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とある事件がきっかけ

エリウス視点です。


 

 賑やかな食事を終えて食堂を出る。そろそろ戻るか、と先輩が声をかけたその時、大通りの向こう側から悲鳴が聞こえた。先程まで締まりのない顔をしていた男たちが、瞬時に「騎士」の顔になる。


「……行くぞ!」

「はっ!」


 いくら昼休憩とはいえ、自警団の役割を担っている「騎士」である以上、常に帯剣した状態で行動していた。全てはこのような有事にすぐに対応するためである。


 街路を駆け抜ける。野次馬の人混みを掻き分けて進めば、その中央には少女と男がいた。

 少女は、帽子で顔を隠しているがその身なりから貴族の子女なのだろうと推測できる。供もつけずに一人で彷徨くなど正気の沙汰ではないと思ったが、先に少女の安全を確保しなければならなかった。


「いやっ! 離して!」

「ッ、騒ぐな! 事を大きくするんじゃない!」


 男もまた、整った身なりをしていた。しかし、その綺麗さにそぐわない行動をとっているのは誰の目にも明らかであった。

 嫌がる少女の細腕を掴み、無理矢理どこかに連れて行こうと引っ張っている。少女はそれになけなしの抵抗──声を上げることで周囲の注目を引き、男を動きにくくさせていた。


「エリウス、お前があの男に突っ込んでいけ!」


 男が貴族であるのならば、もしかするとエリウスの顔を知っているかもしれない。顔を知っているということはすなわちエリウスの身分も理解していることに繋がる。その可能性に賭け、先輩の騎士は俺に突貫を命じたのだ。

 指示に従い、人々の囲いを抜けて前に出る。案の定、男は俺の顔を見るなり体を硬直させた。酷く驚いた顔で俺を凝視している。


「お……いえ、貴方様は……」

「その手を離せ。嫌がっているだろう」

「違います! これは決して……」

「従わない場合は反抗の意思があると見なす」


 男が言い訳をしようとしたが、強く諌めれば男は渋々と手を離した。これは後で騎士団の面々に伺った話だが、ああいう台詞を言う時の俺の顔は、言われたら最後、従わないと殺されると思わせるような凄みがあるらしい。酷い言われようだ。

 少女は解放されるや否やすぐさま男から距離を取り、他の騎士の元に走って逃げた。あとはこの男をどうするか、だけだ。

 この場で問答をしていては余計に人の目についてしまう。ついてくるようにと言うと男は大人しくついてきた。騎士団の駐屯所に、少女と男と共に戻って事情聴取を始めていく。


「……彼女はサーシャ。私、ミゲル=ワークトの愚女です」

「ワークト……王都近郊に領地を持つワークト卿……でしょうか?」

「はい。大変お見苦しいところを……」


 男はワークト家の当主、ミゲル=ワークトと名乗った。ワークト家は小さいながらも王都の近くに領地を持つ小貴族である。相違ないかと少女に確認をとれば、少女はこくんと頷いた。見知らぬ男に少女が乱暴をされかけていた、のではないことだけは判明した。


「娘のサーシャには何も言わずに突然外に飛び出してしまう悪癖がありまして……その上、こちらに見つかるとあたかも私が悪漢であるかのように振る舞うのです。これには本当に困らされました」

「……違うもん。自由にお出かけしたいだけなのに邪魔してくるんだから……」

「サーシャ! お前は自分が何をしているのかわかっているのか! 未婚の淑女がすべきことではないんだぞ!」


 こちらが尋ねていたはずなのに、いつの間にか親子喧嘩が始まってしまっていた。騎士団の面々が顔を寄せてコソコソと話し始めるが、ワークト家の親子は互いに怒りで周りが見えておらず、こちらの動向には一切気づいていないようだった。


「……つまりこれ、お父さんじゃなくて娘っこの方が悪いってことか?」

「そうなるなぁ……全く人騒がせな……」

「昼飯食った後に走らせられたこっちの身にもなれっての……」

「……とりあえず解放してやるか。じゃあエリウス、頼んだ」


 団長のダリルは何かと俺に面倒事を押し付ける傾向にある。周りの騎士たちも皆、面倒事が嫌いだから「それがいい」と一斉に頷き始めた。


「何で俺が」

「お前、あーいう輩の相手は得意だろ? 何せ王子様だから」

「皆が思ってるような暮らしはしてないが……」

「いーのいーの! ほれ、若輩者は若輩者らしく目上の言うことを聞け」


 多勢に無勢。ふう、と息を吐いて、一歩踏み出す。まだ言い合いを続ける親子の間に割って入り、二人を制した。


「此度の件はもうこれでいいので、ワークト殿は自領へお帰りください。もちろん、貴殿の御息女も連れて」

「なっ! 私はまだ買い物が……」

「サーシャ! ……申し訳ありません、騎士様。大変助かりました」


 まだ騒ぐサーシャの肩を掴み、父親のミゲルは駐屯所の正門を抜けて帰っていった。

 帰り際、サーシャはじっと俺の顔を見つめていて、その様子はどこか意識が抜けてしまっているようだった。何か言いたいことでもあるのだろうかと思い尋ねれば、「何でもありません」と顔を背けられてしまったが。

 とにかく、これで今回の事件は解決した。そう思っていたのだが、皆はそうは考えていなかった。


「……あくまで勘だけど、またあの子来るぞ」

「何でだ? あそこまで怒られて、それでもなお王都に遊びに来るなど……」

「遊びにじゃないよ。お前に会いに、だ」

「? 俺に? 何でまた」


 サーシャという貴族の娘が、どうして平民騎士団の一騎士に会いに来ると思っているのだろう。ただただ純粋にわからず首を傾げていると、「わからないかぁ……」とダリルが呆れた様子で天を仰ぐ。


「……一ヶ月。恐らく、一ヶ月以内に、お前に会いに来る。これに俺は一ヶ月分の食費を賭けるぞ」


 また賭けか、と俺は咎めたが、この時はまだこの言葉をただの遊びだと思っていた。

 この事件は、後に俺の婚約者となるサーシャ=ワークトとの出会いであった。



話はまだ途中ですが、エリウス視点は一旦終了になります。


【お知らせ】

今まで書き溜めていたものを予約投稿していたのですが、ストックが切れてしまったのでしばらくは隔日投稿といたします。ご了承ください。

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