王都観光の準備をしました
いそいそと準備をしていく。本来ならば馬車何台分にもなるような大荷物を抱えていかなければならないのだが、そんなことをしてしまえば目立ってしまうし、第一、我が家にそんな莫大な出費を許せるほどの金がない。持っていくのは一人につき一つまでの、大きめの鞄。それに最低限の着替えだとか、身だしなみに必要なものだとか、旅費だとかを詰めていく。
「……なあ、マグ」
「はい、なんでしょう兄上」
「……信頼しているのはわかるが、その……夫でもない男と二人で行くのはやめた方がいいと思う」
私とヤトラが出立する準備をしている最中に顔を出したアレックスが、私を小声で嗜める。
彼の言い分は最もである。兄の立場からすれば、可愛い妹が、己の夫を家に置いて他の男とどこかに出かけるようなものだ。普通に考えれば不貞行為だ。
だが、ヤトラは女である……が、それを知らないのはこの家ではアレックスだけだった。兄は未だに私の従者を男だと思っているのだ。誰にも知らされずに一人だけそう勘違いしているのはかえって可哀想だとも思うが、反応が面白いからよしとしよう。
「だって、エリウスは王都で顔が割れすぎてますもの」
「なら私が同行すればいい」
「兄上は……砦にいなければならないでしょう? エリウス一人に任せることもできますでしょうが、兄上が不在の時に魔物の大群が、それこそクロガナが襲いかかってきたら、どうしますの?」
「うっ……それもそうだが……」
でもやはり、外聞が良くないのでは。そう続けるアレックスは、本気で私のことを心配してくれている。普段から私を揶揄ってばかりの酷い兄ではあるが、私のことを想ってくれているのだ。
パタン、と鞄を閉めて、きちんと持ち運びができるかどうかを確認する。深窓の令嬢の非力な腕ならともかく、ある程度日頃から動いている私ならそれなりに持てる重さだった。よいしょ、と提げ手を握ったまま腕を上下させて己の筋力を確かめつつ、兄に返答をする。
「むしろ、外聞が良くない方がいいと思いますの」
「どういうことだ?」
「キース殿下は、どうやらエリウスには酷い目に遭ってほしいみたいですので……色々と余裕のないフォーレイン領をほっぽって私が間男と王都観光、なんてしていれば、あの方にとってはこれ以上ないほど嬉しいでしょう? エリウスは浮気をされていることになりますし、何より私、フォーレイン家の女が馬鹿だと思ってもらえます」
「……相手を油断させるため、か」
フランデッド領主を脅した時も似たような手を使ったことを思い出す。もしもあの禿頭が王都の貴族らと内密に連絡を取り合っていたならば、きっとある程度はあの時の出来事も伝わっているだろう。エリウスが私に夢中になっていることも、そんな夫を私が手玉に取っているということも。つまり、上手く伝わっていればかつては王族だったエリウスの上に私が立っている、という関係が向こうの頭の中に築かれていることになる。
そこに、さらに情報を足してやるのだ。上下関係はあるものの夫婦仲は良好、と見せかけて、夫の愛を一身に受けている妻は不貞行為を働いているのだ、と。
「人は、自分に都合の良いものしか見ようとしませんもの。だからヤトラとかを送り込んできたのでしょう。ならば、見たいものを見せてやるだけですわ」
それに、何も浮気もどきを見せつけるために王都に向かうのではない。それはあくまでそうなったらいいなという願望であって、本命は別にあった。
「一番の目的はサーシャ=ワークトに接触することですわ」
「キース王子の婚約者になった令嬢か。会ってどうする?」
「浮気させます」
アレックスの体が、がくりと倒れかけた。もしも、もう少し幼ければきっと、すっ転んで驚愕の意を表していただろう。常日頃から平静を装っているが、この瞬間だけ面白いほどに目を見開いて愕然としている。おほほほ、と淑女らしく口に手を当てて控えめに笑い、内容を説明した。
「ヤトラは、よくよく見れば顔立ちも悪くはありませんし、男顔でも女顔でもない中性的な顔というのは不思議な魅力さえ感じさせますわ。それなのに顔にそぐわぬ粗暴な言葉遣い……あとは態度さえどうにかしてしまえば、勘違いしやすい夢見がちな女なんて一捻りですわ」
体勢を直したアレックスが、頭を抱えて「念の為に聞くが」と口を開く。
「……本当に、浮気してないよな?」
今度は、可愛い実の妹ではなく大事な義理の弟を案じる目だった。この場で「ヤトラとは一緒のベッドで眠ったことがありますの」と言ってしまえばどうなるか。衝撃のあまりその場で失神するか、もしくはヤトラを殺しに行ってしまうか。兄を揶揄うのが面白いとはいえ、流石に後者の展開になってしまうと困りものだ。むふふ、と締まらない唇をどうにか指先で隠してみたが、アレックスに気づかれていないだろうか。
「……明朝、サトナ商会の荷馬車に同乗させてもらって出発いたしますわ。では私はまだ準備がありますので、ごめんあそばせ」
質素なドレスの裾を思いっきり翻して見せつけてやってから、私は自室に逃げた。遠い目をして、今にも気を失ってしまいそうなアレックスには気づかないふりをした。
次回更新は7月5日20時となります。




