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従者に領内を案内しました



 従者になりたてのヤトラを連れて領内を歩く。彼、もとい彼女はだいぶ前からフォーレイン領には来ていたが、目立つのを避けてずっと森の奥に潜伏していたという。だから、私の視察も兼ねてヤトラに領地の案内をしようと考えていた。

 と言っても、物珍しいものはあまりない。決して狭くはないものの、主要な場所を巡るとなれば半日もかからずに終えてしまう。残すは魔物から領民、国を守る最前線の砦だけだった。

 道中、周りに挨拶をしながら私たちは雑談をしていった。


「……へえ、道理で。あの男、朝から辛気臭い顔してたわけだ」

「どーすればいいのでしょう……」

「恋に興味もなければサーシャとかいう女にも興味がなかったのは事実だろうな。ま、相手が悪かったな、あれは」

「あら、もしかしてサーシャ嬢のことはご存知なのかしら」


 挨拶の最中に子供から貰った菓子──と言っても木の実を干しただけのものだが──をもちゃもちゃと咀嚼しながら、ヤトラは「んあ」と間の抜けた返事をする。そういえばヤトラは、かつては王都近くにいたのだ。その辺りの話を聞いている、もしくは実際に見ていた可能性が高い。


「思い込みが激しくて、ワガママなガキ。俺も何度か王都に遊びに行ったことはあるが、その度に見かけてたな。いっつも親父に捕まって、ギャーギャー騒ぎ立ててたクソうるさい女で……一人娘だからって甘やかされたのか、何なのか……俺も同じ『一人娘』だってのに……」

「もしかして、エリウスに絡むのも見ておりました?」

「ああ。『素敵な騎士様』だの『運命の王子様』だのなんだの言って、結構あの男にへばりついてたな。毎日のように綺麗なドレスで着飾って、美味しそうな菓子を持参して平民騎士団の駐屯所に通い詰めて……視界にすら入ってなさそうな態度を取られてたってのにな……結局は顔だ。顔に恋して、そのまま無理言って婚約まで持っていったんだ。多分、相手が本物の王子様だってことも、ましてや城では立場のない王族だってことも知らなかっただろう」


 「あの女の頭には、エリウスの顔と結婚することしかなかったんだろ」と言い放ち、再び木の実を口に放り込むヤトラ。丁度食べた実が酸っぱかったのか、くぐもったうめき声が聞こえてきた。

 ……何故だろう、ヤトラの方がサーシャについての情報量が覆い気がする。これが興味の差なのか、それともエリウスの興味のなさが極端すぎるだけなのか。


「婚約した後はどのような感じだったのでしょう?」

「さあ? その頃からエリウスが躍起になって悪い貴族退治を始めたから」

「あら……申し訳ありませんわ」


 程なくして、砦が見えてきた。石造りの堅牢なそれを見てヤトラが感嘆の声をあげる。


「……大きいな。本当に、大きい……うわ、でっけぇ爪痕……」

「もっと褒めてくださってもいいのですよ?」

「これで国を守ってたんだよな……すごいな……考えられない……」


 防壁には古い部分と新しい部分がある。時間をかけて新しく継ぎ足して増やしたものもあれば、それこそ時間の経過と共にその役目を終えて新しくされたものもある。今までフォーレイン領の領主が、そして民が、この土地を守ってきた歴史がここには詰まっているのだ。この砦は魔物の脅威を示すものであると同時に、我々の誇りでもあった。


 砦の監視塔から誰かが降りてくる。今日の担当はどうやらレダのようだった。彼も中々に働かされている、忙しい男だと思う。


「マグノリア様! ……と、確か」

「ヤトラだ。平民のヤトラ。こいつの従者になった」

「安心なさって、足は洗わせましたの。それはもう、ゴシゴシと」


 レダは確か、誘拐犯としてのヤトラを一度見ている。そして何よりこの無礼な態度。剣を抜きかけたが、私の言葉でどうにか思いとどまってくれたようだった。


「エリウス様やアレックス様をお呼びしますか? 今はお二人は……」

「いいの。ただヤトラに砦を見せたいだけだから」


 砦の案内なら私でもできる。レダを任務に戻させてヤトラと二人、砦の門をくぐった。

 監視塔、訓練場、炊事場、談話室……と巡ったところで、最後に比較的新しい設備である養鶏場ならぬ養コルクッヤ場へと向かう。


「コルクッヤって確か、あのギョロ目のデカい鳥だよな」

「ええ。あれ、食べると結構美味しいのですのよ。人の手で決まった飼料を与えればさらに味も、質も変わると思いますわ」


 あれからコルクッヤはすっかり大きく成長し、実験の経過観察も順調に行えている。フォーレイン領の未来のためにも上手くいってほしいと願うばかりだが、この調子だと本当に上手くいきそうだ。

 そう遠くないであろう未来の変革にむふふ、とにんまり笑っていたところで、私の本能が危険を察知した。急いで物陰に身を隠すと、ヤトラもつられて隠れる。どうしたんだ、と目で問われるが、答えようがなかった。如何せん、本能のままに動いてしまったのだから。


 果たして、私の危機察知能力は高性能であった。


「ギィ、ギィ!」

「そうかそうか、よしよし。あまり派手に動くと水が漏れてしまうからな……っと」


 私が見たくもないものが入った桶を抱えて、エリウスが歩いてくる。ある程度進んだところで桶を降ろし、気色悪い魚の幼体の頭──だと思う──を撫でながら、エリウスは周囲をキョロキョロと見渡した。何だか、怪しい雰囲気である。



次回更新は6月17日20時となります。

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