引き続き、隣領にて
『フランデッド家……私が手を出した範囲にいなかった気がするな……』
『では、怨恨の線は薄いですわね』
『恐らく、第一王子や王妃との繋がりがほしいのだろう。何度か王都に来ては媚びていたのを覚えている』
エリウスに犯した罪を聞いた日の夜。フランデッド家に手を出さなかったか、と尋ねていつものごとくベッドの上で二人、向き合っていた。
エリウス曰く、彼はフランデッド家との関わり合いがないという。だから事業や面子を潰された、といった恨みはないだろう。
問題は、今のエリウスの立ち位置である。
エリウスはかつては王族、庶子ではあるものの王位継承権を持つ存在だった。そして今は数々の犯罪を経て廃嫡され、罪人として辺境に送られたのだ。
この男に与することはすなわち、国への反逆だと捉えられかねないと考える者もいるだろう。ウチはそんなのはお構いなしだが。
フランデッド卿は、強欲な男である。今でこそ先祖代々のフランデッド領を治めているが、いずれは地方の田舎ではなく国の中心部、華々しい都市に行きたいと考えていたのだ。だから王族の後ろ盾を望んだが、中々相手にされなかった。
そのような状況で、王族殺人未遂、その他諸々の罪を犯したエリウスがフォーレイン家に来た。ここで大罪人を抱えるフォーレイン家と対立する姿勢を見せることで、どうにかして国に取り入ろうとした……と推測できる。
この男の態度を改めさせるにはどうしたらいいのだろうか。
「困りましたわ。我が領は水源不足ですの。早くどうにかしていただきませんと、水不足で民も、防衛線も倒れてしまいますわ」
「水源不足も何も、お宅には川が幾つもあるでしょう。そちらを利用されてはいかがかね」
「どれも低いところに位置していて、とてもではありませんが川周辺にしか水が引けませんの。我が邸宅なんてもっての外ですわ」
「ああ、だから……」
そこまで言ってフランデッド卿はわざとらしく口を抑える。何だ。屎尿臭いとでも言いたいのか。はっきりとそう言えばいいのに。実際、ここに来る前にエリウスと二人でわざわざ「肥料」を振りまく共同作業をしてきたのだから。
ただ、内面を表には出さず、よよよ……と悲しむ素振りを見せる。きちんと眉尻を下げて、顔も伏せ、何ならソファーにしなだれもする。今日の私は、普段適当に縛っている髪を結い上げて頸を晒しているのだ。さりげなく、首筋を見せるのも忘れない。
揃いの悪い歯並びを堂々と見せる中年禿頭──もといフランデッド卿は本当に気持ちが悪く、何度でも言う。本当に気持ちが悪く、気を抜けば鳥肌が立ってしまう程だ。だが、領主代行としての矜持がそれを許さない。
私は、戦場に立っているのだ。
「その、提案なのだが」
声をかけられて上目遣いに男を見やる。久しく見ていない、発情した雄の顔だ。
フォーレイン家の女に手を出そうと考える者は、悲しいことに領地内においては誰一人としていない。精々外の人間ぐらいだが、フォーレイン家を知れば知る程段々と離れていく。
信頼こそされるものの、決して恋愛対象として見てもらえないのが我が家の悲しいところである。
──ウチの夫も、恥じらいこそ見せるけど欲情した素振りは微塵も見せないしね!
「マグノリア嬢が私の第二夫人になるというのであれば、考えてやらんこともない」
何を言っているのかわかっているのか、この男は。
我が夫であるエリウスをどこまでも見下した発言である。が、そこに触れてはいけない。
触れるべきなのは、別の部分である。
しおらしい態度をスッとなくし、ジッとフランデッド卿を見つめる。獲物が格好の隙を見せてくれたのだ。狩らなければ、フォーレイン家の名前に泥どころか糞尿を塗る羽目になる。
「──それは、私に王命に背けと仰っているので?」
「……は?」
大罪人エリウスと私、マグノリアの結婚は王命である。国王の命令によるものである。また、男は複数人との婚姻はできるものの、女は一人の男としか婚姻関係を維持できない。つまり。
「私に第二夫人になれ、と仰るということは、王命の婚姻関係を破棄しろ、と言っていることに他なりません。国家に対する反逆の意志をお持ちのようで」
「なっ! フォーレイン様! そんなわけが……」
「貴族と貴族の会合は公扱いとなります……まさか、公的な会話に冗談を挟む程、フランデッド卿は愚かではありませんよね?」
冗談だと言えば貴族としての品位が下がる。本気だと言えば国家の反逆となる。ダメージとしては前者の方が軽いのだが、「貴族」であるという意識を強く持つ者程、どちらも重く感じられるのだ。
「公の場においては、あらゆる発言が記録されます。虚偽の記載、あるいは故意的な発言の消去は許されません」
さて、これが表に出たらどうなるでしょう?
アレックスがこの場にいれば「父親そっくりの悪い顔だ」と言われること間違いなしの悪人の笑顔でフランデッド卿に答えを促す。逃げ道を塞がれた貴族がすることと言えば、あと一つしかない。さぁ、早く。
顔を真っ赤にしたフランデッド卿が勢いよく立ち上がり、唾を飛ばす勢いで叫ぶ。
「お前たちさえ消せばどうとでもできる! この者共を捕らえよ!」
出た。小悪党がやる行動の典型例である。
パチン、と扇子を閉じればそれが合図だ。エリウスが構える。
部屋の外からは剣を持った兵士たちが。ザッと十人はいるだろう。邸宅に警備兵としてこんなに人数を置けるだなんて羨ましい限りである。
対してこちらは戦えるのはエリウスのみ。しかも会談の場に入る関係上、帯剣はしていない。丸腰だ。
ふと、エリウスに格闘術の心得はあるのかと聞くのを失念していたのを思い出した。
だが、まぁ、エリウスのことだ。大丈夫だろう。




