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卵泥棒をしに行ってもらいました



 一週間後。作戦は決行された。

 コルクッヤ家畜化計画の最初の難関であるコルクッヤの頭数増やし。それを行うための「卵泥棒」。

 あまり聞こえは良くないし、人間に置き換えて考えれば他人の家から赤子を盗んで母親面をするのと同じである。己の善良な心は痛むものの、家畜化計画のことを考えると心の痛みなどすぐに消えてしまう。結局のところ私は、利益重視型の人でなし、なのだ。


 邸宅前までアレックスとエリウスを見送る。日差しのせいもあり、高い位置にあるエリウスの顔がよく見えない。馬に乗れない私としては、簡単に馬の背に跨ることのできる彼の身体能力は羨ましいの一言に限る。もしも能力を人に分け与えることができるのであれば、是非とも彼の乗馬技術を貰いたいぐらいだった。


「いいですか、エリウス。帰るまでが任務なのです。貴方の実力は申し分ないことは重々承知しておりますが、ゆめゆめ気を抜くことのないように」

「はい。必ず帰ってきます。いい報告を……と言いたいところですが」


 アレックスには聞こえない、小さな声で「あまり期待されると、困ります」とエリウスが言った。そんなことを言いながらもなんやかんやで人の期待に応える男であることは、短い付き合いでも十分にわかってしまった。


 森に向かったエリウスにはレダ率いる小部隊がついている。彼らは、それこそアレックスやエリウス程の力はないものの、実戦慣れした優秀な兵士だ。きっとエリウスを支えてくれるだろう。


「そんなに心配なら、砦に行けばよかったのに」


 そう言うのはメイドのラミア──メイド長ラナの娘である。主従関係にはあるものの、私と近しい年齢だということもあり、友人のような関係を築いている。

 

「貴方にはわからないでしょうけど、私には仕事があるの。忙しいの」

「土いじりするのが仕事なの?」

「ええ、そうよ。何よりも優先しないといけないのよ」

「ふーん」


 ぶちぶち、とラミアが雑草を抜いていく。負けじと私もぶちぶちぶち、と抜く。するとラミアもぶちぶちぶちぶち、と。


 ぶちぶちぶち……。


「あの人、カッコいいよね」

「兄上程じゃないわ」

「誰のことか言ってないのに。ずっと考えてたんでしょ」


 ぶちぶちぶち……。


「この計画がうまく行ってくれれば、領内の食糧問題はより解決へと近づいてくれるの。無事に生きて帰ってもらわないと困るわ」

「コルクッヤの肉って美味しいのかなぁ」

「その辺の鶏とあまり変わらないわ。香辛料次第では最上級の味になるかもしれないわね」


 ぶち……。


「……ふう。このぐらいでいいでしょう」


 私は今、庭の改造に着手していた。

 どうせ誰も来ない邸宅なのだ、庭を畑にしてしまってもいいだろう。そう考え、まず手始めに畑にする領域を決め、そこの手入れ──草むしりをしていた。


 サトナ商会に何とか頼み込んで手に入れた、香辛料となる植物の、その中でも繁殖力が強いという品種の種。それが地面に植え替えできるぐらいには生長したのだ。ならば後は、植え替え先を整えてやるだけだった。

 地面に鍬を勢いよく振り下ろし、ざくざく、と耕していく。ラミアも私も、男のそれには劣るものの筋力はある。決して狭くはない畑予定地の少し硬い地を少しずつ、畑に求められるふかふかの土にへと変えていった。


 ざく、ざく……。


「あの人、良い人だよ。私みたいな礼儀のなってない小娘にも優しくしてくれるの」

「そうね。まるで絵に描いた騎士のようだわ」

「もちろん、マグノリア様も良い人。アレックス様も」


 ざく、ざく……。


「アレックス様はいつも魔物と戦ってる。だから魔物が出たって聞く度に、今度こそは死ぬんじゃないかって怖くなっちゃう。マグノリア様も、皆のためにあちこち走り回ってる。そのうちどこかで倒れるんじゃないかって心配してる」

「そうね」

「そのうちエリウス様も、アレックス様やマグノリア様みたいになるんじゃないかって思っちゃった」


 ざく……。


「……無事だといいね」

「……そう、ね」


 間もなく日が暮れる。すっかり暗くなる前に作業を終えられてよかったと安堵の息を吐いた。

 そこに、香辛料の苗を植えていく。しばらく経てばきっと、たくさんの葉を収穫することができるだろう。ラナにお願いして長期保存できるように加工してもらい、それをフォーレイン家で試験運用する。それが上手くいけばようやく、領民にも回すことができるのだ。

 この苗が無駄になりませんように。安全な場所で待つだけの私には、ただ祈ることしかできなかった。


 立ち上がり、裾についた土を払う。そろそろアレックスとエリウスが帰ってくる頃だった。裏口から館に戻ろうと扉に手をかけたところで、突然向こう側から扉が開いたものだから驚いてしまった。

 目の前に出てきたのは、慌てた様子のアレックス。


「大変だ、マグ! エリウスが……!」


 普段は表情を崩すことのない兄の、慌てふためいた顔。

 体が、急激に冷えた。



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