隣領に殴り込みに行きました
隣領フランデッド。そこを治めるフランデッド家の屋敷へと進む。
隣接した領地であるにも関わらず、そこはフォーレイン領よりも豊かであることが一目瞭然だ。活気づいた中央街には多くの商人の馬車が走る。売り出せる程の作物があり、かつ、それらを金銭で取引できる。物々交換が未だに主流のウチとは大違いである。
フォーレイン家とフランデッド家は決して仲が悪いわけではない。我々がいなければ魔物たちはフランデッド領に雪崩れ込んでくることを考えれば、彼らはむしろフォーレイン家と友好的であろうとしてきたことは確かであった。
だが、感謝すべきことが続くと、人は有り難く思う心を忘れるものである。次第に「フォーレイン家が魔物と戦うのは当たり前」だと考え始めた彼らは、少しずつ、少しずつ、フォーレイン家から離れていった。
つい最近まではまだ水源の割譲はされていたものの、エリウスが送られてくるという知らせが来てからはとうとう貴重な水源までも絶たれてしまったのだ。
あの禿頭、許すまじ。だが、下手を打てばフォーレイン家が苦しくなるのは明白だ。
このような状況下でこそ、領主代行マグノリア=フォーレインの腕が試される。
ウチの邸宅よりも一回り大きな門に辿り着く。ここがフランデッド家の館である。
馬車からエリウスが先に降りて私に手を伸ばす。元王子ということもあり、だいぶ様になっているではないか。ふんふん、と得意顔でステップを踏み、馬車から降りた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました、フォーレイン様」
「お久しぶりですわ、フランデッド卿。マグノリア=フォーレイン、家主アレックスに代わり参りました」
前回見た記憶よりも、また一回り大きくなっているような気がする。そんなに肥える程食ってるならウチに分けんかい、と盛大な舌打ちをしたい気持ちを抑えて、私はニコニコと笑い続けた。
「こちらはエリウス、私の夫ですわ」
「お初にお目にかかります、フランデッド卿」
「噂にはよーく聞いていますよ、『エリウスさん』」
ニヤニヤと気味悪く笑う姿は変わっていない。また、見下してもいい人間に対してはとことん態度が悪くなるのも。
もしもフォーレイン領の人間が、平民に身を落とされたとはいえフォーレイン家に婿入りし、かつ領地に貢献しているエリウスをそのように馬鹿にしたら、領内を馬に縛りつけて引き摺りまわした上に魔物の森に放り込むぐらいはしてやるのだが、目の前にいるのは別領の、しかも貴族である。落ち着け……と己に念を送り、決して笑顔を崩さないように気をつけた。
門も豪華であれば、応接間も豪華である。促されるままに座り──エリウスは何も言われなかったためソファー脇に立って控えることになるが──メイドが淹れた紅茶のカップを持った。カップもソーサーも、かなり高価なものであるのがわかる。琥珀色の液体からも、良い香りが立っている。
「エリウス。喉、渇いてません? 美味しそうな紅茶がありますわよ」
本来なら、出されたカップにはすぐに口をつけるのがマナーである。つまり、一口もつけていないカップを傍らに立つエリウスに差し出す私は、マナー違反をしていることになる。
「フォーレイン様。毒を入れたとお思いですか? 流石にそれは失礼でしょう」
「『夫』に毒見をさせるのに、何か問題でも?」
扇子で口元を隠す。が、唇が歪に弧を描いていることは隠していても通じるものである。フランデッド卿も、私と同じようにいやらしい笑みを浮かべる。
目の前の親父にはきっと、私は「元王子の夫を罪人として手酷く扱う妻」に見えたのだろう。
目を伏せ、言われるがままに紅茶を飲むエリウス。立ったままカップに口をつけることが己の中のマナーに反するのか、少し腕が震えている。その震えのおかげで「妻に虐げられている夫」が演出されるのだ。無意識の演者というものはかくも恐ろしいものだ。
その上、「夫が口つけたカップを女の私がいただくだなんて、無礼にも程がありますわ」と言ってカップを替えて貰えば、完璧である。毒見をしてもらう気などさらさらなく、ただ「夫」を辱めるために行った。フランデッド卿は大口を開けて下品に笑うし、エリウスは恥ずかしさで俯く。
「随分と変わられましたなぁ、フォーレイン様は」
「うふふ……」
ニタニタと笑う気持ちの悪い顔。目の前の小娘が同類だとわかって機嫌が良くなったのだろう。だが、同じ立ち位置と思われては困る。
──私の方が上だということを知らしめなければ。
「して、話というのはなんだったか……」
「忘れられては困りますわ。ドルトー湖について、ですのよ?」
「ああ、そうでしたな。いやはや、その件は大変申し訳なかった」
人工川流域に問題が発生しただの、設備が劣化しただのと言い訳を連ねているが、もしも本当にそうなのであれば早く対応しろと思うところではある。




