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私がいなくなったことに気づいたようです

アレックス視点の短めの話です。



「マグノリア殿を怒らせてしまった……」


 飼い主に大目玉を食らわされた犬のように、悲しげに目を伏せて、しかし食事は続けるエリウスの姿が、なんだか面白い。先程出て行ってしまったマグノリアも、怒っているような顔に声音ではあったが、口端がピクピクと動いていた。私のように笑いたくて仕方がなかったのかもしれない。


「気にすることはない」

「一人で寝ろとも言われてしまい……はぁ……」

「時間が経てばマグも冷静になって戻ってくるだろう。その時にでも謝るといい」

「……許してもらえるでしょうか」

「本気で怒っていたら、今頃お前は森の奥に吊るされて魔物の餌にされてるぞ」


 すっかりしょげた様子のエリウスの肩をポンポンと叩く。これで少しは持ち直してくれればいいのだが。

 まさかここまで落ち込んでしまうとは思ってもいなかった。少し前までのエリウスならマグノリアが言うことには二つ返事で承諾していたのだが、ここ最近の彼は自己主張もするようになってきた。先程のギィリに対する謎の熱意の表しもきっと、それの一つなのだろう。マグノリアに慣れてきた証拠だ。


 「本当に大丈夫だぞ」と慰め、励ましているうちに、二人だけになった夕食が終わった。その後は、一日を終える準備をするだけである。

 食堂を出て──まだエリウスの背を叩きながら──廊下に出たところで、窓が一箇所、開いていることに気がついた。ラミアが開けっぱなしにしてしまったのだろうか。

 その時、エリウスの表情が変わった。先程までの悲しそうな顔から、戦場に立った時のような険しい顔に。


「……血のにおいが、します」


 それを聞いて私の気も引き締まる。そして、瞬時に思い浮かぶのは一人で席を離れたマグノリアの膨れっ面。


「ッ、マグ! マグを探せ!」


 使用人たちに号令を出し、屋敷の者総出でマグノリアを捜索した。が、どこにも妹の姿はなかった。

 夕食後──正確にはマグノリアが一人、早く食事を切り上げて食堂を出た後、マグノリアは行方不明になった。あの夫婦喧嘩の後だから家出か何かをしたのかもしれない、と考えることもできるが、私の妹はそのようなことをしでかす女ではない。

 状況からも、そこから何者かに拐かされた、と考えるのが妥当だろう。


 ──それにしても、いかにも「拐かされた」のだとわかりやすい状況だ。


 どうも嫌な予感がしてならない。マグノリアを誘拐した者は一体、何を企んでいるのだろう。


「申し訳ありません、アレックス殿。私がマグノリア殿を一人にするようなことをしなければ……」


 そう言ってエリウスが頭を下げる。妻が行方不明だというのに、慌てふためくことなく冷静にいられるのは流石である。


「いや、私も油断していた。不届き者がこの館に近づいていたことに気づかなかったとは……フォーレイン家の当主としてあるまじきことだ」


 窓の向こうを見やれば、こちらも同様にわかりやすく足跡が残されている。これを追えばきっと、マグノリアの元へと辿り着くのだろう。

 今すぐ追いたいのは山々だが、私は今右腕を負傷しており戦うのが難しい。誘拐犯、しかもフォーレイン家の女を拐った輩と、この状態で対峙するのは避けたいところである。


「エリウス、行ってくれるか?」

「はい。アレックス殿にそう言われずとも向かうところでした」


 エリウスは快く承諾してくれた。本当に、この男は頼りになる。頼もしさにうんうんと頷いて、では準備を、と顔を上げたのだが。


 目の前にいたはずのエリウスが、いない。


 不届き者が侵入し、そしてマグノリアが拐われたと思われる、開いたままの窓。カーテンはまだ、外の空気を受けてはためいている。そこから身を乗り出して外を見れば、暗い森の中にエリウスが消えていくのが辛うじて確認できた。


「エリウス! 戻ってこい! ……クソッ!」


 私が声をあげる頃にはすでに、エリウスは森の闇へと消えてしまっていた。

 彼は鎧も外していれば帯剣もしていない。軽装の、丸腰である。マグノリアいわく、素手で何人もの武装した兵士を難なく打ちのめしたということだから、大丈夫だとは思う。彼の身の安全については特に心配する必要はないと思うが、問題はそこではない。

 彼は平静を保っていたのではなく、装っていたのだ。マグノリアが拐われたという事実に、冷静に物事を考えられなくなっていたのだ。


 ──あれでは、何をしでかすかわからないぞ!


「今すぐレダ小隊を召集しろ! エリウスを抑える!」


 マグノリアに手を出したことは許せないが、今回の事件を根底まで追いかけるためにも、犯人の身柄をある程度は守る必要があった。エリウスが犯人を殺してしまう前に、何としてもエリウスと犯人の両者を抑えなければ。



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