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魔物の卵と対面しました



 次の日。私はアレックスやエリウスと共に砦へと向かった。

 昨日、アレックスとエリウスが倒したコルクッヤの番、エリウスが仕留めた雌の腹の中には、受精した卵が入っていたのだという。それを聞いた私は、あることに使えないかと考えた。


 相変わらずエリウスはアレックスの服を借りて着ている。アレックスが持つ衣服の中でも比較的使用頻度の低いそれは、遠目で見れば卸したて同然に見えるし、よくよく見れば何度か着用したのだとわかる。

 今更ながら、エリウスのために注文したものは果たして彼に似合うのだろうかと考える。流行や服飾に疎いフォーレイン家の兄妹が選んだものであるため、質はある程度は保証されるが、見目の確約ができないのだ。


 今、私は──乗馬が壊滅的に下手であるため──エリウスに抱かれるようにして彼と一緒の馬に乗っている。私の体を支える腕は、ほんの少しだけ焼けた小麦の色。黒い髪には血筋の高貴さを思わせるような艶やかさがあるし、何より瞳が王族の証である緑だ。この三色の組み合わせに、彼の顔立ちも加わってくると思うと、もう少しばかり検討するべきだったのではないか。

 アレックス程ではないが、エリウスの顔は整っている。笑うと人当たりの良い雰囲気になるが、その笑みが消えれば残るのは王族の顔だ。素材が、複数の複雑な要素を抱えている。フォーレイン家で用意できる服の中に、この男に似合う服はあるのかしら……?


「あの……マグノリア殿……」

「はい。何でしょうか」

「穴が開きそうですので、前を向いていただけると……」


 緑の綺麗な瞳を伏せて、エリウスは頬を染める。彼と出会ってほんの数日しか経っていないが、この表情を見過ぎたが故に数年の付き合いをしているような錯覚をしてしまう。


 ──この男、顔に熱が集中しすぎるきらいがあるわね。


 素直に目線を前に戻す。間も無く砦に着くところだった。


  

 馬から降りて厩の番に預けたところで、相変わらず兵士たちがアレックスの元に集まってくる。毎度恒例の、砦に勤める人にとっては見慣れた景色だった。


「アレックス様! 本日も異常なしであります!」

「ご苦労。まもなく交代の時刻だ。次の担当と交代しろ」

「町工場に潰す武具の輸送を終えました。素材の譲渡代としていただいたのですが」

「それはトッドに渡すように」

「アレックス様! エリウス殿をお借りしたいです! 野菜の皮剥き全般をやっていただきたい!」

「いえ、こちらにお貸しください! 彼が洗濯したものが、恐ろしいまでに綺麗になったので、どうか!」


 今度はエリウスの周囲に人が集まってきた。皆、それぞれ好き放題に要望を述べている。まさかここに来て早々に、彼らに好かれるとは思ってもいなかった。流石、エリウスだ。

 フォーレイン領、特に魔物と戦うこの砦では、実力主義の傾向が顕著である。貴賤関係なく、能ある者は敬われる。常に魔物との戦いを強いられてきたからこそ、力のある者が人の上に立つのだ。その代表例が兄のアレックス=フォーレインと言っても過言ではないだろう。

 皆、エリウスが元王族で、罪を犯してここに送られてきたことは知っているはずだった。それでもここまで好意的な態度を見せるのはきっと、エリウスの人柄と能力の高さのおかげだろう。


「駄目だ。ウチの義弟は安くないんだ。それに、用がある」


 アレックスが手で追い払う仕草をした後、兵たちは渋々持ち場に戻っていくものの「お時間のある時にでもお願いします!」と振り向いて声をかけていく。エリウスは困ったように、だが嬉しそうにニコニコと笑っていた。


「殿方は仲を深めるのが早くて羨ましいですわ」

「なんだ、妬いてるのか、マグ? 夜は独り占めしてるくせに」


 「夜は」を強調するアレックス。この会話に混ざっていたわけではないエリウスがぶふ、と吹き出した。

 それに気づいたかどうかは定かではないが、アレックスは「本題に入るぞ」と言って歩き始める。


 建物の外側、「壁」との間のほんの小さな区画。そこに、小型の魔獣を入れる鉄の檻があった。中には人間の子供ほどの大きさの卵が入っている。

 これが、コルクッヤの雌が産み落とそうとしていた卵なのか。

 監視をしていた兵──アレックスの右腕であるトッドが報告をする。


「やはり有精卵のようです。時折、僅かながらも卵が揺れます。それに、拍動らしきものも」

「コルクッヤが生まれるには一ヶ月はかかるんだったな。どうするんだ、マグ」

「……マグノリア様? どうしてこちらに?」


 きょとんとした顔でトッドがアレックスの後ろに控えていた私を見やる。いつも屋敷の奥で執務をこなしている私がここに来るのは、本当に珍しいことなのだ。


「兄にお願いをして連れてきていただきました。コルクッヤについてのご相談をしたいのです」


 コルクッヤは、その身に危険さえ迫らなければ、かなり穏やかな性格の部類に入る。砦近辺の警戒にあたっていた哨戒兵が何度かコルクッヤに遭遇したことがあるらしいが、コルクッヤに襲われることはなく──それどころか、近くに棲む生命体に挨拶をするかのごとく体を擦り寄せた後にゆったりとした足取りで森に帰っていったとか。

 そんな、穏やかで、恐らく人間に警戒心を抱かない怪鳥。その卵。しかも、一ヶ月もすれば生まれる。

 私は、ある可能性を目の前の卵に見出していた。


「コルクッヤを家畜化することはできないでしょうか」


 ──圧倒的生命力を誇る魔物の家畜化計画、である。



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