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 兵士が一人、向かってくる。が、それを最小限の動きで交わし、兵士の腕から剣を叩き落とす。ついでに腹部に拳を叩き込むのも忘れない。これで一人が戦闘不能になった。

 

「お前たち! 相手は一人だぞ! 数で押せ!」


 フランデッド卿に言われるがままに兵士たちが束になって襲い掛かる。が、やはり数秒前に見た景色の繰り返しである。鎧で身を固めている者相手には防備の薄い関節や顔を狙い、それ以外は鳩尾を殴る。正確に人体の急所を掴んで倒していくのが恐ろしい。

 エリウスが「ふう」と息をつく頃には、応接間に人の山が出来上がっていた。


 残るは、フランデッド卿ただ一人。


「こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのかッ!」

「良くて領地縮小、最悪はお家のお取潰し……でも、私は別に構いませんのよ? フォーレイン家が消えれば、旧フォーレイン領はフランデッド領に併合される道しかありませんもの」


 サーッと男の顔が青くなる。それもそうだろう。魔物と戦い国を守る役目のフォーレイン家が消えれば、次にその役目を担うのは誰になるか。高確率で、次に防衛線に近いフランデッド家になるのだ。

 面白いまでにガタガタと震える男は、とうとう貴族としてのプライドを捨てて床に額を擦り付け始めた。


「どっ、どうかお許しを……フォーレイン様……」

「うーん……そうねぇ……提案、なのだけど」


 閉じた扇子をパッと開き、口元を覆う。


「フランデッド卿が私の第二『夫』人になるのであれば、考えてあげないこともないわ」


 とは言え、夫は一人で十分ですが、と付け加える。「オーホッホ!」と高笑いをするのも忘れない。向こうが小悪党なら、こちらは大悪党である。私の方が圧倒的に上なのだとわからせる。


 ゴホン、とエリウスが咳払いをしたところで私はソファーに座り直す。フランデッド卿にも座るように促せば、数分前までの態度がすっかりそよ風に乗って旅立ってしまったように彼は大人しく従った。

 「そうそう。忘れていましたわ」と補足する。


「ウチの夫の噂は有名でしょう? 兄王子に婚約者を奪われ、嫉妬のあまり兄を殺しかけたと……」

「は、はい……」

「今では婚約者のことも忘れ、私にその一途な愛を向けておりますが……嫉妬しやすい心だけはどうも変わらないようなのです」


 ゆめゆめ、彼から私を引き剥がすような発言をしませんよう。

 そう言ってやれば、目の前の男は縮こまった。酷く滑稽で、見ていて本当に楽しい。

 エリウスにも座るように促せば、さらに目の前の男は縮こまる。私がエリウスの肩に頭を預ければ夫はポッと顔を赤くする。それもまた、話に信憑性を持たせるのだ。


「では、話を戻しましょう。ドルトー湖の件ですが──」


 ──この会談を終えた数日後、フォーレイン領の水路に水が再び流れるようになる。





 ゆらゆらと揺らめくランプの灯りの中、三人で食卓を囲む。

 アレックスに「どうだった?」と前のめり気味に聞かれたので、素直に事の顛末を伝えてやれば、えも言われぬ難しい顔で、安堵と呆れの混ざったため息を吐かれた。


「怖い。前々から思っていたが、父上が女性だったらこうなってたのではないかと思わせるような妹が怖い」


 いつぞや討伐した魔物のステーキを切り分けながらアレックスが言う。顔そのものは兄の方が父に似ていると思うが……。


「ああいう類には、恐怖心を植え付けておくのが一番ですわ。獣だってそうでしょう?」

「そうだが」

「それに、エリウスのこともどうかお褒めになって。彼がいなければここまですんなりといけませんでしたもの」


 ね? と隣のエリウスの顔を見やる。見つめるとすぐに顔を赤くするのにはもう慣れてしまった。

 

「マグノリア殿のおかげです。私はただ、迫り来る兵士を片したのみで……マグノリア殿の手腕は本当に、素晴らしいものでした」


 アレックスが「お?」と口を開けて驚く。顔立ちの良い男が頬を染めて褒め称えてくるのは、中々どうして嬉しいものである。悪い気はしないし、私もふふん、と得意げに笑ってしまう。

 アレックスの目がスッと細められた。あの目は、揶揄い甲斐のある人間を見つけた時の目だ。それに気づかないまま、エリウスが口にスープを運ぶ。


「……もうじき子供ができそうだな」

「!? ッ、ゴホッ、ゴホッ!」


 義兄の思わぬ一言に、義弟は喉を詰まらせた。さっきよりも顔が真っ赤で、今にも死にそうだ。背中をさすってやれば、消え入りそうな声でお礼を言われた。

 目どころか口までも笑っている。アレックスがこんな表情をするのは本当に珍しい。


「アレックス様、エリウス様を虐めないであげてください。子をなすどころか、お二人はまだ手さえも繋いでいないのですよ」


 ラナが助けに入るが、その発言はエリウスにとっては追い討ちでしかなかった。


 その夜。私は、ベッドに寝そべるエリウスの背中に乗って肩を揉んでいた。

 最初は少し手が触れるだけでも過剰に反応していたのだが、やはり慣れというものはすごい。こうして乗っかって体重をかけても抵抗されることがなくなったのだ。

 ぎゅっ、ぎゅっ、と力を入れて揉んでいく。日頃から肉体労働をしている男なだけあって、本当にあちこちが凝り固まっている。時折漏れる呻き声は無視して、ひたすらに手をあてて押していった。


「魔物が出れば討伐に出て、そうでない時は訓練の指導をして、時折厨房などにも顔を出されて仕事を請け負う……道理でこんなに凝るわけです」

「アレックス殿の方が、いッ……俺よりも忙しくされてる…… そ、こ、いだだだだ!」

「喧しいですわねーもう少し色気のある声を出してくださる?」


 今日は私の演技に付き合って「妻に虐げられている夫」を演じてもらった上に、軽々とこなされてしまったが──素手で武装した兵士十数人と戦わせてしまったのだ。日頃の感謝も含めて、労いはしなければ。


「さて、次は腰を施術いたしますわよー」

「こ、腰も!? もう十分……」

「ではないですわよー大人しくなさってくださいねー」


 どさくさに紛れて尻でも揉んでその気にさせてやろうとも思ったが、そんなことをしては負けな気がしていた。


「昔、父は背中を踏むと喜んでくれたものです」

「……手揉みでお願いします」

「初めてのご利用ですのでお代は結構ですわー」


 ぎゅっぎゅっぎゅっ。ケラケラと笑いながらも手に体重をかけていく。勿論、指にも。段々と、呻き声に濁点だけでなく「もう少し上」だの「もう少し強く」だの、と要求も混ざってくるようになったから、貞淑な妻としての奉仕精神を見せつけていった。

 太腿に手を伸ばす頃にはすっかりと身をゆだねた様子で寝転がっていたし、足裏を指圧し終えた辺りには惚けた息を吐いていて、目はとろんとしている程。


「エリウス、終わりましたわよ」

「…………」

「……エリウス? あら……」


 ──夫は、既に寝ていた。


 やり場のない不満を寝所の番にぶつけようと思ったのだが、今日の担当はマーノである。この女は、主人が眠る前どころか椅子に座った瞬間に眠ってしまうのだ。


「……ふんッ! 知りませんわ! もう!」


 大きな掛け布団を自分一人の体に巻きつける。すやすやと気持ちよさそうに、妻を放置して寝てしまった夫の安らかな寝顔が憎たらしかった。



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