夫が過去のことを話してくれるそうです
時は夜。つまり、寝る時刻。
相変わらず私たち夫婦はベッドの上で仲良くお喋りを続けている。エリウスが今日あった出来事を切り出すことで会話が始まるのがいつもの流れだった。が、今日はその流れから外れるようだった。
普段なら胡座をかいてすっかりくつろいだ様子で始まるのだが、今夜のエリウスは正座で、そして険しい表情で、私がベッドに乗り上がるのをジッと見つめていた。このようになった原因は大方予想がつく。腹違いの兄王子に関することか、もしくはヤトラ関連か。前者はともかく、後者が原因であるのならば、高確率で私が悪いことになる。
「……あの、マグノリア殿」
「はい」
「ヤトラという男のことだが……」
険しい表情だが、よくよく見れば目が何かを訴えかけている。怒りではなく、悲しみや戸惑いといった感情。例えるならば「本当に心変わりはしていないのか?」と尋ねてくるような、捨てられかけている子犬の目だ。私よりも随分と背丈もあって体の大きな男がこのような顔をしているのは、そう思うべきではないかもしれないがなんだか面白い。
「大丈夫ですよ。私にはエリウスだけですから」
「えっ……い、いや、しかし、普通は何の関係もない男と共にいるなど……」
「何の関係もない男ではありませんわよ」
「なッ!? 何ッ!? 関係があったのか!?」
面白いが、流石にずっとこのやりとりを続けていくうちにやがて飽きてしまい、面倒に感じるだろう。将来の私の姿を予想して、ひとまずヤトラの「秘密」を伝えることにした。
「ですから、何の関係もない『男』ではありませんの」
わざと「男」の部分を強調して伝える。エリウスは疑い深いが、聡明だから気づいてくれるはずだ。「男、ではない……」と私の言葉を繰り返し、次に「男、ではない……?」と疑問形になり、最後には「男、ではない……!?」と驚愕した。そして何年もの不安やら何やらが積もりに積もって形成されたかのような深い溜め息を吐いて、エリウスはガクンと首を垂らした。
「何だ……そうだと知っていれば……待て、じゃあ、ヤトラ=ソドリアは、ソドリア家を継ぐ嫡男なのではなく、嫡男として育てられたということか……?」
「察しが良すぎますわね。そういうことですわ」
「成程……そうか……そういうことか……」
項垂れるエリウスの肩をポンポンと叩けば、「最近は慰められてばかりだ……」と小さな声が漏れ出た。私の知らないところでアレックスにも同じように肩を叩かれていたのだろうか。
「それにしても、私のこと、好きすぎではありませんか? まさかここまで大っぴらに感情を表に出されるとは思いもしませんでした」
今度は咳き込んだ。先程からコロコロと態度や表情が変わり続けていて忙しい男だ。背中をさすってやれば、情けない呻き声が聞こえてきた。
「俺がマグノリア殿のことを好いているのは事実だし、そのことはもう周知済みだろう……?」
「ええ。もちろん」
「だから……その、他の男と近くなりそうになると焦ってしまうのは仕方がない……と思う」
そう言うなりエリウスは顔を背けた。顔を見られたくなかったのだろうが、どんな顔をしているかは真っ赤に染まった耳を見ればすぐにわかってしまう。
本当に、可愛い夫だ。
「では子作りしますか」
「だっ、だから何で! この流れでそうなるんだ!?」
ますますエリウスの顔が赤くなり、ずさささと大きな音を立てて私と距離を取ろうとし……エリウスはベッドから落ちた。ゴツン、と鈍い音が響き、遅れて言語化できていない言葉が床から聞こえてくる。恐らく後頭部をぶつけたに違いない。
「大丈夫ですの?」
「……ッ、う、だ、大丈夫……」
程なくして、後頭部をさすりながらのそのそとエリウスが戻ってきた。改めて正座で座り直すなり「別の話をしよう」と言われてしまったので、私もこれ以上は軽口を叩くまいとニヤニヤとした口を閉じた。
「兄……キース王子の件だが、あれから何故このようなことをしでかしてきたのかを考えていた」
ヤトラや、いつぞやのデートを尾行していたゴロツキなど、あれらは全てキース王子が関わっていることだった。だが、目的があまりはっきりとしていない。前者については「迷惑をかけろ」程度の指令だったらしいし、後者に至っては見てこいとだけ言われていただけらしいし。
何がしたいのか皆目見当がつかない。もしかすると本当に嫌がらせ目的なのかもしれないが。
「多分それで合ってる。兄のことだから本当に、嫌がらせをしたいのだと思う」
「それ……すごく幼稚ではありません……?」
「そういう奴だからな。大方、罪人として辺境に送られた俺が酷い扱いを受けることなく、普通にのうのうとしていられるのが癪なのだろう」
最初は、エリウスにやることをやってもらった後は酷使しようとフォーレイン家の兄妹が考えていた、ということは黙っておこう。今はむしろ大事に扱っているのだからいいとしよう。
ここまでキース王子の話を聞いてきて思うのだが、彼の人物像が、馬鹿だの阿呆だの、性格が捻じ曲がっているだの……負の側面しか見えてこない。かの王子に良い面はないのだろうか。
「良い面……は、ちょろいところだろうか。すぐに騙されるし」
「それは良いとは言えませんわね」
「挙げようがないな。あまり関わり合いがなかったというのもあるが」
キース王子は正妃の子で、エリウスは庶子。どちらにも王位継承権はあったが、扱いの差は歴然であったという。それなら関わり合いも少なくなるのだろうかと納得できそうな反面、兄のアレックスと共に同じ環境で育ってきた私にとっては想像し難い光景でもあった。
「もう少し詳しくお話しできませんの?」と尋ねれば、聞いてもあまり面白くないぞと返される。簡単にかいつまんでの思い出話なら何度か聞いたことがあるが、深く掘り下げた話は一度も聞いたことがなかったのだ。キース王子のことを知りたい気持ち半分と、何をしたらそんなに兄に妬まれるのかとエリウスがしでかしたことの仔細を知りたいという興味本位の気持ち半分で頼み込んだ。
「本当に面白くないと思うんだがな……」
などと言いつつも、どこから話そうかと思案しているのだからありがたい。今日の寝所の番のラミアも、いつの間にか壁沿いの椅子から立ち上がって衝立に張り付き、こちらの話を伺っている。本人は姿を隠しているつもりだろうが、私と目が合ってしまっている時点で隠れていることにはならないのだ。
ようやく何を話すのか決めたのだろう、エリウスが口を開く。私──と野次馬のラミア──は息を飲んで、彼の話に聞き入る姿勢を作った。
次回はエリウス視点です。




