兄上が陥落していました
「ううう……資金捻出……資金捻出……」
呪文を唱える私の目の前に、いい香りのする紅茶が置かれる。ラナは今は休憩中のため、メイドの一人であるマーノが淹れてくれたのだ。
丁度いい温度のそれを口に含み、ふぅ、と息を吐いて、それからまた腕を組む。昔は椅子の上で胡座をかいていたこともあったが、ラナのしつけのおかげで何とか改善された。
うーん、と唸り始めた私に、マーノが心配そうに声をかけてくれる。
「どうかなさいましたか、お嬢様……?」
「ええと、今回の服の仕立て代をどうしようと思って……」
「エリウス様の、でしょうか?」
「そうそう。兄上と大体背丈が一緒だったってのが唯一の救いよ。そうじゃなかったら、しばらくは裸で過ごしてもらう羽目になってたわ」
それなりに貯蓄はある。だが、所詮「それなり」だ。だから、できればそれに手を出す必要がなくなるよう、どこかを絞ってその分を仕立て代に充てたいと考えている。
「しばらくクッキーはお預けね……紅茶も控えてお庭のハーブティー生活でもしようかしら……はぁ……」
「お嬢様……」
悲しみに暮れ、項垂れる私を見て、忠義者のマーノは涙をこぼした。
とはいえ、いつまでも何かしらの出費にこうしてウジウジと悩むような生活をしたいとは考えていない。フォーレイン領を活気づかせる何かを探して、思案しているのだ。痩せた大地でも育つものを探しているし、アレックスの協力の元、討伐した魔物をもっと有効活用できないかとも日頃から頭を回転させているし……とにかく、本当に、色々と考えているのだ。
「はぁーあ……生命力の強い魔物の家畜化とかできないかなぁ……」
ズズズ、と紅茶を啜る。すっかり冷めてしまったそれを、冷めた気持ちで飲み干した。
アレックスとエリウスが帰ってきたとの知らせを受けて、ようやく私は夕方になったのだと気がついた。
憂鬱な気持ちは机の上に書類と共に置きっ放しにしてしまえ、と勢いよく立ち上がる。アレックスが帰ってくる時刻に合わせて夕食をとるのがこの家の決まりのようなものだ。二階の執務室を出て、今朝エリウスが転げ落ちた階段を降りようとしたところで、私は思わず彼と同じ運命を辿りそうになってしまった。
玄関から、巨大な肉の塊が入ってきた。それをにこやかな雰囲気で運ぶアレックスと、疲れを隠しきれない顔をしたエリウス。
アレックスはあまり表情が顔に出ない方だからこそ、あそこまで明らか様に感情を表に出されると、逆に気味が悪かった。
「な、何があったのです……?」
「コルクッヤの肉だ。味は鶏とあまり差異がないという」
「こ、コルクッヤ……危ない魔物ですわね……お怪我がないようで安心しました……」
「ちなみにエリウスが倒した。一人で」
「エリウスが!? 一人でェ!?」
また階段を踏み外しそうになってしまった。手すりにもたれかかり、動揺した心をどうにか落ち着かせようとしたが、中々落ち着いてくれない。コルクッヤを倒せるのはアレックス以外はいないと思っていたからだ。
まさか、アレックスのあの機嫌の良さは。
エリウスがバツの悪そうな顔をした。
使用人たちに肉塊を引き渡した後、私たち三人は食堂へと向かった。昨日とあまり変わらない夕食をとりながらも、私たち──主に私とアレックスの会話はいつも以上に弾んでいく。
「エリウスはすごい。本当にすごい。腹に卵を抱えたコルクッヤなど、私でさえも少々手を焼くというのに、剣一本で倒してしまったんだ」
「貴方……剣が使える、などと虚偽報告をしてはいけませんよ……次からは『剣の達人だ』と言いましょう」
「いえ、私など……」
「それにな、マグ。エリウスは剣だけの男ではなかった。私に代わって砦内部の修復作業の優先順位づけだとか、指示出しとか……指導者としての能力もとにかく高い」
「その上、トッドによると芋の皮剥きなどの雑務も、迅速かつ丁寧で神がかっていたそうだ」と伝えられた私は、危うく食事の場で失神してしまうところだった。スープの皿に顔を突っ込みそうになった私を、慌てて隣に座るエリウスが抑える。
「大丈夫ですか、マグノリア殿」
「エリウス……お優しいのですね……優秀な上に気遣いのできる男……最高ですわ……」
恍惚とした表情でそう呟いた私に、エリウスは一気に顔を赤くした。
下働きから魔物の討伐までできてしまう男、エリウス=ミル=アインツアルト。今はもうエリウス=フォーレインだが、この男、本当に優秀だ。日頃から人手が足りないと嘆いていたアレックスにとってはまさに神からの恵み、神の遣い、天よりの施し。それは私にとっても同様であった。
魔物の討伐のために、現場で指揮を取るアレックスが苦労をしているのは重々承知の上である。しかし、私もまた、魔物との戦いのために書類と戦っていたのだ。優秀な人材が来てくれれば、そして魔物との戦いが楽になってくれれば、こちらは修繕費だとか武具の調達費だとか、その他諸々のありとあらゆるものに頭を悩まされる確率が下がる。
体に流れるフォーレイン家の血が告げる。これは、絶対に、何があっても逃してはいけない人間である、と。
「エリウス……私の最大限の敬意をもって、夫となってくれたこと、そしてこの地に来てくれたこと。全てに感謝をします」
スッ、と鶏肉のステーキを差し出す。もちろん、一切手をつけていない綺麗なものだ。「今この場ではこれしか献上できませんが」と付け加えれば、エリウスは慌ててステーキの乗った皿を押し返してきた。




