2-3 皇帝との謁見
「ふぅむ。」
ジャンベール帝国、皇帝室。玉座の前に机がある、完全な執務室である。
この国に謁見用の部屋はここ以外に無い。この帝国の皇帝、ニール・グーグンは極めて合理的な思考の持ち主で、客人と会うために見せかけだけの外見や内装その他を取り繕う必要など無いと考えていた。必要なのは効率である。ただただ客人と会うだけなら仕事をしながらでも出来る。彼はそれだけの問題処理能力を備えていた。それを見せつける事が、即ち帝国の合理主義的な面を明示する事にも繋がるだろうとも考えていた。
事実、彼と面会して彼の帝国に戦争を仕掛けようと考える者はいなかった。彼は仕事をしながらも着実に相手の思考を読み取り、次の言動を見透かしていた。それが相手にも伝わるものだから、「この皇帝が君臨している間は、喧嘩を売ってはいけない」と思わせるには十分であった。
そんなニールであったが、眼前に起きている出来事には些か戸惑いを覚えていた。
相手は確かにシーリア・ガードナー本人であろう事は理解出来る。一度会った事があるから間違いは無い。だが何故彼女が此処にいるのかについては、彼女の言が正しいとすれば、今後の対処に困る事態である事は明白であった。
彼女とそのお付きーー鑑定士だという男曰く、「自分達は国を追放された」「国王、王女両名が魔物に成り代わられている、或いは魔物と化している」「何を企んでいるかは分からないが、何れにせよ国を乗っ取ってする事などロクな事ではない」「知ってしまったまま過ごす事は出来ない、協力して欲しい」そういう内容であった。
アクトとシーリアとしては隠した所で自分の寿命が縮まるだけである。全てを包み隠さず明かしただけなのだが、到底信じ難い内容である事は彼らにも分かっていた。そしてニールにとってはまさにそうであった。
「信じろと?」
「そうとしか申せません」
シーリアに続いてアクトが補足した。
「今の内容に嘘を含めたとしても、凍え死にそうな我々にメリットはありません。むしろ内容的には、母国たるナクールを危機に晒すような物。聡明なニール皇帝におかれましては、すぐさま決断する事はないでしょうが、ともすれば侵攻の切っ掛けにも成り得る内容です。それをそのまま明かしたのは、放置すれば人間の社会全体の不安定化を齎し兼ねないからであり、何よりニール皇帝陛下、貴方に信じて頂きたいからに他なりません」
「……ふむ」
毛布に体を包んで鼻水を垂らしている男がよくもまあ喋ると思いつつも、その声色にーー寒さによる不自然性はあったとしてもーー嘘が無い事は大体理解が出来た。
「諸君らの言う事は理解した。完全に信じるわけではないが、嘘を吐くにしても、もう少しマシな嘘を吐くだろうというのは容易に想像出来る。それに、ちょうど先刻、そのナクールから連絡があった。諸君らは脱走した政治犯として扱われているな。つまり、ある種の裏付けが取れたという事にはなろう」
その言葉に恐る恐るアクトは尋ねた。
「そ、それでも我々と面会をして下さったのは何故でしょうか。」
「我輩は平等主義だ。たとえそれが政治犯だろうと、言い分は聞く。まして我が国の政治犯でも無いのだから、聞いてから考えたとしても遅くはあるまい」
さらりとニールは答えた。この人は、少なくともこの人の言は信用して良いのだろう、とアクトは思った。
「それともう一つ」
ニールは言った。
「信じるに値する理由がもう一つある」
「それは?」
アクトの問いに、ニールは暗い顔で言った。
「……我が国も類似の問題を抱えている。魔物の成り代わりか、或いは侵入を許しているという、な」
そう言って彼は机の中から何かを取り出した。
「最近、これがこの王宮で発見された。」
それはアクトにも見覚えがある物ーー硬い殻に包まれた未鑑定品であった。
アクトとシーリアもまた、自らの顔が暗くなった事を自覚した。
「これが何処で発見されたか。会議室だ。大臣共のな。意味が分かるだろう?」
「……魔物が紛れ込んでいる」
「その通り。我輩が気付かないうちにそうなっているかもしれないがーー君の言う通り、魔物がトイレに行かないならば大丈夫だろうな。今朝も行ってきたばかりだから。ハハハ」
「ハハハ」「アハハ」
アクトとシーリアは愛想笑いをした。とてもでは無いが笑える気分ではない。
それを察したのかニールが話題を戻した。
「まぁ……ともかく、だ。それを見つけて、何であるかと考えていたところで、諸君らが訪れてきたというわけだ。諸君らの話の内容、政治犯として手配されている諸君ら。そうした事を加味すると、ここで諸君らを信じずナクールに突き出すよりも、諸君らを信じた方が良いと思ったわけだ」
「賢明……だと思います」
アクトが言った。自分達にも良い風向きである。
「だろう。我輩そういう判断は得意なのだ。……だが困った。部下が魔物になっている?何故?そういうのは全く分からん。魔法も使えはするが、そこまで深く研究した事は無い。研究はそれを得意とする者に任せればよかったからな。適材適所というやつだ」
そこでニールがアクト達をじっと見つめた。
「適材適所。この場合の適材は諸君らであろうと我輩は考える。どうだろう。この国に割り込んでいると思われる魔物について、調べて貰えないだろうか」
ニールのその依頼に、アクトもシーリアも、首を横に振る事は出来なかった。




