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別の問題に目を向けました



 ずっしりとした重さの温もりが、上に乗っている。

 まだ、目は開いていない。が、この重さは布団のそれとは違うのがすぐにわかった。

 エリウスの寝相は、どちらかと言えばいい方だろう。何度かモゾモゾと動くことはあるものの、己が定めた領域──ベッドの半分からはみ出すことはないのだ。

 しかし、時には普段やらないようなことをしでかしてしまうことだってあるのではないのだろうか。寝返りを打ちすぎたあまり、領域を侵害し、隣国の主人である私の上に乗っかってしまったのかもしれない。


 ──夫婦である以上、別にそういった触れ合いが発生するのは構わないのだけれど。


 重たい瞼を上げる。目の前には、謎の毛──鳥の羽根が。

 

「スピィー……ググッ……グゴッ……スピィー……」


 横を見やれば、エリウスは少し離れたところでスヤスヤと眠っていた。体のどこも、私に触れていない徹底ぶりである。そして、しばらく一緒に彼と寝ているからわかるが、彼は寝息が静かである。

 ならば、この魔物のような喧しいいびきは一体。


 恐る恐る、私の上に乗っかっているものを見る。


「スピピ……スピィー……グゴッ……グフッ……」


 ──床に寝ていたはずの怪鳥の雛が、私をクッションにして寝ていた。





「このッ! エリウスが親なら、私も親なのよッ! 親として丁重に扱いなさい!」

「その雛に丁重に扱われたためしはないんだが……」


 散々突かれまくった男の小さな呟きは無視して、コルクッヤの雛を柵の向こう側へと押しやる。

 砦の中にこぢんまりとした──コルクッヤにとってはやや手狭だというだけで、従来のそれよりは遥かに大きい養鶏場を作ってもらっていたのだ。本当は別の空き地にでも建てたかったのだが、これから育てるのは魔物である。兵士たちの負担になってしまうのが非常に申し訳ないが、安全の確認ができないうちは彼らに管理してもらうのが一番であった。

 

 コルヤックはあまり跳躍力がない。だから、強固なつくりであれば低めの囲いでも構わなかった。しかし、やつらには長めの首が備わっている。囲いの外に出た私の髪の毛を、その首を伸ばしてもしゃもしゃと食べようとするのだ。


「あーッ! 髪は女の命なのよ! むんじゃあないわよッ!」

「女の命に手をかけている姿を見たことがない」

「お黙りください兄上!」


 エリウスが間に入ってようやく私の髪は解放されたが、それにしても雛の涎でベチャベチャである。その上少しだけ髪が短くなったような気もする。

 もちゃもちゃ、と不快な咀嚼音をたてるギョロ目の雛を睨みつけるが、向こうは「ピィ?」と愛らしく首を傾げるだけだった。

 

 ──アイツ、大きくなったら真っ先に食卓行きよ!


 ゴホン、と咳払いをしてトッドが話し始める。


「今はまだくちばしが柔らかいですが、いずれ固く鋭利になって人を傷つけかねません。定期的に削りましょう」

「そうね。あとは爪もそうしてくださる? それと……折角数もいることだし、どのぐらい『魔力』とやらで生きられるのかも調べたいの。組分けをして、年間を通して試してみましょう」


 彼と話していくうちに段々と、トッドを養鶏ならぬ養魔物の管理者に専念させたいと考えるようになってきた。アレックスには嫌な顔をされそうだが、彼が一番の適任だと思うのだ。


 魔物は、人間は感じることのできない「魔力」を食べて生きるという。極論、何らかの物質を摂取せずとも魔力さえあれば生きることができると聞くが、それが本当なのかを実証したという話は今までに聞いたことがなかった。

 だから今回、エリウスが大量に卵を確保してくれたこともあり、それを実験してみたいのだ。

 全く与えない組からふんだんに飼料や水を与える組まで、いくつかの段階を用意する。魔物とはいえ命あるものを実験に用いるのは心苦しいが、それを経てどのくらいの飼料が必要なのか、どれだけ食べればどのくらいの質の肉になるのか、といったことを調べたい。きっとこの実験が今後のフォーレイン領の未来へと繋がっていくと信じている。


「二十二匹になりますから……そうですね、五組作りましょう」

「他の卵が無事に孵化すること、そして雄と雌の比率がいい具合になることを祈るばかりね」


 ひとまず、コルクッヤ家畜化計画は一旦落ち着いた。あとは時間が経つのを待つだけである。

 

「あとは……水問題ね……」

「水問題……?」


 頭に疑問符を浮かべるエリウスに、そういえばまだ話していなかったと気がついた。


「フォーレイン領が所有する川はそれも低いところにあって、家はおろか、畑にすらひくことさえも厳しいの。だから隣領の水源を使用させてもらっているのだけれど……」

「そう言えば、水路はあるのに水が少ないのが気になってました。何かあったんですか?」


 はぁ、とそれなりに大きなため息。吐いたのは後ろに立つ兄、アレックスである。

 あまり領地管理の業務には携わらないアレックスでさえこんな様子なのだ。私はもっと大きなため息を吐きたいし、何なら問題の根源を平手打ちして潰してしまいたいぐらいだ。


「お隣が、水を堰き止めたのです」


 頭の中に浮かんでいるのは、でっぷりとした腹の、禿頭。もしも私が野蛮な民族であれば鉈片手に邸宅に乗り込んで殺していたのだが、残念なことに私は領地を預かる貴族である。

 エリウスが来る少し前──罪人エリウスをフォーレイン領に送るものとする、というおふれが出てから突如として、隣領の領主はフォーレイン領へ向かう人工川を堰き止めたのだ。

 色々と言い訳をしていたが、どう考えてもエリウスが来ることを受けての行動であるのは明々である。


「そんな……どうにかできないんですか?」

「ただ手をこまねいているわけではありません。きちんと策は考えてありますが……まぁ、それはおいおいということで」


 愚行をしでかさなければよかったと恐怖で震えさせてやりますわ、と笑う私の顔を見るなりエリウスは「悪魔だ……」と呟いた。



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