家族団欒の食事にて
夕刻になるとアレックスやエリウスが帰ってくる。もちろん、一足先に戻って少しでも多く終わらせておこうと執務を行なっていた私の業務も、終了である。
二人を出迎えたところでラナが夕餉の準備ができたと知らせに来たため、早速二人の着替え──武具の着脱程度だが──を手伝って三人で食堂に向かった。エリウスとは何度か目が合ったが、普段と変わらず何を考えているかわからない表情だったから、少しだけ安心した。怪魚を練習相手としていたあの台詞群を言われていたら、きっと私は渾身の力を拳に込めてエリウスの鼻を折ろうと試みただろう。
今日の夕餉のメインは、久しぶりの魚だった。隣のフランデッド領からの支援物資の中に、我が邸宅宛としてこれが混入していたのだ。わかりやすい賄賂である。塩漬けされた、中々に大きな魚の切り身だ。
塩気が強いのではないかと一瞬危惧したが、流石ウチの料理人も兼ねているラナだ。丁度よく塩が抜かれていて、いい塩梅である。
そのうち植物性とかの、臭いの少ない蝋や油も寄越してくれないかしら、と考えながら、独特な臭いを放つランプの灯りの下で食事をしていく。
「……で、最後に砦を案内してお出かけは終了しましたわ」
「? 砦に来ていたのか、マグノリア殿。言ってくれればよかったのに」
「お忙しそうでしたので声はかけませんでしたの、オホホ」
エリウスが残念そうな顔をする。私が砦に来ていたことに本当に気づいていなかったらしい。適当に誤魔化せばそれを信じてしまうあたり人が良すぎるような気もするが、彼の人の良さは特定の人間にしか働かないことはもう十分に理解していた。
「私はブラブラしていたからマグに遭遇したが……エリウス、その時お前は飼育場の奥で仕事をしていたからな。気づかないのも無理はない」
アレックスの一言で更に肩を落とすエリウス。が、すぐに復活して「そう言えば」と目の前の兄妹と向き合った。
「アレックス殿には予めお伝えしてありますが──森に偵察隊を向けて、クロガナの捜索を始めたんだ。どうやら近辺には潜んでいないようだが……明日以降も捜索範囲を広げていくつもりだ」
右腕を負傷したこともあり、全体の指揮権は一時的にアレックスからエリウスへと移行していた。いつぞやのつまらないことから始まった二人の戦いではエリウスに軍配が上がり、実力主義による階級では今やエリウスが砦の頂点に立っているのだが、形式上はまだアレックスが上のままだったという。
実力で全てが決まるとは言うものの、実力で全てが左右されてしまうのも何かと問題である。確かにその傾向は強いが、あくまでフォーレイン領の空気を言葉で表すならそうなるだけであり、決して秩序も何もない世界というわけではない。
だが、このままでは本当にエリウスが名実ともに頂点に立ちそうだ。チラリとアレックスを見やれば、「数日後には復帰できる」と強気の発言をいただけた。表情は変わらずだが、目が、轟々と燃えている。エリウスに負けた悔しさを糧に燃える業火だ。
「一通り暴れて山奥に引っ込むだけ、なら、こちらに流れ込んできた魔物を討伐する程度で済むんだが、そう上手く物事が運ぶとは限らないからな。現段階でどこにいるか、だけでも把握をしておかなければ」
クロガナに関する情報はあまりにも少なすぎる。だからこそ、対策を練るのにまずは少しでも多くの情報を掴むことが必要であった。
「……巨大な図体をしていて、その実、中身は猫ちゃんそのもの……って感じでしたらいいのですが」
「何だ、マグ。家畜化する気か?」
「ドラゴンもどきの肉は美味しいのでしょうか……ではなく、中身が猫のように愛らしければ飼いたいですわ」
昔、猫だと勘違いして魔物を引き入れたことがあるだろう、と兄からのツッコミを受けたが、この際それは無視をしておく。想像は、金も労力も何もかからない最高の娯楽であるのだ。
「クロガナがもしも飼えるのなら……小屋が小屋ではなくなりますわね……この邸以上の大きさが必要かもしれませんわ……金も資材もかかりますが、でも巨体の怪物を従え、その背に乗って縦横無尽に歩いてみたいとは思いません? 思うでしょう? ね、ね?」
「そもそもマグノリア殿は動物に乗れないのでは……」
「そういう現実的な話をしているのではありませんわ」
ウチの男どもはどうしてこう、空想に思いを馳せるということをしないのかしら。
日頃から魔物と戦っている以上、どうしても魔物関連の話題が出ると空想よりも先に現実問題が頭に思い浮かんでしまうのだろうとは思うが、もう少し、せめて朝に一杯飲む水程度の遊び心は持っていてもいいのではないかとも考えた。
次回はエリウス視点、6月21日更新となります。




