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私が拐われました



 何かの音が聞こえて意識が浮上した。あの寝相の良すぎる男の代表格であるエリウスがモゾモゾと動くなんて珍しい。どんな格好で寝ているのか見てやろう、と瞼を開いた。


「……あら?」


 見慣れない、ボロボロの天井、壁。そして私はベッドではなく床に寝転がっている。周りを見ようと体を捻ったところで、自分が後ろ手に縛られているのにも気がついた。

 どうやら私は、良くない状況に置かれているらしい。


「……起きたか、フォーレイン家の小娘」

「!」


 聞いたことのない、低い男の声。少なくともフォーレイン領の者ではないだろう。考えられるのはフォーレイン家に好意を持たない者、あるいは──。

 

「当てましょうか。キース王子の手の者……そうでしょう?」


 男の顔は、深く被ったフードと口当てに隠されて確認することができない。だが、雰囲気でニヤリと笑ったのがわかった。


「よくわかったな。なら、目的もわかってるのか?」

「さあ。弟の妻が欲しくなったのでしょうか?」

「はははっ。そりゃあいい。後はあんたを連れて帰ればたんまり金をもらえるな」


 男は埃だらけのベッドに腰を下ろして脚を組み、床に寝そべるこちらを見下している。随分と余裕そうな雰囲気だ。恐らく何度も、このようなことをしてきたのだろう。いつぞやのデートをつけてきたゴロツキとはまるで違う、「本物」だ。

 見上げる私の目を見て、戯けた様子で男は両手を挙げた。


「そんなに睨むなって。ただ面倒事を起こせって言われてるだけだし、殺しはしない。迎えが来たら返してやるよ」


 どうやら向こうには私を殺す気はないようだ。だが、拐かしてそのまま返す、などと子どもの遊びで済むようなことはないだろう。他にも何か、企んでいるに違いない。


「私を拐っただけでは面倒事は起きませんわよ」

「そうなのか。このまま死ぬまで放置されるかな?」

「待つ間もなく、王国一の最強の戦士が迎えに来ますわ」

「利き手が使えない戦士に、俺が負けるとでも言いたいのか?」

「貴方程度、左腕に棒を握っても倒せそうですわ」

「へえ……」


 男がベッドから立ち上がり、ゆったりとした足取りで靴音を響かせてこちらに近づいてきた。革靴の、中々に上質なものの靴音だ。身分もしくは地位がそれなりに高いのだろう。靴が眼前に迫ったところで男がしゃがみ、私の顔を覗き込んだ。

 見つめられているのはわかるが、こんなに近づいてもなお男の目はよく見えない。せめて瞳の色さえわかれば、助けられた後にで探し出して締め上げる手がかりにできるのだが。


「そこまで俺を挑発して、何がしたいんだ?」

「少し、お話を聞けましたらと思いましたの」

「雑談でもするのか?」

「そうですわね。キース王子について知りたいですわ」


 「あの馬鹿のことか」と男が呟く。エリウスだけでなくこの男もそう評するあたり、客観的に見てそのような評価をされるような人物なのだろうなと察した。

 寝転がる私の近くに腰を下ろし、男は相変わらず私を見下ろしたまま会話を続ける。


「金髪で、緑の目で……って、んなことは流石に知ってるよな。遠目に見ても王族だとわかる見目で、顔もそれなりにいいから女がよく寄ってくる」

「私、お人柄にも興味がありますの」

「馬鹿で、ないものねだり。いいところは……そうだな、金をよくくれるところと、すぐに人を信じる──騙されやすいところ、かな」

「あら、可愛らしいお人で。あのエリウスの兄様とは思えませんわ」

「そうだな。嫌な人間、という意味では流石兄弟だと言えるがな」


 この男は、エリウスのことを「嫌な人間」と言った。恐らく王都で何があったかを知っている人間だ。もしかすると、エリウスの近くにいた可能性も考えられる。


「でも、実害を考えますとエリウスの方が酷いですわよね」

「あの王子──今は元がつくが──正義感が強いが、その分過激なことをしでかすからな……俺の父も、あいつに散々追いかけ回された挙句、自殺したからな」

「あら……それはお気の毒に……」

「ま、悪いことしてたのは事実だからその報いだ。一歩遅かったらエリウスに殺されてただろうし」


 はぁ、とわざとらしく肩をすくめるが、どうやらエリウスを恨んでいるわけではないようだった。恨んでいるからといって私が代わりに謝罪をすることも、ましてやエリウスを差し出すようなこともしはしないが。


「大変ですわねぇ……」

「ほんと、大変だったな……あんたも大変だろう?」

「私? 私の方は大助かりですわ。少しばかりおかしなところもありますが……教育を施してやればどうにかなるものと」

「あんたらも十分変だけど、エリウスもそれに劣らず変な奴だよな……あの魚を食ったかと思えば今度は飼いたがるし」

「あら? ご存じでしたの? その場にいらっしゃいました?」

「ん? ああ」


 男の口調が段々と砕けてきて、饒舌になってきた。同時に、何か重要なことも漏らしている気がする。もしかして、もしかすると。


「貴方、フォーレイン領にはいつからおりますの?」

「えーと、確か半年前から……」

「半年前ェ!?」


 後ろ手に拘束されて寝転がされながらも、思わずのけぞってしまった。半年前と言えば、エリウスがここに送り込まれた時期である。そして、私の推測が正しければ。


「……魔物と戦われたこと、ございます?」

「ああ……初めて見た時はびっくりしたな。話にしか聞いていなかったから、まさか本当にいるとは思ってなくて。試しに狩ってやろうと思ったら、逆にこっちが狩られそうになった」

「おほほ……そうでしょうね……魔物をまともに一人で狩れるのは、アレックスとエリウスぐらいですもの……」


 魔物に襲いかかって逆に襲われた時のことを思い出したのだろう、深い溜め息を吐いて項垂れる男。そんな男を見て、私は渇いた笑いを零すしかなかった。


 ──この男、エリウスがフォーレイン領に来てからの魔物騒動に関わっているのでは?


 エリウスが来てから早速、暴走したコルクッヤが砦内に侵入するという事件があった。無事に怪鳥の番を討伐することができて一件落着、と思えたが、穏やかな性格のコルクッヤが何故あそこまで取り乱していたのかがわからないままだ。その後の、エリウスに卵泥棒をしに行ってもらった時も、よくよく考えればうまく行き過ぎていたのだ。

 この男、何か知っているかもしれない。捕縛して聞き出せないだろうか、と捕まっている身分でありながらもそう考えを巡らせていた。



次話はアレックス視点の短い話となります。

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