兄上の地雷を踏みました
「ほん、ッ、とうに、このクソ鳥! 丸焼きにしますわよ!」
ピィピィ、とギョロ目の怪鳥の雛が私の髪を食む。それを他の雛も真似をし始めたらどうするのか。私の自慢の栗毛がなくなってしまうではないか。
「そんなに手入れはしてないだろう」
「兄上! お黙りくださる!?」
そしてアレックスは助けようとしない。頼みの綱のトッドもエリウスも、今はどこかに行ってしまっている。
──次にラナがクッキーを焼いた時、一欠片も分けませんわよ!
砦に作られた養鶏場。そこに置かれたコルクッヤの卵は無事に全部孵化した。そして元気よく──本当に元気よく、柵の中を走り回っている。トッドが全面的に面倒を引き受けてくれているため雛たちは皆、彼を親として慕っているようだが、何故かエリウスについてきた例の雛だけは、私を見るなり私の髪を食べようとしてくるのだ。文字通り、もしゃもしゃと。
「本当にその気なら今頃、お前の頭皮は荒れ地になっていそうなのだが」
確かに、もしも本当に食べるつもりなのであれば今頃私の髪の毛は全てなくなっている。つまり、この雛は私──もとい私の髪の毛で遊んでいるのだ。だからなくならずに済んでいるのだが、それにしても腕を組んで柱にもたれかかるアレックスの姿が、本当に腹立たしい。
苛立ちを紛らわせようと、別の話題を振った。
「エリウスは今は何を?」
「訓練だ。もうじき終わる」
「あら、今までは兄上がなさっていたことですのに」
「あいつは本当に腕が立つからな」
「……エリウスは、兄上よりもお強いのですねぇ」
「何?」と地を這うような低い声。アレックスの眉間に皺が寄っている。むふふ、と笑いたい気持ちを抑え、淑女らしく口元を抑えて続けた。
「ごめんあそばせ。本当のことでしたかしら?」
「……私の方が強い」
「強がりはよくありませんわ。事実は事実としてお認めになって、あ、に、う、え?」
「私の方が! 強い!」
アレックスが怒った。彼は、腕が確かだとか能力があるだとか他者を褒める一方で、「でも私の方が上だ」と見下している節がある。次期領主として、そして魔物から人々を守る戦士として「常に人の上に立て」と育てられてきた以上、そのような性格になってしまうのは仕方がないとは思う。だが、そのせいで自分よりも上の人間が、しかも自分の得意分野──この場合は剣である──に存在する、となると苛立つ癖があるのだ。
いつも凪いだ表情をしている兄が感情を爆発させる、数少ない例である。揶揄うのが楽しくて仕方がない。
そして、エリウスとの付き合いも長くなってきたからわかる。彼は、絶妙に間が悪い。
沸々と怒りをたぎらせているアレックスの元へと、顔を出してしまったのだ。
「アレックス殿。本日午前の訓練を終えました」
「ご苦労。今から私と戦え」
「はい……はい? え?」
壁に立てかけてあった木剣をエリウスに投げる。取り落とすことなくエリウスは受け止めたものの、状況が飲み込めずにただ腕の中の木剣と魔王を背負ったアレックスとを交互に見ていた。
フォーレイン領には娯楽らしい娯楽がない。魔物と戦う砦なら尚更。だから、何か面白いことが起きている、と兵士たちが集まってきた。人が集まれば今度は、野次が飛ぶ。
「アレックス様ー! あんな若造、ちゃちゃっと捻ってやってください!」
「エリウス様! 下克上! アレックス様をぶっ倒せ!」
派閥ができれば、やがて見物客の間にも「娯楽」が生まれるのだ。「どちらにいくら賭けるか」とヒソヒソと話し合う者、当たった場合に返ってくる金額に夢を見る者、当てる気でアレックスとエリウスの能力や今日の体調等の考察を始める者など──とにかく、外野が賑わってくる。
私も楽しいことは好きだ。兵士たちに混ざって「娯楽」を盛り立てていく。
「敗者は勝者の言うことを何でも聞くのはどうですー?」
ますます、アレックスの顔が歪む。エリウスはまだ動いていないのに変な汗をかいている。
「おっ! じゃあエリウス様には頑張ってもらわないとな! アレックス様を引き摺り下ろせ!」
「アレックス様ー! 年上の矜持を見せつけてやりましょー!」
兵士たちの野太い声援が、砦内部の広場に飛び交う。いいぞいいぞ。もっと盛り上がっていけ。
「あと、勝った方には領内一の美女からのキスを差し上げますわー!」
そう言って投げキッスをする仕草をとれば、エリウスは破裂するんじゃないかと思わせるほどの音を立てて顔を赤くするし、それを見た見物客どもがさらに囃し立てるのだ。「新婚の力を見せてやれー!」だの「夫が負けるわけないよなー!」と、散々な言われようである。
理性をどこかに飛ばしたアレックスが、ムッとした顔で私を見るなり、叫ぶ。
「お前よりもラミアの方が美人だ!」
「ラミアはエリウスのことをかっこいいと言ってましたわよー?」
「ら、ラミアーッ!」
裏切り者! と叫び、アレックスが木剣を握る。ミシミシ、と嫌な音を立てたような気がした。
いつの間にか戻ってきていたトッドがこの場を仕切る。ついでに掛け金も。五つ数えたら開始しますよ、との声に広場はしんと静まり返った。
敗北の条件を定めるのは大事である。トッドはそれを「立ち上がることができなくなれば」と定義した。つまり、この戦いにおける勝利とは、相手をボコボコにして地面に転がすこととなる。全くもって野蛮だ。だが、それがいい。




