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デートが誰かにつけられていました



 食堂を後にして、再び大通りを歩く。

 出店の品数は減っていたが、それでもやはりまだ残っている。ここまで売るものがあるのは本当に羨ましい。アレックスや使用人の皆への土産として、南の海でとれたという魚を干したものを買うことにした。


「川はありますけど、そこに棲む魚の数はたかが知れてますからねぇ……ウチでは魚は滅多に食べられませんのよ」

「先日は巨大な魚の魔物と戦ったが……」

「まあ! ギィリを家畜化する気ですの?! 流石にあれは無理ですわ……例え餓死する未来が待っていたとしても食べたくありませんもの……」


 エリウスが戦ったと言っている魔物の名は、ギィリという。彼は魚だと形容しているが、あれは魚ではない。魚だと認めたくない。


 ──だって、デカい魚の胴体に別の生命体を彷彿とさせる「腕」や「脚」が生えているんですのよ!?


 あれを「半魚人」と呼ぶのも烏滸がましい。伝承上の半魚人はもっと、綺麗で、清らかな見た目のはずなのだ。決してあのような、二本の「脚」で陸地を闊歩するような気持ち悪い生命体ではないだろう。同様に、「魚」と呼ぶのも魚に対する侮辱である。


「焼いたら美味しかったが」

「……え? あれを? 食べましたの?」

「砦の皆で食べた。アレックス殿も召し上がってたな」


 絶句する私を見て、エリウスが大きく口を開けて笑った。もちろん、衝撃のあまり気絶しそうになった私の背に手を回すことも忘れてはいない。支えてもらえたのは嬉しいのだが、ギィリを食べた人間に触れたくないというのが正直な気持ちである。


「生命体は環境に合わせて己の姿や能力を変えていく。ならば、ギィリにも人の手をかけてやって、そもそも陸地で生きる必要性を感じなくさせてやれば、あの手足がいずれはなくなるかもしれない」


 至極真っ当なことを言っている気がするが、笑いを噛み殺しながら言われてしまうとどうも冗談のようにしか聞こえない。


「完全に魚な見た目になるまで、私は絶対食べませんわよ……!」

「実はもうトッド殿に打診してあるんだ。水源問題も解決できたし、あとはどこかにギィリ用の池とかを作れれば……まぁ、コルクッヤの家畜化が成功してからに……」


 ニコニコと表情を崩して語るエリウスの動きが、ピタッと止まった。数歩先に歩いたところでエリウスが立ち止まっていることに気づいて振り向こうとする。


「? どうか……」

「振り向かないで。そのまま歩いて。真っ直ぐ」


 早口で、ギリギリ私にしか聞こえない小ささで、そう告げられる。有無を言わさぬその口調に、何か唯ならぬ気を感じて私は素直に従った。

 また歩き出す。エリウスは先程とは打って変わって、険しい表情だ。


「……誰かにつけられている」


 驚きそうになったが、何とか堪えて平静を装う。まさかこの、まだ明るい時間帯の、かつ人の多い大通りで誰かに尾行される、なんてことがあるのだろうか、と問えば「尾行される者は皆、そう油断する」と教えられた。もしかしなくてもエリウスは誰かを尾行したことがあるのだろう。得体の知れない、怖い男である。


「向こうも人混みに紛れて油断しているだろう……適当な路地裏に入って、それを追いかけてきたところでしめよう」


 小さく頷き返し、エリウスの指示通りに歩く。そして言われた通りにエリウスの腕を引き、細い道へと引っ張り込む。これから若い男女二人が人目を忍んで何かをするように。


 ふと、一人分の靴音が速くなった。そしてそれは男女二人が入り込んだ場所へと向かい……。


「素人だな」

「?!」


 不意をつかれ、影から伸びてきた腕に男が捕まえられた。

 瞬く間にエリウスが捕まえた男を後ろ手に拘束し、そして地面に叩きつける。立ち上がれないように上に乗り上げて体重をかけてやれば、男は潰れたカエルのような悲鳴をあげた。長身の戦士は、相当重いだろう。男が可哀想だ。

 あまりの手際の良さに、思わず私は拍手をしてしまった。エリウスは照れ臭そうに笑ったが、この状況で笑えるなんて──人のことは言えないが──人間としてどうかと思う。


 エリウスが男へと目線を戻す。私たちを睨みつける不届き者に、エリウスは尋問を行った。


「素直に言うことを聞けば解放してやらんでもない。誰をつけていた?」

「誰が言うかよ」


 エリウスはフッと笑った。かと思えば、拘束した男の口を片手で塞ぎ、もう片方の手を男の指に伸ばし……。

 鈍い、嫌な音がした。


「もう一度聞く。誰をつけていた」

「ッ、お、お前だ、エリウスだ」

「口の利き方がなってないようだ」


 また、嫌な音がした。その時だけ口を塞がれるのだから、男は悲鳴をあげたくてもあげられない。


「エッ、エリウス様、貴方ですッ」

「俺目当てか。となるとフランデッド卿の手の者ではなさそうだ。誰に命令された?」

「そ、それは、言えません……」


 スッとエリウスの目が細められる。またエリウスの手が男の指に伸ばされるが、掴んだのは一本ではなく二本だった。

 ……流石、罪を犯して辺境に飛ばされただけある。嫌な音が、二重に響いた。

 

「左手の指があと一本だけになってしまったな……可哀想に。話してくれれば、俺もこんな手荒な真似はせずに済むのだが」

「はっ、話す、話します! キース第一王子です!」


 キース。キース第一王子と言ったか? その名前は確か、エリウスとは母違いの兄にして、エリウスに殺されそうになった兄王子、キース=クレ=アインツアルトではないか。

 やはりな、と呟くエリウスの顔からは何も読み取れない。


「つけて、それで終わりか?」

「はいっ! どのような暮らしをされているかを調べろと……」

「お前一人にその仕事が来たのか?」

「一人です……」


 ふーん、と感情のこもっていない声で反応すると、エリウスは最後の一本となった指に触れ……。


「本当です! 俺が酒飲んで一人でうろうろしてた時に! 金をやるから尾行してこいって言われただけなんですッ!」

「……そうか」


 パッとエリウスが手を離し、もういいぞと言わんばかりに体を退ける。男はほとんど動かなくなった左手に泣くこともなく、ただ脚をもつれさせながらも必死にその場を逃げ出した。


 暗い路地に残されたのは、私とエリウスだけ。エリウスは考え込む仕草をして、それから大きな溜め息を吐いた。


「マグノリア殿。このようなことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」

「いえ。それよりも、命令した人の名ですが」

「ハァ……あの時きちんと殺しておけばこんなことには……」


 怖い怖い。先程の尋問の様子も十分に怖かったが、殺人「未遂」を悔やむのもまた中々に怖い。


「兄のことだ。どうせしょうもない理由であんなのを送り込んできたんだろう……少し、警戒する必要があるな」

「……他にも、何かしらの任を受けた者がいる、と?」

「その可能性は十分にある。あれは馬鹿だが、周りの取り巻きは小賢しい者ばかりだから」


 実の兄を「あれ」だとか「馬鹿」呼ばわりするのもどうかと思ったが、エリウスがそこまで分かりやすく酷く言うことなど滅多になかった。つまり、それだけ酷い人物なのだろう。


 早く帰ろう、と言われ明るい大通りへと戻る。人々の喧騒はまだ止んでおらず賑やかなままだったが、気分は晴れなかった。

 初めてのデートは、決して楽しかったとは言い切れないものになってしまった。



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