大罪人は大罪人でした
水を堰き止められたのは、誤解を恐れずに言えばエリウスが原因である。そしてエリウスは──すっかり忘れていたが──大罪人である。腹違いの兄を殺しかけただとか、なんだとか。とにかく色々とやらかした結果、廃嫡されて辺境に送られたのだ。
隣領の禿頭が、ただの嫌がらせで水を止めたのか、それともエリウスに恨みがあってそうしたのか。それを知らないことには、どうにもできない。
「……というわけで、貴方が王都で何をしたのかを聞かせてください」
いつもは賑やかな夕食の場。今日だけは、話題のこともあって、静かだ。
エリウスは雑穀粥をスプーンで掬ったまま、動かない。俯いた顔からは何を考えているかが想像つかないが、こちらは王都の件に関しては全くの部外者であり、実際に何があったのかは知らないのだ。話してもらわなければ困ってしまう。
「エリウス。話しにくいのはわかるが、例え君が王都で何をしたとしても、今の君はフォーレイン家の一員。私の義弟で、マグの夫だ。見捨てるようなことはしない」
それは私も同感だった。彼がどんな罪を犯していたとしても、私たちにとっての彼は「有能」で「優秀」な男なのだ。そう簡単に切り捨てるようなことはしないし、そのような状況にならないよう、必死に抵抗するつもりである。
「……わかり、ました」
やがて、閉ざされていた口が開かれる。一体何が語られるのだろうか、と私たちは覚悟半分、興味半分で耳を澄ませた。
「質問を質問で返すようで申し訳ないのですが、私のことはどのように聞いておりますか?」
「……とある貴族令嬢と婚約をしていたが、令嬢と兄の第一王子が恋に落ちたことで嫉妬した。それで兄王子に嫌がらせを始め、終いには兄王子を殺しかけた。また、王妃やその親類が行っていた事業の妨害をするなど。その悪行から廃嫡、辺境に婿入りする羽目になった、と」
これは伝令兵から聞いた話である。人伝いであるから本当かどうかはわからない。感情に任せて人を害するようには見えないし、そもそも彼は「正義の騎士」である。果たして本当にそれらの悪行をなしたのかが怪しい。もしかすると彼は、冤罪で──。
「少しだけ違います」
「少しだけェ!?」
アレックスと私の驚いた声が重なる。それもそうだろう。短い間とはいえ、彼の人となりを知ってきた私たちとしては、できれば全否定してほしかったのだ。
「……どこが、少しだけ違うのです?」
冗談だよな、と上目でアレックスが目の前の男を見やる。「冗談です」と笑い飛ばしてほしかったが、彼は至極真面目な顔で。
「嫉妬はしておりません」
「それ以外は……」
「事実です」
「はわ……」
上半身がぐらりと後ろに倒れる。まずい、いつもの失神だ。
ひっくり返りそうになったところをエリウスが支えてくれてことなきことを得たが、驚きのあまり感謝の言葉さえも出てこない。
嫉妬したことだけは違う? ということは? それ以外……殺人未遂とかは事実?
「とある令嬢と婚約していましたが、次第に彼女は庶子の私よりも次期国王の兄の方を見るようになりました。二人は恋人も同然の関係でしたが、婚約が解消されない限りは私と結婚することになるので気に留めていませんでした」
あれだけ平民のような恋愛観を持っているというのに、自分の婚約者には淡白だったというか、嫉妬もしなかったと言うのか、と考えていたところで「夫婦になるのが確約されているとはいえ、仲を深めたいという思いはありました」と私の考えを見透かしていたかのように補足をされる。成程。やはりエリウスは王都でもエリウスであった。
「では、何故兄王子を?」
深淵に足を踏み入れる覚悟でアレックスが尋ねる。だが、暗闇の向こうにいる彼は何てこともなさそうに簡単に答えていった。
「兄が死ねば私が王になれると思ったからです」
「まさかの王位継承狙いか……」
如何にも王族らしい理由である。だが、エリウスが王位に興味があるとは思ってもいなかった。
自分は庶子だから政治を任されない。だから騎士になって人々を──と言っていたはずだが。
「兄は父である国王に代わり、少しずつ政治を執り行ってきました。しかし、兄は民を苦しめる貴族らに情けなく媚を売るばかりで、民のためになど動かなかったのです。仮に兄が即位したとしても、その先の未来で笑っているのは肥えた貴族ばかりです」
エリウスは淡々と語っているが、スプーンを持つ手が小さく震えていた。
憤っているのだ。苦しむ民の姿を思い出して、憤ることができるのだ。
「それならばいっそ、私が即位して民のために尽くしたい、と考えました。それで貴族の悪行を阻止したり、それらの証拠集めに翻弄したりしましたが……その結果が、大罪人の身分と、辺境への追放でした」
そこまで語ったところで、ようやく我に返ったようにエリウスは慌てて「ここに来られたことは最大の幸運だと思っています!」と叫ぶ。
「民のために戦うマグノリア殿も、アレックス殿も。私が目標とする王としての在り方と同じで……貴方がたと、こうして民に尽くすことができるのは、本当に、本当に、幸せなことだと思っています」
照れ臭そうに笑う姿は、どこにでもいそうな、夢見がちな一青年であった。
エリウスが席を外した瞬間、私たち兄妹の「会議」が始まる。
「どう思う?」
「民思いの、人々が理想とする王族らしい王族ですが、正義が暴走する系ですわね」
「……裏についた者次第では、本当に即位できたかもしれないな」
クッキーを食べようと手を伸ばしたところで気づく。クッキーがないのだった。焼かなくていい、とラナに言ったのは私だったのを失念していた。
「……危ないですが、上手く繋いでおけば稀代の英雄になるやも」
「……そうだな」
私たちは頷き合う。多くの言葉を交わさずとも、互いに何を考えているかわかるのだ。
──過去の悪行よりも、今、役に立つかどうかの方が大事である。




