やはり寝所を別にすることにしました
男を兵士たちに連行させ、私はエリウスと二人、並んで歩いて帰っていた。
よくよく見れば、エリウスの格好は軽装にも程がある。己の身を守るものも、戦うものも何も持っていない。エリウスのことだから大丈夫だとは思うが、普通、このような格好で誘拐犯の元へと乗り込んでいくのは無謀である。
私が閉じ込められていた小屋は、フォーレイン邸の裏に広がる森の奥にひっそりと建っていた。確か、森の中で作業をしていた者たちが休憩したり、あるいはそこに腰を据えたりするためのものだったと記憶している。が、今ではそれを使う者はおらず、年月の経過とともにまさしく「ボロ」になってしまったのだ。
あの小屋から解放された直後──正確には目線だけでも男を殺さんばかりの勢いのエリウスをどうにか止めて男を連行させた後、エリウスは私を横抱きにして運ぼうとした。歩けないわけではないから断ったが、せめてもとエリウスは私の服の裾を優しく丁寧に、かつ念入りにパッパッと払うだけに留めてくれた。長年放置された、埃だらけの床に寝転がっていたからか、エリウスが叩くたびに思っていた以上に埃が舞い上がる。その後、こうして二人で邸宅へと戻っていた。
私の夫は背が高い分、脚が長い。だから普段通りにあるけば今頃はもっと先を歩いているはずなのだが、私と並ぶ時は私の歩幅に合わせてゆったりと歩むようにしていた。その心遣いや優しさを、先程のあの男にもむけて欲しかったとは思うが。
「……助けに来てくださって、ありがとうございました」
「当然のことをしたまでだ……無事で良かった、マグノリア殿」
心配したというのは本心だろう。だが、それよりも不満の方が強いのか、横顔は不服そうに表情が固かった。
「あの者を殺せば、大事な情報源が絶たれてしまいます。キース王子が裏にいると分かれば尚更、情報が届きにくいこの地においてあの者には価値がありますの。どうか理解なさって」
「それは分かっている。分かっているが……あれは貴方に危害を加えた……俺は許すことができない」
「エリウス……」
彼は、私の身を案じて本気で怒っていた。本来取るべき行動から目を背けて感情に突き動かされるがままになってしまう程。それで人を殺しかけたのはいただけないが。
「そこまで私を想ってくださっていて、私は嬉しいですわ」
「想っ……!? た、確かにそうなのだが、いや、ええと」
瞬時に顔を赤くしてしどろもどろになる様子は、いつものエリウスらしくてやはり見ていて落ち着くものだ。笑いを堪えきれずにいれば、エリウスは困ったように眉尻を下げた。
ざく、ざく、と草を踏み締めて歩いているうちに、ふと、とあることを思いついた。エリウスにキチンと伝えねばと思い、両手をパンと叩いて勢いよく隣の夫の方へと振り向いて口を開く。
「あ、そうそう。今日は寝所を別にしましょう」
「わかりま……えッ!? 本当に別にするのか!? アレックス殿は本気ではないと……!」
また、エリウスが慌てふためく。そんなに寝所を別にするのが嫌なのか、だとか、まだあの時の私の言葉が刺さったままなのか、と思ったが、本題はそこではない。食卓での出来事にまだ怒っていて、このようなことを言っているわけではないのだから。
「別に怒ってこんなことを言っているわけではありませんわ。あの男を尋問しようと思いまして」
「……尋問? それは俺でも……」
「貴方に任せたら、折角生かしたのに殺されてしまいそうですわ」
「……………………」
エリウスは黙りこくった。きちんと生かしておく自信がないと見た。どうしてここまで殺気に溢れているのか、怖さを通り越して面白くさえ思えてしまう。
あの男を尋問したいと言ったのは本音である。聞き出したいことは山程あるし、情報次第では今後の我々の動きにも変化が及ぶからだ。だが、エリウスは「しかし」と縋りついてくる。
「何も、危害を加えられたマグノリア殿がやらなくても……アレックス殿でも、それこそ他の者でも」
「私がやらないと駄目なのですわ」
「……何故だ?」
「秘密ですのよ」
オホホ、と高笑いをしてみせると、ニコニコとした私とは対照的に、エリウスはますます渋い顔になっていった。「まさかあの男に何かされたのか」だとか「あの男の方が良いのか……?」だとか、放置していると段々と後ろ向きな思考に陥ってしまうものだから、流石にそれはまずいと──からかい混じりだが──決して浮気ではないと伝えていく。
「いや、マグノリア殿の不貞を疑っているわけではないのだが……何だか、俺があの男に負けたようで……」
「そもそも、あの者とエリウスを同じ立ち位置で比べることはできませんわよ」
「? それはどういう……」
「それも、秘密ですわ」
こればかりは、エリウスにも言えなかった。何故ならあの者と「約束」をしたのだから。
意味ありげにむふふ、と笑う私を、エリウスは不満げに見つめた。




