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王都での生活

エリウス視点です。



 どこもかしこも明るい王城の、日陰の庭。あまり手入れもされていないそこは、誰の目も憚らずに済むから俺のお気に入りだった。

 少し長くなった草の絨毯に腰を下ろして教師から勧められた「三人の賢人」を開く。栞は母の手製の、小さな押し花があしらわれた可憐なものだった。それを目安にページを捲り、続きを読んでいく。


 「三人の賢人」とは、それぞれ得意な分野・能力を持った三人の登場人物が、互いに力を合わせて困難に立ち向かっていくものだ。正義の騎士、狡猾な女狐、いんえいの盗賊の、本来巡り合うはずのなかった三人。彼らがとある出来事をきっかけに出会い、国のため、民のためにと戦う。この中で、俺は正義の騎士が一番のお気に入りだった。それこそ、王位を継ぐことはないとわかっているのだから、大きくなったら正義の騎士のようになりたいと思う程に。


 もう何度も繰り返して読んでいるから、一語一句間違いなくこの物語を覚えてしまった。だが、それでもやはり物語を綴った文字を目で追う瞬間は心が躍る。じっくり、ゆっくりと頁を捲っていると、ふと遠くから草を踏み締める音が聞こえた。


「またこんな陰気臭いところで陰気臭いことをしてたのか」


 金髪に緑の瞳。誰もが一目見て王族だとわかる容姿の、それに似合う上質な衣服に身を覆う少年。腹違いの兄のキース=クレ=アインツアルト。第一王子にして正妃の息子の、事実上の次の王位継承者である。

 彼はあまり本を読むのが好きではなかった。それもそうだろう、現在王城が保管する本のほとんどが歴史書や兵法書といった硬いものであり、かつそれらは全て原本を書き写した複製品──写本である。字を書くことに特化した専門家であるとはいえ、人の字は人の字。読みにくい、と感じてしまえばそれまでなのだ。ましてや市井に出回る物語等の写本は、専門家でも何でもない者が作ったものばかりだった。

 キースは崩れた字を読むのを嫌う者の一人であったが、そう考える者は決して少なくはなかった。物語といった娯楽作品の写本を欲しがる者の方が、場合によっては他の者の目には奇異に映るものだった。


「兄上。読書は陰気臭いことではありませんよ。歴史書と同様に多くのことを学べます」

「だが……うん、字が汚いな。汚くて読む気にもなれん。よくもそんなものを読めるな」

「汚いと感じたことはありませんが……読みにくいと仰るのであれば、私が書いたものをお渡ししましょうか? 先日、教師にも字が綺麗だと誉められたのです。決して自分を過大に評価しているわけではありませんが、少なくともこの本のものよりは綺麗だと思います」


 素直に、率直な意見をキースに返すが、彼は俺を一瞥して鼻を鳴らして「庶子にお似合いの汚い本だ」と罵るなり、ふらりとどこかへ消えてしまった。


 俺は次期国王として相応しくなるための教育を受けさせてもらえず、キースはそれを求めずとも受けることができた。庶子の俺はあまり表を出歩くことができなかったが、キースは誰に何を言わなくとも表を堂々と歩くことができた。俺に好意を示してくれる者は母と専属の教師だけだったが、キースにはたくさんいた。

 俺にはないものをキースはたくさん持っており、俺からすれば十分に恵まれすぎた存在だった。それなのにどうしてこんなにも俺に突っかかってくるのだろう、と当時の俺は不思議に思っていた。だが、不思議に思っていただけで、キースについて考えるよりも目の前の物語や鍛錬の方が大事だったため、大して深く考えることはなかった。


 今、こうして思い返してみると、この頃から既にキースは俺に何かしら思うところがあったのかもしれない。



 十二になった年、最愛の母が亡くなった。死因は解明されておらず、ただ遺体を埋めるだけの簡易的な葬儀が執り行われた。

 使用人だった母は俺を身籠った後は側室として迎え入れられていたが、その実は元の使用人と何ら変わりない生活を送っていた。俺の父親である国王は母を身籠らせたにも関わらず関心を寄せなかったらしく、後ろ盾も何もない状態で母は絶大な権力を持つ正妃の前に立つことになってしまったのだ。俺には母や教師という味方がいたが、母を守る人は誰もいなかった。この事実に気がついたのは母が死んだ後だった。

 葬儀用の喪服を着た俺は、一人で自室へと戻った。陽の当たらないそこにはもう母はいない。数日後に聞かされたが、母が死んだ後にすぐに教師がその任を解かれ、田舎へと戻されたという。だから俺の傍にはもう誰もいなかった。


 母の死をきっかけに己の弱さを酷く痛感した。俺を守ってくれた母は誰にも守られることなく死に、冷たい土に埋もれて眠っている。母が何とか用意してくれた、教え導いてくれる教師もいないから、これからどうすればいいのかがわからない。


 ジメジメとした室内の空気を入れ替えようと窓を開けたところで、ふと本棚に入っていた一冊の本に目が行った。

 「三人の賢人」。教師が勧めてくれた、初めての物語。何度も繰り返し読んでいたから頁はすっかり手垢で汚れているし、表紙もボロボロになってしまっている。が、この一冊の小汚い本は、いつまで経っても俺の心の支えであった。

 そして、ある夢を思い浮かべた。かつての俺は「正義の騎士」を目指していたのだ。心の中の正義が赴くままに弱きを助け、悪を挫く。立派な騎士になることを。


 一冊の小汚い本が、心の支えからこれからの指標になった瞬間だった。


 すぐさま城を抜け出して、城下町にある騎士団の駐屯所に駆け込んだ。騎士の登用は十五からだ、と追い返されそうになったが、何とかごねて──大勢の騎士の前で両手両足を広げて寝転び暴れるというものだったが──結果、下働きとして置いてもらえるようになった。

 騎士団の食事の準備や馬の世話をしながら訓練の様子を盗み見て剣を覚え、夜には誰も立ち寄らない城の庭の一角で木剣を振るっていく。そのような生活はもちろん大変で苦しかったが、不思議と辞める気にはならなかった。苦しい分、楽しかったのだ。



もう少し続きます。

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