤだった。
コルクッヤは引き返さず、真っ直ぐに東門へと突進しようとする。
「撃てッ!」
何発かは掠ってしまったが、放たれたうちの一つが怪鳥の脳天を直撃した。この魔物は頭を貫かれた程度では死なない。だが、重要な器官を破壊された衝撃で、ほんの一瞬だけ動きが止まるのだ。今しかなかった。
地を蹴り、懐に潜り込む。このコルクッヤは、人よりも背丈の高い私を優に超える巨体であった。しかし、それで怯むことは許されない。怯んで手を止めれば最後、殺されるのは私であり、共に民を守る兵であり、この地に生きる人々である。
重心を低くした姿勢から、剣を勢いよく上に突き出す。怪鳥の喉元、分厚い皮膚の下に隠された頸椎。それさえ折ってしまえば、この巨体は死に絶えるのだ。
ゴポ、ゴポッ、と水泡が鈍く弾ける音が頭上から降ってくる。次いで、生温かい液体が落ちてくる。
喉に突き刺した剣を抜いてコルクッヤの体を横に蹴ると、巨体はぐらりと傾き、地面に倒れ込んだ。
「アレックス様!」
「コルクッヤを仕留めた。レダ隊の皆の支援あってこそだ。感謝する」
もう動かないコルクッヤを観察する。この魔物は本来は穏やかで大人しいのだが、その身に危険が及ぶと凶暴になる性質を持つ。コルクッヤは、外部からの刺激を受けない限りは、こうして討伐することにはならないのだ。
「一体何が起きた……?」
レダの率いる部隊のバリスタと、最後に私が刺したトドメ以外にも、コルクッヤの体には傷が刻まれていた。まだ新しく、流れ出た血さえも乾いていない。何か、不吉な予感がした。
ふと、ボルトで貫かれたコルクッヤの頭部を見る。頭部の鶏冠、これがトゲトゲとしているのが雄である。コルクッヤの雄は雌に求愛をする際、その鶏冠の一部を雌に食ませるのだというが──。
「レダ隊! 持ち場を離れるな! 」
ハッとして叫ぶが、遅かった。魔物との戦いに勝利を収めて湧き上がった兵士たちは既に下に降りており、閉ざされた門を開けようとしていた。
「門から離れろ! 今すぐ!」
また、森の奥から音が聞こえた。先程の「それ」よりも強く、そして速く、こちらに迫ってきた。
影が見えた瞬間に、それが進む線上から咄嗟に、地面を転がるようにして避ける。間一髪だった。門の前に転がっていたコルクッヤは踏み潰されて胴体から臓腑が飛び出していた。少しでも遅ければ、私もあのようになっていたのだ。
丁度開かれた東門に巨体が突進していく。避難は済ませていたが、それはあくまでこの東側の周辺だけである。中央に向かわれてしまえば、もう手遅れになってしまう。
気づくのが遅かった、と己の迂闊さを叱責する。人々の悲鳴が聞こえ、体を起こして走り出す。下に降りた兵士たちの何人かは怪我をしていたが、大多数はまだ動けるようだった。だが、魔物の姿が見当たらない。既に内部に侵入してしまったようだった。
「あれが街に出たら終わりだと思え! あれは、コルクッヤの『雌』だ!」
コルクッヤで恐れるべきなのは、危険に晒された雄ではない。
子の命が宿った卵を体内に抱えた、母親の雌である。
次でアレックス視点は終わりです。




