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夫が親になってました



 裏口から邸宅内の広間に出た私は、危うく失神しかけた。


 人間の子供の背丈ぐらいの、怪鳥。目はギョロリとしており、羽はところどころ湿っている。ピィピィ、と愛らしく鳴く姿は一周回って恐怖でしかなかった。

 巨大な雛鳥は親の周りをぐるぐると回っている。雛鳥の親になってしまった男は、怪我こそないものの、あちこちボロボロである。髪が酷く乱れているのも、服に無数の穴が開いているのも、そして涎まみれなのも。この雛鳥が甘えていた証拠に他ならない。


 いずれ可愛くなくなる鳴き声を背景に、私は親鳥になってしまったエリウスに何があったのかと尋ると、「採取しようとした卵が目の前で孵化してしまいました」と、それはそれは疲れた声で説明をし始めた。


「私のことを親だと思ったようで……砦に置いてきたかったのですが……」


 孵化した直後はエリウスやレダの部隊に囲まれていたこともあり、人間が多くいる場にいても何食わぬ顔で落ち着いていられる。ただ、「親」であるエリウスの姿が見えなくなると、町中で親とはぐれた子供のごとく鳴き出すのだという。そしてあちこち走り回り、エリウスを見つけると体を擦り寄せてくる……となると、砦で面倒を見るのも一苦労だろう。

 結局、雛鳥にあちこち突かれながら帰ってきた、らしい。


「まぁ、流石エリウスと言うべきか、卵も複数回収してきてくれた。後は問題なく計画が進むのを祈るばかりだが、ここまで親にへばりつく習性があるとは思ってもいなかった。コルクッヤの雛たちの管理はどうしようか」

「……いっそ、エリウスを養鶏場の主にしてしまいません?」

「それは流石に勘弁していただきたいです……」


 とりあえずそのままでは可哀想だと思ったので、エリウスを──親から離れたがらない雛鳥ごと、一緒に浴室に入れてやった。いつものごとく食堂の席に座ると、アレックスと私は恒例の「会議」を始める。

 神妙そうな顔つきのアレックス。私は何を言われるのかとドキドキしていた。


「回収した数は二十個だ」

「にに、二十!? 流石に全てが有精だとは思えませんが……」

「トッドに確認してもらった。全部有精だそうだ」

「はわ……」


 また視界が回転した。どうも、驚くと失神してしまいそうになる癖がついてしまったようだった。直さねば、いざと言う時に倒れてしまう。自ら頬を両手でペチンと叩き、話を促した。


「あの雛も合わせれば、計二十二匹もの雛の数になる。最初から大所帯になるとは思わなかったな……」

「流石にその数を駐在兵だけで管理するのは無理があります。安全を確認し次第になりますが、飼育員の募集をかけましょう」

「わかった。が、最初は何があるかわからない。いざという時に仕留められるよう、私とエリウスとで交代で番をする」

「ありがとうございます……はぁ……」


 怖いぐらいに物事が進んでいる。エリウスがこの家に来てから、停滞していたものが押し出されて変化していくような、そんな感覚だった。

 あの男は、幸運をもたらす神、なのかもしれない。



 夫婦の夜。相変わらず何もない。変わったことと言えば、ベッド脇の床でコルクッヤの雛が寝ていることだろうか。藁代わりの毛布にその身を沈めてすやすやと眠る姿は、雛らしくて可愛いものだ。大きさは全然可愛くないが。

 いつもと同じく、ベッドの上に二人で座って会話をする。今夜の話題は主に、今日の出来事についてだった。

 何故かたくさん卵を拾えたことや、たまたま目の前で孵化してしまった雛鳥に追いかけ回されて死を予感してしまったこと、落ち着いたらこの雛を砦に預けたいことなど、一通り今日の任務の話を聞いたところで、エリウスが恐る恐る尋ねてきた。


「聞きそびれましたが、あの服はどうなるのでしょうか……?」

「さあ……聞いてみましょうか。ラナ」


 今日の寝所の番はラナである。衝立の向こうにいるラナに声をかけると「流石にあれは無理です。はぎれにします」と返された。夫婦の時間なのだから第三者に話題を振るな、という圧を感じとった私はエリウスに向き直した。


「アレックス殿には謝りそびれましたが……大変申し訳ございませんでした」

「お気になさらず……と言っても気にされますよね。話題を少し変えましょう。明日にはエリウスに仕立てた服が届きますよ」

「そちらも本当に申し訳なく……」

「お気になさらず……」


 堂々巡りである。ここまで腰が低いと、少し困りものだ。

 意を決して、私は口を開いた。


「エリウス様。あなたはマグノリア=フォーレインの夫、エリウス=フォーレインなのです。私たち夫婦の間に上下関係はなく、私たちは対等であると考えています。ですから、そこまでかしずく必要はないのです」


 もう少し砕けてもらっても大丈夫ですよ。そう告げると、エリウスはしばし目を瞬かせた後、こちらの顔色を伺うように、私の目を覗き込んできた。


「私は、十二の頃から城下町の騎士団におりました」

「知ってます」

「決して綺麗な場所ではありませんでした。そこで多くを学びました。学んだ物事の中には、言葉もあります。無意識のうちに、貴族にあるまじき言葉を遣ってしまうかもしれません」

「フォーレイン領では、貴族という身分だけでは食べていけませんわ」


 貴族らしい振る舞いを求めてくる者は、ここには誰もいない。他の領地ではそうも言っていられないが、我がフォーレイン領は実力主義の世界である。

 ふふ、と笑えば、エリウスもつられて笑った。


「変な人だな、マグノリア殿は」


 早速失礼なことを、と思ったが、怒る気にはならなかった。



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