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騎士団に入ってから

エリウス視点です。



 程なくして、時折昼間に俺の様子を見に来ていたキースが、夜にも俺の元を訪れるようになった。


「お前、最近城を抜け出して平民とつるんでるんだってな」


 兄の金の髪は、闇世の中でも十分に目立つ。それに対して俺の黒い髪は、昼にこそ目立つものの、夜のとばりにはすぐに溶け込んでしまう。

 そう言えば、と亡き母の姿を思い返す。母は女性にしては身長が高く、普通の男よりも平時の目線が高かったため、矜持を踏み躙られたと感じた貴族たち、とりわけ男らの当たりが強かったという。そのような彼女の血を受け継いでいるからだろうか、俺の背丈は年々伸びていった。かつては兄の方が高かったはずなのだが、今では俺の方が兄を下に見る程に大きくなってしまっている。


 いくら体が大きくなったとはいえ、まだ歳は十五に満たない。騎士として正式に入団できないとしても、まだ訓練をしない理由にはならなかった。いち早く理想の「正義の騎士」になるために、と木剣を振り続けたまま、兄に受け答えをする。


「騎士団に入れてもらいました。とはいえ、下働きですが。有意義な時間を過ごさせてもらってます」

「泥と汗に塗れた汚い平民騎士団は、確かにお前にお似合いだな。貴族子弟で編成された貴族騎士団の門を叩いて追い返されたんだろう」

「いいえ。私は最初から平民騎士団に向かいました。貴族騎士団は私の理想とするものではありませんでしたので」


 事実、俺は最初から平民騎士団に入ることを目指して城下町に降りた。

 騎士団にも大きく分けて平民で構成されたものと、貴族で構成されたものの二種類がある。前者は騎士と呼ぶのも烏滸がましいような安物の武具に粗忽な態度に……と、一歩間違えればその辺りの荒くれと変わらなさそうなところがある。平民騎士団とは、いわば平民による自警団のようなものだった。

 対して貴族騎士団は、見た目や態度が洗練された「騎士」そのものであり、多くの者がその一員になりたいと憧れるものだ。しかし彼らはあくまで外見だけが「騎士」なのである。貴族は戦うことを嫌うし、そもそも外に出ること自体を厭うのだ。実質、彼らはお飾りの宝剣だった。実際に戦いの場に招集されるのは兵士だけで、貴族騎士団とは見栄の塊のようなものである。


 俺の理想は、もちろん、平民騎士団だった。守るべきもののために力を振るい、そのために汗や泥に塗れるのならば喜んで汚れよう。


「大体、お前は王族だ。王族が城を抜け出て平民に混ざるなど、許されることだと思うな」

「城の広間を歩くことすら白い目で見られる王族が町に繰り出ようとも、気にする者はいないでしょう」


 そう返すと、キースは黙りこくった。

 それにしても、横目に見たキースの肉体は細く、肌は白かった。外に出ず、内に籠る典型的な貴族の姿そのものだ。俺とは何もかもが正反対で、唯一共通点があるとすればそれはきっと瞳の色だけなのだろう。


「……王とは、玉座に座り、まつりごとを行うものだ。戦いのは兵士の役目であり、王は兵士に守られる存在だ。剣を握るべきではない」

「王こそ、民草のために戦うべきだと考えます。確かに戦うのは兵士かもしれませんが、兵も民です。その兵士の生死を左右するのも、突き詰めていけば全ては王の手の中なのです。王は全ての民の守り手でいなければ……私は王にはなれませんが」


 兄のキースとは意見が一致したことなど、一度もなかった。兄は典型的な貴族で、俺は貴族の枠から外された者。考え方が違うのは当然だと言える。だが、どうも、それだけで兄との確執が生まれたようには思えなかった。


 幼い頃の俺にとっては、恵まれた環境にいるキースは憧れの対象であったと同時に、少しだけ、ほんの少しだけ、妬ましい人でもあった。何もかもを持っている彼が羨ましくて、憎らしかった時期が確かにあった。

 しかし己の理想を得た後、いつの間にかその感情はすっかり消え失せてしまい、キースは「腹違いの兄」から血の繋がりがある「貴族」になってしまった。有り体に言ってしまえば、興味を無くしたのだろう。


 少しでも早く理想の「騎士」になれるように、とひたすらに木剣を振り続ける。キースはいつの間にかいなくなっていた。





 ようやく騎士団に正式に加入することができ、正式に訓練に参加することができ、正式に出動することができ……と、とにかく全てが認められてからは、より一層俺の心持ちは明るくなっていた。

 何せ、理想に一歩近づいたのだ。皆と共に剣を振るうのも、打ち合いをするのも、人々のために戦うのも、何もかもが楽しくて仕方がなかった。


「エリウス! 飯食いに行こうぜ」

「ああ、わかった」


 先輩の騎士らに誘われて、町中の食堂に赴く。相変わらずいい匂いが立ち込めているそこに入り、適当に何かしらの品を頼んでいく。先輩らは酒類まで頼んでいた。

 俺が所属していた騎士団は比較的人気が高いということもあり、人が多い場所に向かえば多くの人が俺たちに絡んでくる。元々賑やかだった食堂が、さらに賑やかになっていった。


「ダリル! お前昨日大丈夫だったか? カミさんの怒鳴り声が聞こえたってお袋が言ってたけど」

「こいつ、昨日スってたもんな。しかもイカサマしてて負けるなんて」

「おい! エリウスの前でそれ言うなって!」

「……ダリル殿、賭博をした上にイカサマもしていたのか……?」

「まっ、前から言ってるだろ! 賭博は娯楽! お前が喜んで本に齧りついてるのと同じように、俺は喜んで賭博に齧りついてんだ!」


 注文した品が運ばれてもなお、彼らの煩さは止むことを知らない。だが、不思議とこの喧騒が心地良いのだ。時折彼らの、決して品があるとは言えない会話に口を挟みながら食事を摂っていく。


「お前、本当に食い方綺麗だよなぁ。うちの妹にも見習わせてぇわ」

「そうだろうか? よくわからないが……」

「俺たちの食い方見て、それでもまだそう言えんのかぁ?」

「……荒々しい山の男、という感じがして良いと思う」

「俺たちは町の男だッ!」


 彼らを始めとした平民騎士団の面々は、俺が王族だとわかってもなお態度を変えずにいてくれた。こうして軽口を叩き合いながら食事をとれる、ありがたい存在である。初めて俺と出会った時に俺が地面に寝転んで駄々をこねるという、情けない姿を見せたからかもしれないが。



もう少し続きます。

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