罪人が一人増えました
「本日より私専属の従者になりますわ。ヤトラ、ご挨拶を」
「マグノリア様の従者となる、『平民』のヤトラだ。よろしく頼む」
わざわざ平民の、と強調するヤトラ。だがエリウスの頭の片隅にその名前が記憶されていたらしい。
「ヤトラ……どこかで聞いたことが……」
「それもそうだろうな。俺は元はソドリア家の嫡男、ヤトラ=ソドリアだからな」
「ソドリア家……そうか、あの……」
「いやいやいやいや、待て待て」
ヤトラの家名を聞くなりエリウスは黙り込んだが、何かを探るようにヤトラを睨む。彼らのやりとりに割って入ったのはアレックスだった。
急だったからアレックスの昔の服を着てもらわざるを得なかったが──私の服も着せようと思ったのだが着慣れないと断られたのと、何より着るとしても胸周りが合わなかったため──中々様になっている。見た目がどうというよりも、立ち振る舞いが堂々としていた。流石、貴族の嫡男として育てられただけはあるものだ。
ヤトラの許可を得て、ラナを筆頭とする使用人らにヤトラの性を伝えはした。だが、エリウスとアレックスには一才何も伝えていなかった。何故なら、その方がなんだか面白そうだから。
朝食の場に捕虜が姿を現したことに二人は驚いていたし、その上私が捕虜もとい従者のヤトラに席を進めたことにも驚愕していた。まだ右腕を負傷中で左手でカトラリーを持つアレックスが、行儀悪くスプーンでヤトラを指しながらヤトラと私を二度見する。
「マグ……その男、昨夜お前を拐かしたのを忘れてないか?」
「もちろんおぼえておりますわよ。重要な情報源だということも重々承知ですわ。ですから、皆様の前で此度のことを申し開きさせようと思い、この場に連れて来たのです」
「そうか……って、問題はそこではない。従者とは何だ、何も聞いてないぞ」
「言っておりませんもの。聞いてないのは当たり前ですわ」
オホホホホ、とまだ朝で本調子ではない喉を酷使して高笑いをしてみせた。アレックスは唖然とした顔でこちらを見ているし、エリウスは口に出さないものの、得体の知れないヤトラを目で射殺さんばかりに睨みつけている。これに物怖じしないヤトラは肝が据わっている。
食堂の壁際にはメイドのラナとその娘のラミアが控えているが、ラナは平素どおりなのに対してラミアは肩を震わせて笑っている。感情が表に出やすい子だから気安く教えるべきではなかったと一瞬後悔をしたが、ウチの男どもにはそれが目に入っていなかったようでひとまずは安心した。
「ささ、兄上と私の夫は無視して、話を」
「……わかった」
ヤトラは既に使用人たちと共に食事をとっていたから、とりあえず彼──もとい彼女の前には茶だけが用意されている。裏の世界に身を落としたヤトラの言葉遣いはすっかり野蛮になってしまっているが、所作だけは洗練された貴族のままだった。エリウスに負けず劣らずの丁寧かつ品性を感じる茶の嗜み方に感心してしまう。
「俺に依頼を持ちかけてきたヤツだが、キース第一王子……本人が直々に俺のところに来た」
「やはりか……兄が絡んでいるとは思っていた。目的は?」
「迷惑かけろとしか言われてないな。こいつのせいでー、って感じで弟の肩身が狭くなるようにしろなんて言われて困ってたんだ」
「前金だけでも十分に生きていけるぐらいだったから引き受けたけど」となんてことなく言ってのけてしまうヤトラ。何でも、キース王子はヤトラを「ソドリア家の後継ぎ」とはわかっておらず、「凄腕の何でも屋」としか認識していなかったようだ。エリウスに恨みを持っていてもおかしくなさそうなソドリア家の人間を、偶然とはいえ見つけ出してエリウスの元に行くように言えたのはすごいと思う。
「で、一人で向かったんだが……魔物が多いなぁここ! 死にかけたから最初は様子見してた」
「他に依頼された者はわかるか?」
「他は……何人かいた、けど、今どこにいるかはわからん。その辺りにまだいるか、もしくは魔物の腹の中だ」
エリウスの手が止まる。そしてジッと、手元の皿──魔物の肉のステーキを凝視していた。これから食べようとしているものが人間を糧に育ったなどと考えるだけでも気持ち悪いのはわかる……と同情していたのだが、エリウスはフッと短く笑うなりさっさと切り分けて口の中に放り込んでしまった。今の笑いは一体何だったのだ。フォーレイン家に害をなそうとしたのに目的を達成することなく魔物に食べられた輩を無様だとでも思っているのだろうか。そのような黒い思考回路だから王都を追放されたのだろう……。
「あんたらが思ってる以上に魔物の脅威は国、とりわけ中央の人間には伝わってない。俺も最初はちょろいだろうと思ってちょっかいを出して、返り討ちにあった」
「……ヤトラは、どうやらあのクロガナに手を出してしまったようです」
「そうか、クロガナに……」
朝食の場が一気に静まり返る。
「ッ、へ、はッ!? クロガナァ!?」
嘘だろう、とアレックスは頭を抱えようとしたところで、右腕を負傷していたのを思い出して痛む箇所を抑えた。エリウスは眉間に皺を寄せて考え込む仕草をとっている。
クロガナとは、伝承上のドラゴンに似た姿を持つ魔物である。大空を飛ぶ巨大な翼も、炎を吐き出すための器官も持ってはいないが、鱗に覆われた強靱な体に、触れたものを全て切り裂く凶悪な爪を持つ、恐ろしい魔物だ。
個体数が少ない上にその生涯のほとんどを山奥で過ごすために詳しいことはほぼ何もわからないに等しい。戦闘記録もかなり少ない、得体の知れない存在であるのだが。
「黒くて、なんかドラゴンから翼をもぎ取ったみたいな見た目してて……話を聞く限りだと幼体だと思うんだが、それでもやっぱデカかったな。死ぬかと思った」
「……それにちょっかいを出したのはいつだ?」
「ざっくり半年前」
「半年前か……」
半年前、つまりエリウスがフォーレイン領に送られてきた頃。それから程なくしてコルクッヤの番が暴走して領内に侵入しようとする事件が起き、エリウスにコルクッヤの卵を取りに行ってもらった時には恐ろしいほど上手くいく──親のコルクッヤに遭遇することがなかったということがあった。ついぞこの間にはギィリが大量に出現する事態まであったのだ。
そしてクロガナは、魔物界の頂点に君臨している強大な存在と言っても過言ではない。その牙で、その爪で、我々人間が苦労をしてやっとの思いで討伐している魔物を、いとも容易く傷つけ、殺せてしまうのだ。
「ヤトラに刺激されたクロガナが、その怒りの赴くままに他の魔物を攻撃している可能性があるな……」
つまり、ヤトラが最初に手を出したクロガナが、コルクッヤを始めとする他魔物たちを襲い、そして我々の身の回りで起きた怪事件・怪現象に繋がった、と考えられる。
「……アレックス殿、この者、殺した方がいいのでは?」
「やめろエリウス……罪人という点ではお前と同類だ……」
殺気を隠す気のないエリウスを、アレックスが自由のきく左手で制する。ヤトラは飄々とした雰囲気でニヤリと笑い、それからその口元を隠すようにカップに口をつけた。
「ヤトラからできる限り情報を引き出して今後のキース王子対策を考えてまいります。ですので兄上とエリウスはクロガナへの警戒をお願いいたしますわ」
この場は大分険悪な雰囲気になってしまったが、全体に今後の指標が共有できただけでも良しとしよう。
王国の内側のキース王子問題と、外側のクロガナ対策問題。今後はこの二つと戦っていく必要がある。フォーレイン家に婿入りした罪人と、王国中心部からやってきた罪人が睨み合う中、私は他人事のようにそう考えた。




