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夫が拗ねました



「……なるほど、その事件がきっかけでサーシャ嬢と出会ったのですね……」

「意外だよね。王都だから、もっとこう、お花がたくさん咲いてる綺麗な庭園で……かと思った」


 エリウスの話を聞き、ラミアと小声で意見を交わし合う。話を聞いているうちに段々と噂話が大好きな女としての性が出てきてしまったのだ。辺鄙など田舎のフォーレイン領では出会いらしい出会いがない。新たな出会いは魔物とばかりのここでは、近所の息子と娘が結婚して……と、顔見知りが親族になるか、親族がさらに深い関係の親族になるか。本当にそれしかないものだから、物珍しい話は貴重な娯楽となり得るのだ。


「それで? 婚約まではどのような流れで? ……デートは何回したのです? 手は繋ぎましたの? 口づけは? あちらの方々は手入れもしっかりされてて肌はしっとりすべすべ、唇はぷっくりふわふわと聞いておりますの。サーシャ嬢を始めとした女性は皆そのような感じでしょうか?」

「マグノリア様。いくらエリウス様でも、そんなに矢継ぎ早に尋ねたら答えられないよ……サーシャ様ってかわいい? やっぱり国の中央の人って皆綺麗? 花びらを浮かべたお風呂に入って髪に香油を塗ってるって本当? 髪の毛サラサラでふわふわ? リボンで結んでもすぐに解けちゃうほど艶やか?」


 いつの間にか主人のベッドに上がり込んでいたラミアと共に──無礼にも程があるが、ラミアなので許してあげよう──エリウスに質問をぶつけていく。

 やけに好奇心旺盛な女性二人に押されたエリウスは、少しばかり不服そうに眉間に皺を寄せた。そして小さな声でボソリと呟く。


「……普通、前に付き合いのあった女性の話は聞きたがらないものなのでは……?」


 唇を尖らせた、不貞腐れた子供のような表情。ラミアと目だけで意思疎通を図り、その真意を見ようとする。パチパチと瞬きをして、見つめ合うこと数秒。


 ──つまりは、「前の女に嫉妬はしないのか」と言いたいのだ、彼は。


 きっと花の都ではそのような感情が飛び交っている場面に何度も遭遇していたのだろう。だが、私はそんな醜い感情とは無縁の女である。何故なら。


「エリウス、どうせ貴方、サーシャ嬢のことは愛してなかったのでしょう」

「っ、ま、まあ……そうだが……」

「いくら好意を示してもエリウスは少しも反応を見せなかったのでは? 嫉妬どころか同情さえしてしまいますわね。私に対しては、私が求めてなくても夜な夜な愛してるーだのなんだの言ってくるというのに……」

「それは……マグノリア殿のことは好き、だから……」


 そう返されるなり、エリウスは途端にバツの悪そうな顔になった。

 ここしばらくエリウスと過ごしていくうちに彼の人となり……好みといったものもわかってきたつもりだ。彼は自分が気に入ったものには──例えそれが他者から見ればゲテモノだとしても──落とさず、貶さず、真っ直ぐに己の愛情をぶつける。反面、気に入らないものには、必要最低限は知ろうとするものの、興味そのものを持たない。

 エリウスの語り口からは、サーシャに関する情報があまり得られなかった。恐らく、いや、絶対、この男はかつて婚約者だった女性に何の感情も抱いてなかったに違いない。せめて何か思うとしても、精々「面倒臭いな」とか「我儘だな」とかその程度だろう。


 現夫がそう認識している女に嫉妬するには、それこそ婚約していたという事実に噛みつく以外の道がない。つまり──自分で言うのも何だが──そんな男に毎日愛の言葉を囁かれて愛されている私は、嫉妬のしようがない。

 そして今の私は、嫉妬に怒り狂う女ではなく、都会から輸入されてきた面白話に涎を垂らして齧りつく犬である。ただ単に、純粋に、情報が欲しくて仕方がないのだ。


「そもそもエリウス様って恋愛面に興味ないでしょ」

「……何故そう思う?」

「愛の言葉の語彙が少なすぎるもん。毎回毎回、単調な台詞で……ま、エリウス様は顔がカッコいいから子供の告白の台詞でも十分にカッコよく見えるんだけど。そんなエリウス様が、仮にもしもサーシャ様にお熱だったら、もっと語彙が磨かれてたと思う」


 今度は絶句された。ラミアの言葉には同意すべき部分しかないが、言い方というものがある。ケラケラと笑う無邪気な小娘の脇腹を肘でつつき、ゴホンとわざとらしく咳払いをして。


「むしろそこがエリウスの良いところですわ。何か、こう……ええ、真面目なところ! それに、飾り立てる言葉が多い男は軽薄だと兄上も言っております。飾り気のない言葉で、きちんと己の心を表せるのは素敵です……わ……」


 エリウスの機嫌を取ろうと思ったのだが、どうやら逆効果だったようだ。その大きな手で自分の顔を覆い、エリウスはガックリと項垂れる。そして「飾り気のない言葉……」と呟く声が聞こえてきた。今のエリウスには、言葉選びに関する語句が刺さってしまうようだった。


「……………………」

「……………………」

「……あの、エリウス……」

「……………………」


 耳に痛すぎる沈黙。ラミアは巨大生物を前にした猫のように、そろりそろりとベッドを降りて壁際に逃げた。


「お話の続きは……」

「……夜も遅いから続きは明日で」

「えっ!? ちょっと、エリウス!?」


 布団を頭まで被り、完全に外界を拒絶する姿勢に入られてしまった。布団越しにゆさゆさとエリウスの体を揺さぶるが、流石戦士というべきか、女の細腕ではびくともしない。少し柔らかい巨石に触れている気分だ。

 私も十分に悪いが、一番の原因はラミアである。今度は衝立越しにラミアを睨めば、向こうからは下手くそな口笛が聞こえてきた。もしも目の前にあの小娘がいたら、思いっきり目を逸らして、ぴぃーひょろひょろと間抜けな口笛を吹きながら手をくねくねと動かして空気を誤魔化そうとしていただろう。


 折角面白い話が聞けていたのに、と頭を抱えて──悪いのは聞き手側だが──諦めてエリウスの横に寝る。こんな心持ちで眠れるかしら、と心配していたが、私という人間は本人が思っている以上に図太いのだろう。すんなりと眠れてしまった。

 多分、寝入る際にエリウスに「愛してる」と言われなかったからだと、思う。



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