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夫が奇行に走りました



 エリウスが運んできた桶暮らしの悪魔、もといギィリの幼体と目線を合わせるためにしゃがみこむ。そんなエリウスの表情はひどく緊張している。何故だろう。


 ゴホン、ゴホン、とわざとらしい咳払いの後、とうとう意を決したようにエリウスが口を開く。


「……俺は貴方の心に惹かれました、マグノリア殿」


 思わず変な声をあげそうになったが、すんでのところでヤトラが私の口を塞いでくれたおかげでどうにか漏れずに済んだ。


「貴方の心の美しさの前には、どんな宝石もその輝きが霞んでしまう……何か違うな……そもそも心の美しさとは何だ? 何に向かって美しいと言っている? というか心と限定してしまっては外見が美しくないと捉えられかねないのでは? 曖昧な表現では本意は伝わらない気がする……」

「ギィ?」

「まずは見目について言及しよう。マグノリア殿、貴方の肌はまるで絹のように艶やかで、麻色の髪も絹のように滑らかで……待て、絹以外の例えはないのか? それに、そんなわけあるかと思われて逆効果になってしまう可能性もあるな。絹の例えはやめよう。マグノリア殿の顔立ちは愛らしく、肌は……………………白い、な。あまり触れたことがないからわからないが……髪は麻色、ふわふわとした手触り。美容品の類が手に入りにくいとしても、一生懸命手入れをしているのだろう」

「ギィ、ピギッ!」

「! そうか、事実を述べればいいんだな! 顔は愛らしいつくりで、肌は白く、髪はマグノリア殿の努力の賜物だと! その次に心について述べよう。マグノリア殿は領民のことを第一に考えて行動をする、貴族の中の貴族、貴族の鏡だ! ……これ、本当に愛の言葉か? やはりトッド殿から教えてもらった台詞の方が……いや、しかし……あんな歯の浮くような言葉は……」


 閃いたかと思えば悩み、喜んだかと思えば落ち込み……と、コロコロと表情が変わるエリウス。彼の予行練習に付き合わされているギィリは訳もわからず──そもそもこの状況を理解していないと思うが──両のギョロ目をくりくりと動かしては得体の知れない声をあげていた。


「何ですのあれ……はっきり言って君が悪いですわ……」

「うわ……愛されてる……な?」

「台詞だけ聞いていれば恥ずかしがる素振りも見せられたのですが……」


 エリウスは昨晩言われたことを真剣に悩んでいた。真剣に悩んでいたからこそ、こうして「練習」をしているのだろう。彼の純情さには、いつになっても感心してしまう。


 ──練習相手が間違っていると思うし、そもそも勤務中に何をしているんだとはつっこみたくなるが。


 奇妙な一人芝居をしているエリウスの元に、ザッザッと地面を擦る足音が。


「……エリウス? 何をしているんだ」

「ッ、あ、アレックス殿! いや、これは」


 現れたのは、アレックスだった。いつぞや負傷した右腕はまだ包帯で吊るされている。右腕の怪我のせいで訓練等はできず、砦内の簡単な整理や見回りに徹しているのだという。つまりエリウスは、「不審なものはないか」あるいは「任務を放棄しているものはいないか」と見回っていたアレックスに見つかってしまったというわけだ。


「ギィリに向かって訳のわからないことを囁いていて……とうとう狂ったか」

「ギィリではありません! マグです!」


 まだ人の名前を魔物につけていたのか! と叫びそうになったが、これもヤトラがすんでのところで抑えてくれた。


「……長年兄を務めてきた私の見解だが、マグには何を言っても響かないぞ」


 「あの女は人を弄ぶのが好きな狐だからな」とまで実兄に付け加えられた。次にラナがクッキーを焼く時は独り占めにしてやる。そう、心に決めた。

 何てことだ、と項垂れるエリウスの肩を、半笑いでポンポンと叩くアレックス。妹が妹なら、兄も兄である。兄妹揃って人を弄ぶのが好きな、嫌な血筋だ。


「口先だけの男は良くない、ということだ。態度で示すといい」

「態度……ですか?」

「ああ」


 アレックスがエリウスに何か耳打ちをする。残念ながらこちらまでは聞こえてこない。

 うんうんと頷いていたエリウスの表情が次第に明るくなっていき、アレックスが何かを伝え終える頃にはすっかり元気を取り戻していた。


「ありがとうございます、アレックス殿!」

「感謝しているのなら言葉ではなく態度で示してほしいものだ」

「っ、はい!」


 勢いよく返事をするなり、エリウスは己が抱えてきたギィリ入りの桶を再び持ち上げ、そして魔物の飼育施設へと走り去っていった。重いものを運んでいるというのに足取りはいやに軽く、リズムさえ刻んでいる。怖い。よくはわからないが、怖い。


 エリウスの姿が見えなくなったところで、アレックスが口を開く。


「……出てきたらどうだ」


 予行練習に夢中になっていたエリウスには気づかれなかったが、最初から警戒態勢で歩みを進めてきたアレックスには既に気づかれていたようだった。すごいと手放しに兄を褒めれば「エリウスは悪意や殺意には敏感だ」と補足をされた。私が暗殺者だったら気づかれていたということだろう──隣には本物の誘拐犯がいたのだが。

 先に物陰から出た私に続いてヤトラも姿を現すと、アレックスは不意を食らったような顔をした。


「なっ、いたのか!?」

「ん? ああ、いたが……何か?」


 どうやらアレックスは、私がいることは気づいていてもヤトラもいるとはわからなかったようだ。兄までも欺くことのできるヤトラの潜伏能力がすごい。だから半年もフォーレイン領に、誰にも知られずに潜むことができたのだろう。

 まあいい、と一旦息を吐いて気を取り直す。


「エリウスに優しくしてやれ、マグ……先程のように使い物にならなくなる」

「……はーい」


 兄に諭され、素直に返事をする。エリウスが動かなくなってしまっては困るからであって、決してギィリ相手に練習をするエリウスの姿に罪悪感を抱いたわけではない。決して。


 

次回は6月19日20時更新となります。

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