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夫とデートしに行きました



「というわけで、デートをしましょう」


 どういうわけだ? とつっこむ声が聞こえたが、気づかないものとする。

 エリウスと二人で街中を歩く。きちんと舗装された石畳は歩いていて心地が良い。このようなものは、ウチのフォーレイン領にはまず存在しないのだから、尚更歩くだけでも楽しくて仕方がない。


 ──ここは隣領フランデッドの中心部である。


「フォーレイン領には耕地と休耕地と砦しかありませんのよ。しかも毎日のように見ていたら流石に飽きますわ」

「それでフランデッド領に、か……」


 実は、いつぞやの殴り込みならぬ話し合いの時に、色々とこちらに有利な事柄を盛り込んでいた。それはもう、色々と。

 本来の目的であった水源の共有だけでなく、防衛費の支援という名の定期的な資金のぶん取りだとか、武具や食糧の支援という名の物資のぶん取りだとか……。


「……ぶん取りしかしていないのでは?」

「お互いの合意の上での取り決めですので合法ですわ」


 まさかここまで上手くいくとは思ってもいなかったが。エリウス効果、様々である。余程エリウスが怖かったらしい、と言えば「貴方も十分に怖いと思う」と返された。

 とにかく、たくさん支援をしてもらうことになっているのだから、こちらもそれなりの態度を示さなければならない。フォーレイン領の防衛砦で魔物を抑えることはもちろん、「お隣のフランデッド領が大好きですの」と示すための行為も。

 そのための第一歩が、このデートである。決してエリウスとデートをするためにここに来たのではない。ここに来てアピールをするために、エリウスとデートをするのだ。


 街並みを歩きながら眺める。しっかりと夫の腕に手を絡ませておくのも忘れない。最初は恥ずかしそうに身を捩っていたが、慣れというものは恐ろしいものだ。数分経つ頃にはすっかり赤みも引き、涼しげな顔つきになっていた。

 それにしても、この大通りは物と人で溢れている。簡易的な屋台には食べ物から装飾品の類まで、様々なものが並んでいるし、屋台の群れの奥にある店舗にももちろん、数えきれないほどの多くの品物が陳列されているのだろう。物があるところには人が集まるのは当然である。

 本当に、この光景が羨ましい。


「食料に余剰が出る程の生産力を得れば、人は次第に食に繋がらない作物を作るようになります。そしてそれらが貨幣で取引されるようになれば、領民は経済力を得るようにも」

「そうなれば、フォーレイン領全体が変わっていくな」

「ええ。民が力を持てば反旗を翻すかもしれない危険もありますが、そこは貴族の腕の見せ所です……あら、あの食堂からいい匂いがしますわ」

「カフェではなくていいのか?」

「そんなお洒落なものがあると思ったら大間違いですわよ」


 貴族の子女なら誰もが夢見るカフェは、残念ながら王都にしか存在しない。隣の煌びやかなフランデッド領が煌びやかに見えるのは、ひとえに比較対象のウチが酷いからである。流石に上流層向けのものが王都からかなり離れた辺境近くに存在するわけがないのである。


 質素なものとはいえ、ドレスはドレス。明らかに貴族だとわかる男女が突然入ってきたことで、一瞬店主はギョッとした表情を見せた。が、私たちが護衛を連れていない──エリウスが護衛の役も担っているのだが──のを見て「お忍び」だと判断したのだろうか。恐らく他の客に接するものと同じ態度で「いらっしゃいませ」と声をかけた。


「メニューも豊富で……普通の家畜の肉ばかりですわね……」

「鶏肉でさえも久しい……」

「昨日の夕食はウスラーの肉でしたっけ」

「牛っぽい味だったな……あくまで牛っぽい、だが……」


 料理名が書かれた看板を二人で睨みつけながらヒソヒソと話す。デートをしに来た男女の会話ではないと思ったが、結局のところ我々はフォーレイン家の人間である。根本的に、常人の感覚とはかけ離れているのかもしれない。

 注文をすれば、程なくして頼んだ品物が席に運ばれた。見慣れた雑穀粥と共に運ばれてきたのは豚肉のソテー。美味しそうな焼き目のついた玉葱と、断面が綺麗なトマトも添えられている。


「パン窯は……フランデッド領にないのか?」

「領主が持ってると思いますが……流石にあの男が所有するものとなると、使用料は到底平民が払えるものではないでしょうね。文書にパン窯の借用か、パンの出荷に関する文言も盛り込めばよかったわ……」


 その領の平民にさえ出回っていないものを他の領に回すなんてことは現実的ではないが。

 ふぅ、と息を吐いて切り分けたソテーを口に放り込む。久しぶりの豚肉を噛み締める。


「……やっぱりきちんと飼育された家畜は美味しいわね」

「魔物も人間の手で管理してやればきっと美味しくなると思う」

「ギョロ目のクソ鳥が鶏よりも美味しくなるように頑張ってもらいましょ」


 もぐもぐ、としばらく味わっていなかった味を堪能したところで、ふと私は気がついた。

 これ、ただの隣領視察じゃない? と。

 

 最初はデートらしさを出すためにくっついて歩くなどの行為をしていたが、気がつけばこの様である。デートとは非日常のものであるのに、どうして我々の間に流れる空気は日常のそれと変わらないのか。これではフォーレイン邸の食堂で食事をとるのと何ら変わりがない。

 むむむ、と唸る私をエリウスがぱちくりと見つめる。


「……エリウス」

「ん?」

「デートらしさの出る行為とか行動って何でしょう」


 私はデートをしたこともなければ、デートに関する知識も何もない。常に危険と隣り合わせだった辺境ではそんなことに現を抜かしている暇がないのだ。

 だから、貴族文化が花開く王都にいたエリウスであれば、せめて少しでも何か知っているのではないかと期待をしていたのだが。


「……………………」

「……………………」

「……………………」

「ちょっと。黙らないでくださる?」

「す、すまない……」


 大好きな騎士小説には女性との関係は描かれてなかったのか、と問えば「大体は、最後らへんで意中の相手に何かしら誓いを立てたり、あるいは結婚して幸せに暮らしました、で終わってた」と返され、思わず頭を抱えてしまった。


「はぁ……困ったわ……これじゃデートにならないじゃないの……」


 私の言っていることを理解できていなさげな顔で、エリウスは粥を一口頬張る。


「俺は、マグノリア殿とこうしていられることが楽しいんだが」


 そう言うなり、また口にスプーンを運ぶ。翠の瞳はいつも通りだし、頬には朱など差していない。取り繕った様子もなく──要するに素の態度で、エリウスはサラッと言ってのけた。反面、私はエリウスと目が合わせられなくなったし、何だか一気に周囲の気温が上昇したようにも思えてきてしまった。


「……貴方、王都でタラシだとか、女殺しだとか言われたことなぁい?」

「女殺し?! 流石に女性は殺したことはないが……」

「その言い方だと男は殺したことある風になりますわよ……」


 血の繋がりのある兄王子を殺そうとしたぐらいだし、どこかで数人ぐらいはっている……のかもしれない。そう思わせるエリウスが少し、怖かった。



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