魔物家畜化計画
「魔物を、家畜に……?」
エリウスとアレックスが、それぞれ驚嘆の言葉を漏らす。
それもそうだろう。魔物は「人に害をなす存在」であって、「人が生活のために育てる存在」ではないのだから。
魔物は、異様に生命力が強い。大地を流れる魔力を吸って生きているからだとどこかの有名な学者が言っていた気がするが──目に見えないものを食べて生きていけるほど便利な体を持っていないためよくわからないが──極論、魔力さえあれば魔物は生きていけるのだという。
流石に飼料や水はある程度は必要だろうとは思うが、常々私は考えていたのだ。
魔物を家畜化することができれば、どれだけ楽になるだろうか、と。
フォーレイン領の特産品といえば、魔物である。むしろ魔物以外で有名なものが何もない。生産した農作物に余剰など発生しないし、畜産品も同様である。ここは「魔物から国を守る防衛線」という役割をしている以上、他に何か突出したものがないとフォーレイン領とはすなわち魔物の蔓延る地である、と見られてしまうのは仕方がないことであった。
だから、むしろそれを逆手にとってしまおう。
「痩せ細った大地を開墾するのも大事ですし、それは引き続き進めていく所存です。ですが、今を生きる領民が痩せ細ってしまえば、耕すものも耕せないのです。そこで、この辺境でも十分すぎるほどに大きく育つ魔物を家畜化したいと考えました」
なるほど、とトッドが頷く。剣を巧に振るえない彼がアレックスの副官を務めているのは、ひとえに彼の管理能力の高さを買われたからである。アレックスは魔物と戦うのに忙しい、というのもあるが、何より彼はあまり数字や書類と睨めっこをするのが得意ではない。だから私が領主代行を務めているし、トッドも砦内のあれやこれやの管理を行なっている。
要するに、トッドと直接話をした方がいい、ということだ。
「なるほど……生まれた瞬間から人に慣らしておけば、魔物とはいえ牛や鶏などの獣とあまり大差なくなるやもしれませんね……」
問題点も多くありますが、とトッドは続ける。
「まず、そもそもここには卵が一つのみ……番を見つけてもらわないことには繁殖はできません。例えこの卵から生まれたコルクッヤが人に慣れたとしても、番は野生育ちで危険です」
それは十分に私も理解しているつもりだった。コルクッヤの性格が穏やかだとはいえ、何を危険と感じるかはコルクッヤにしかわからない。人里に引き込んだ野生のコルクッヤに暴れられてしまった、なんてことになってしまうのは避けたいのだ。
だが、針を刺さねば穴は開かない(肉を切らせて骨を断つ)のだ。危険を冒す程に踏み込まねば、何も変わらない。
「コルクッヤの巣から卵を回収することはできないでしょうか」
「それこそ危険極まりない行為です。卵を回収できたとしても、激昂したコルクッヤとまともに戦える人などアレックス様しかおりませんし、アレックス様がこの砦を空けてしまえば一体誰が有事に戦えると……」
そこで「あ、」とトッドが反論を止める。視線の先には、つい最近この領地に来たばかりの大罪人エリウス──改め、有能すぎる男。
アレックスも、私も、エリウスをジッと見つめる。この男は一人で、倒し方も何もわからない魔物を討伐してみせたのだ。期待値が、非常に高い。
「エリウス、行ってくれるか?」
「エリウス、ここを守ってくださる?」
フォーレイン家の兄妹の声が重なる。だが、言いたいことは完全に真逆であった。
「この砦を守るのが私の役目だ。だから私はここを離れられない……だが、コルヤックを一人で倒せたエリウスなら! 卵の採集もできるはずだと!」
「いいえ、駄目ですわ兄上。エリウスとはまだ子作りすらしていませんのよ!? 万が一死なれてしまっては困りますわ!」
またブフ、と吹き出す音が聞こえたが、そんなものに構っていられる程の余裕はなかった。
アレックスはエリウスに期待を寄せるが故に任務を与えたい。だが、私は子をなさねばならない以上、彼に危険が及ぶ任務は与えたくない。与えるのなら、せめて妊娠してからにしてほしい。
兄妹で意見が対立することは久しくなかった。トッドが逃げ腰になっているのにも気づかない程、互いに互いを睨み合う。私たち兄妹の喧嘩は、大声をあげたり暴力に訴えたりはしないものの、こうして周囲に気遣いの一つもすることなく睨みつける、というものが多かった。
ガンを飛ばし合う私たちの間に、果敢にもエリウスが割って入る。
「わっ、私が行きます! 行かせてくださいアレックス殿!」
「なっ……! 正気ですか、エリウス?!」
なんと、自らエリウスはコルヤックの巣に向かうと志願したのだ。
アレックスはエリウスが味方についたのが余程嬉しかったのか、その身長の高さをふんだんに活かして「見たことか愚妹よ」と言いたげな顔で見下してきた。腹が立って仕方がない。
フン、とそっぽを向いた私を見ると、エリウスは優しい声音で宥めようとしてくれた。目線を合わせるために腰をかがめて、しっかりと目を見て。
「結婚してくださった貴方を早々に、未亡人にする気はありません」
普通に「生きて戻ってきます」とでも言えばいいのに。まるで物語に登場する騎士みたいだ。
少しだけ、ほんの少しだけ、苛立ちよりも恥ずかしさがまさった。




