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夫の話を聞いて思いました



「……可哀想ですわね」


 ここまでエリウスの身の上話を聞いていて、ただただ純粋に、可哀想、だと思った。


「マグノリア殿……いえ、これしきのことは」

「サーシャ嬢があまりにもお可哀想ですわ」

「……え?」


 最初は、婚約者の名前や性格を知り、どんな泥沼展開を聞かされるのかと内心楽しみにしていたのだが。エリウスの話を聞く限りでは、かつて婚約者だった令嬢サーシャ=ワークトは、要するに関係ないのに巻き込まれた被害者だとしか考えられない。真実を隠すためにその存在を使われたのだ。確かに本人の性格は良いものではないかもしれないが、それにしてもこれは可哀想すぎるのではないか。

 夫の身の上話だというのに夫に言及しない妻を見て、エリウスが指先をプルプルと震わせながら自身を指差す。


「マグノリア殿……お、俺については……?」

「浅はかな行動で身を滅ぼしたのでしょう」

「うっ……そう、だが……」


 エリウスは言葉に詰まると今度は目で訴えかけてきた。他に何か言うことはないか、というよりは「俺にも同情してほしい」と伝えてきている気もするが。

 そもそもエリウスは短慮すぎたのだ。私が隣のフランデッド領主をうまくやり込めた時のように、勝算をもって動かなければ未来はないというのに。何の準備もせずに巨大な権力に立ち向かったのはいただけない。


 ──もしも運良く兄王子キースを殺せていれば、結果は変わっていたかもしれない。


 それこそ、王族殺しとしての紛れもない事実で裁かれ、民衆の前に首を晒していたかもしれないし、はたまた英雄として王に祭り上げられ、政治の腐敗を正していたかもしれない。が、あくまでこれはもしもの話である。現実としてエリウスは捻じ曲げられた事実の元、罪人としてフォーレイン領に送られた。最初は疎ましく思っていたが、今となってはありがたすぎる「エリウス様」になっているのだ。


 あくまでエリウス側の話のため、事実とは異なる場合もある。しかし私は、ある推測をした。


「貴方……お父上には愛されておりましたのね……」


 権力も何もない、お飾りの王様。恐らく、国王は王妃がいる手前、中々思うように動けなかったのかもしれない。


「……母の葬儀には来なかった」

「来れなかった、のでしょう」

「母は……誰にも、父にさえも守られることなく死んだ……」

「でも、貴方の命だけは守れましたわ。唯一出来たことだったのでしょう」


 きっと名ばかりの国王は、使用人との間に儲けた息子を愛していたのだ。だから愛する我が子が処刑されると知って、何とか助けようとしたのだろう。その結果が罪人として辺境に送ることだったとしても、それが父として出来る、たった一つのことだったのかもしれない。

 そう考えると今度は、何故こんなに危険な辺境のフォーレイン領に送ってきたのかも納得が行く。危険だからこそ、罪人を送るに相応しい土地として承認されたのだろう。

 ……もう一つの可能性として、国王は魔物から国を守るフォーレイン家を評価していた、とも考えられる。今でこそ国の扱いは酷いものだが、かつては辺境を守備するフォーレイン家に多大な支援金や人材、資源等を割いてくれていたのだ。いわば我々は国に忠誠を誓い、国のために戦う忠実な臣下である。そんな我々だからこそ、エリウスを託そうと思ったのではないのだろうか。


 ──最初は使えるだけ使ってあとは好きにしようとか何とか考えてましたけどね!


 また、同情すべき相手はもう一人いる。エリウスの腹違いの兄、キースだ。


「剣を持って追いかけられて、何度も斬りつけられて死にかけたというのに……危害を加えた貴方が死刑にならなかった、となると……もしも私がキース殿下でしたら恐怖のあまり失神、最悪は気が狂いますわね」

「? 何故だ?」

「わかりませんの? つまり、また貴方に狙われるのではないかと気が気でなくなるということです。己の命を狙った罪人が生きてるとなると、怖すぎるでしょう」


 エリウスは納得のいっていない顔だが、「マグノリア殿がそう言うのならばそうなのだろう」と頷いた。このような人間だからこそ、キースはきっと恐れているのだろう。だから生きながらえたエリウスの動向が気になって気になって仕方がなく、ヤトラのような者を送りこんで様子を見させていたのかもしれない。


「あと、もう一つ思うことがあります。もしも私がキース殿下でしたら、自分を殺そうとしたくせに死刑にならずに辺境送りにされた貴方が、罪人として虐げられることなく元気よく生活していたらむかつきます」

「むか……」

「自分を不幸な目に遭わせた人間が幸せそうに生きているのが許せない、と考える人もいるということですわ」


 実際、エリウスを何度か揶揄ったことはあるものの、虐げたことは一度もなかった。あくまで妻目線となるが、夫になったエリウスはそれなりに元気よく──魔物に愛情を注ぎ出すほど本当に元気よく、生活しているはずだ。

 そんな彼の様子を、死にかけたキースが見たらどう思うのだろう。不幸になれと、いっそこちらの差金で不幸にしてやると、そう思うに違いない。だからヤトラに「迷惑をかけろ」といった命令を下していたのだ。


「このままにしていればいずれ、もっと酷い目に遭うことでしょうねぇ……」

「……やはり、兄を殺しに行くべきでは」

「その短絡的な思考、どうにかしてくれません?」


 そのままの身なりで部屋を飛び出しそうなエリウスを抑える。このまま乗り込んでいったところでどうにも出来ない。それどころかエリウスは今やフォーレイン家の一員であるのだから、我々にも何かしらの被害が及びかねないのだ。

 だが、だからと言って好きにやられるつもりはない。戦うなら、徹底的に相手を叩きのめす準備をしなければ。


「いくつか策は講じておきますわ、ククク……」


 私のこの顔を見ると、兄のアレックスはいつも「父上そっくりだ」だの「女とは思えない顔だ」だのと好きに揶揄してくる。が、しかし、エリウスは気味の悪い笑い方をする私を見てぼーっとした、物思いに耽るような表情をしていた。この時、悪趣味な夫は「なんて頼り甲斐のある、素敵な女性なのだろう」と私に惚れ直していたというのだが、それを知ったのは大分後のことである。



次回はちょっとした小話です。6月29日20時に更新予定となります。

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